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「ちょっと、どういうつもりなの?」

 保健室の傍まで来たところで舞佳が訊ねてくる。

 すでにチャイムは鳴っていたため、辺りにはほかの生徒の気配もなかった。

「教室から無理やり連れ出すなんて……絶対変に思われたわ。みんなにも、獅子手さんにだって」

「別にどうでもいいだろ。ほら、早く行くぞ」

「だから、私は別に疲れてなんか」

「強がるなよ。子供の頃とは言え、舞佳とはずっと一緒だったんだから。様子がおかしいことくらい分かる」

「……っ」

 舞佳がぎゅっと唇を結ぶ。繋いでいる手にもわずかに力が込められた気がした。

「今の私のことなんて、なにも知らないくせに……」

「え?」

「子供の頃の私とは違うの。あなたや姉さんに頼るばかりだった私とは違うのよ……私はもっと、孤独にならなければいけないの」

「孤独に? なんでだよ」

「それは、だって――」

 ほとんど吐息だけの声を漏らした次の瞬間、舞佳の体がふらりと揺れる。倒れるまではいかないものの足元が覚束ない様子で、だいぶ限界が近いように見えた。

「とにかく、今は休んだ方がいいな。ほら、掴まれよ」

 そう促すと、舞佳はなにも言わずに俺の肩に体重を預けた。そのまま俺にしがみつくような彼女を連れ、ゆったりとした足取りで保健室を目指した。

 ……しかし、どうも要領を得ない。あえて孤独になりたいなんて、普通そんなことを望む奴はいない。逆ならありえるというか、むしろ彼女は孤独を嫌う人間だったはずだ。子供の頃はいつも俺や藍香さんと一緒に居たがっていたし、三人一緒の時間を誰よりも望んでいたはずだ。

 あるいはこれも、舞佳が家出してきたことと関係があるのだろうか。親父さんが再婚する以外にも、彼女はなにか、もっと根の深い問題を抱えているのか……舞佳のただならぬ顔を見ているとそんな気もしてくるが、いずれにせよ今すぐ聞き出せるようなことではない。

 舞佳の足取りは思いのほか従順で、保健室までは無事に連れていくことができた。鍵は開いていたが室内に養護教諭の姿は見当たらない。用事かなにかで出払っているらしい。

「ちょうどベッドも空いているみたいだな。先生には俺がメモでも残しといてやるから、とりあえず舞佳はゆっくり休め」

「…………うん」

 子供のように頷くと、舞佳はゆっくりと俺から離れ、そのままベッドに入ろうとしていた。

「おい、ジャケットくらいは脱いだ方がいいんじゃないか? 皺になるだろ」

「あ、うん……」

 また素直に点頭し、ジャケットを脱いで隣のベッドに置く。

 らしくない感じがした。どことなく虚ろな眼差しだし、注意力が散漫になっている気がする。

 という俺の不安を増長させるように、ジャケットを脱いだ舞佳はなぜかスカートのファスナーまで下ろしていた。腰から太ももへかかるラインがわずかに露わとなっている。

 そのまま手を離そうとする瞬間を俺が寸でのところで押さえつけ、

「ちょ、ちょっと待て。なんでスカートまで脱ごうとしてんだ」

「だって、皺になるからって……」

「だとしてもだ。俺が目の前にいるんだぞ? このまま下ろしてたら色々とまずいだろ」

「……………………あ」

 長考した末、ぼっと顔を真っ赤にして俯く舞佳。

 ……これはもう、注意力散漫とかいうレベルではないのでは。舞佳の中のCPUが狂いかけているとしか思えない。

 ひとまず舞佳をベッドに座らせ、変態と罵られる覚悟で彼女の額に手を当てた。俺より若干熱がある気もするが、極めて高いようには感じられなかった。

「舞佳、どっか具合悪いとことかあるか? 頭痛がするとか」

「……少しだけ」

「そうか。待ってろ、頭痛薬探してみるから」

 安心させるように言って、俺は保健室にある戸棚を漁り始めた。

 目当てのものはすぐに見つかった。半分が優しさでできているポピュラーな解熱鎮痛剤。実際のところ優しさ成分は四分の一に過ぎないらしいが知ったことではない。水は冷蔵庫にあったのをありがたく頂戴し、薬と共に見つけていた紙コップに注いで舞佳に手渡す。

 用量通り二錠を飲み込むと舞佳は横になった。その際も上履きを脱がずにベッドへ入ろうとしたり、それを俺に指摘されて子供みたいな手つきで上履きを床に落としていたりと、いつもの彼女らしくない行動が気にかかった。

 俺がベッドの傍にあった丸椅子に腰かけると、舞佳は眠たげな目でこちらを見上げ、

「戻らないの?」

「ああ、もうしばらくここにいるよ」

「でも、授業が……」

「どうせ遅刻なんだ。舞佳のことも心配だし、あと五分くらいサボったって変わらないだろ?」

 いや、こんな言い方は学級委員の彼女にはまずかったかもしれない。普段なら間違いなく小言を言われて追い出されている。

「……ん、ありがとう」

 しかし今の舞佳は、やはり普段通りではなかった。弱々しい眼差しでこぢんまりと頷き、赤みがかった頬に微かな笑みを浮かべたまま両目を閉じていた。しばらくすると穏やかな寝息も立て始め、無事に眠りに就くことができたようだ。

 こんなに早く寝てしまうとは。よほど疲れが溜まっていたのか解熱剤の効き目なのか……眺めているとこっちまで眠くなるほど気持ちよさそうで、俺の口からも大きな欠伸が零れてくる。

 このままでは遅刻どころではない。舞佳もちゃんと眠れたようだし、もう心配することもないだろう……中途半端にかかっている布団を肩口までしっかり上げてやり、布団の外に出ていた彼女の右手も直してやろうとした。

 とその時、俺の手がやんわりとした力で握られた。まだ意識があったのだろうか。

「……んんぅ、えへへ……」

 顔を見ると、舞佳は眠ったまま幸せそうな笑みを浮かべていた。不意打ち過ぎる微笑みに俺まで顔がにやけそうになる。恐らく無意識というか、寝言みたいなものだろう。寝入りはしたがまだ眠りが浅いから、手を握ったことで幸せな夢でも見ているのかもしれない。

「そういえば、好きだったよな。こういうの」

 舞佳は手を握られるのが好きな子供だった。その理由を『一緒にいられることの証だから』と話していた気がするが……だとすれば、やっぱり廊下で聞いた言葉が信じられない。

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