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 女子寮の生徒は全員が部活動生のため、夕方に帰ってきていることはほぼない。部活が休みの子でも大抵遊びに行くか部屋で休んでいることが多いため、廊下などで出くわすことも極めて少ない。

 今日も今のところ、寮生の姿は誰一人見かけておらず、とりあえずは無事に舞佳と藍香さんを大浴場前の脱衣所まで導くことができた。湯張りはまだ終わっていないようだったから、先にシャワーから浴びた方がいいことと、湯水の調節方法などを伝えておくことにした。

「赤い栓を回すとお湯が出て、青い栓を出すと水が出るから。水温はそれで調節してくれ」

「OK、完全に理解したわ。なにかあったらユウを呼べばいいわけね」

 欠片も理解できていない返答だった。まあさすがに冗談だろう。冗談だと信じたい。

 二人が脱衣を終えて浴室に移ったのが分かったあと、脱衣所に入って清掃を始める。そもそもの目的は掃除に来ているのだから、やはり多少は綺麗にしておく必要がある。

 と、いつものように脱衣カゴが収納されている棚の中を掃除しようとした時だった。

「……おうふ」

 我ながら気色の悪い息が零れる――カゴの中に雑然と放り込まれている服や下着を目にして。

 たぶんこれは藍香さんのものだろう。で、こっちのきちんと畳んで収納されているのが舞佳だ。藍香さんと違い、下着に関してはまったく見えないように配慮されており、二人の性格の違いが如実に表れている……というか、藍香さんが気にしなさ過ぎのような気もするが。

 どうしたものかと悩んだ末、一応、藍香さんの乱雑に入れられている服を整理することに決めた。せっかくいい服っぽいのに皺になってはまずいだろう、という善良なる意思からであって、断じて触ってみたいからとか邪な気持ちがあるわけではない。そんなわけはないのだ。

 服を畳むのは特段問題なかったが、下着に触れるのはさすがに躊躇した。まあ、ここまで整理しておいて下着だけ放っておくのも不親切だろう。ちゃんと最後までやり遂げるべきだ。

「おお……まだあったけぇ」

 相変わらずのデカさを誇るブラジャーを手に取り、思わず声が漏れてしまう。

 って、なにを堪能しているんだ俺は……これではただの変態だ。

 心を無にする気持ちで煩悩を振り払い、下着も丁寧に畳んでカゴの中へと入れた。

 と、そんな時――浴室から二人の話し声が聞こえてくる。

「むむ、やっぱりね。舞佳、前に見た時よりも……」

「ちょっと、あんまりじろじろ見ないでっ」

「うーん、湯気でよく見えないわね。もうちょっと近づいてっと」

「きゃ! い、いい今、触ったでしょ!」

「当たり前じゃない。見てるだけじゃ張りや重さまでは分からないんだから」

「そんなの分かってどうするのよっ……あ、もうっ……ひゃっ!」

 舞佳の甲高い悲鳴が響いている。俺以上の変態行為に及んでいる輩が浴室内にいるらしい。

 あの人、マジでなにやってんだ。女子寮に忍び込んでること忘れてるんじゃないだろうな――などと不安に思いつつもしっかり聞き耳を立ててしまっていた時、ポケットに入れていたスマホが振動する。なんと真幸さんからの電話だった。

『優真君、今どこにいる?』

「ええと、脱衣所の掃除を……」

『そう。実はね、私もそっちに上がってこようかと思って』

 ……は?

 冷や汗がどっと額に噴き出した。

「あの、ママさん、それはどういう……」

『厨房が早く終わっちゃったから、優真君の方をお手伝いしようと思ったの。脱衣所と浴室、どっちも掃除するつもりだったんでしょう? 脱衣所の方は私でもできるから、優真君は浴室をやってもらえるかしら』

 まずいことになった。あるいはなりかけている。

 このままだと真幸さんがここに来る――姉妹が風呂に入っていることもバレてしまう。

「いやいや、全然大丈夫ですよ! どっちも俺だけで充分ですから。ママさんは先に戻ってても」

『そんなに遠慮しなくていいわよ。二人でやっちゃった方が早く終わるでしょう?』

「いや、そうじゃなくてですね……」

『じゃあ、こっちを片づけたら上がってくるから。もうちょっと待っててね』

 ぷつ、と電話が切れる。俺は虚空を見上げた。

 今すぐ彗星とか降ってこないだろうか。都心が沈むほどの大雨でもいいや。もうなんでもいいや……。

 などと現実逃避している場合ではない。

 俺はすぐに浴室の戸を叩き、

「藍香さん、舞佳、大変だ!」

「ひゃっ!?」

 舞佳の驚いた声が木霊する。

 それからまもなく、濡れた足音がこちらに近づいてきて、

「ユウ? どうかしたの?」

 と、藍香さんがドア越しに訊ねてきた。

「寮母の真幸さんがもうすぐここに来ちまう。早く撤収しないと二人ともバレるぞ!」

「落ち着きなさい、ユウ」

 思いのほか、藍香さんの返答は冷静だった。

「本当にすぐ来るんだったら、今から撤収しようとしても間に合わないわ。それは得策じゃない」

「じゃあ、ほかにどうすればっ……」

「……仕方ないわ。舞佳、今すぐ浴槽に浸かりなさい。それから、なるべく奥の方へ行って」

「え、奥……?」

「早く!」

「は、はい」

 ぴちゃぴちゃと、また濡れた足音が響く。舞佳が藍香さんの指示に従って移動したのだろう。

「舞佳、よく聞きなさい。今からどんなことがあっても声を上げてはいけないわ。それが見つからないために最も大切なことよ。分かったわね?」

「え、ええ……」

「よし、じゃああとはこっちね」

 なにやら手筈を整えている藍香さん。

 一体どうするつもりなのか、と思っていたその時、浴室の戸が開かれ、藍香さんの顔だけがひょこりと出てきた。

「ちょ、藍香さん! なにやって――」

「ユウ、あたしたちの服をカゴごと持ってきなさい」

「は?」

「時間が惜しいわ。早くして」

 そうか。一旦服を避難させておくわけか。

 俺も合点がいき、すぐさま二人の脱衣カゴを藍香さんに手渡す。

 ひとまずはこれで誤魔化せるのだろうか。いや、そんな簡単な話ではないはずだ。

 湯張りをしてしまっていることは自ずとバレるだろうし、俺が浴室の掃除をしていないことも怪しまれるはずだ。二人が入浴したままでは浴室に入れないから、掃除をするふりもできそうにない。

 結局は万事休すか――諦めかけたその時。

「ちょっと、なにぼおっとしてるのよ」

 カゴを手渡し終えた俺の腕を、藍香さんがぎゅっと掴んできて、

「当然、ユウもこっちでしょ――ほらっ」

 そのまま、俺を浴室の中へと引き込んだ。


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