25
*
学校の授業中。
「芦北さん、芦北さん?」
「――は、はいっ」
女性の先生に呼びかけられた舞佳が、驚いたように返事をしていた。教室中の生徒の視線が舞佳に集中する。
「大丈夫? 珍しくぼおっとしていたみたいだけど……」
心配そうに言う先生。
舞佳は「大丈夫です」と小声で言って、バツが悪そうに俯いていた。
俺も一部始終を見ていたが、舞佳は先ほどからずっと船を漕いでおり、そのせいで先生の目に留まったようだった。ほかの生徒も物珍しそうな眼差しを舞佳に向け、ひそひそ話をしている。
「はは、いい気味っ」
隣の席で獅子手さんが吐き捨てるように呟く。天敵の舞佳が注意を受けてご満悦のようだった。
しかし舞佳の奴、大丈夫なんだろうか。かなり眠そうに見えたが……。
ここ数日、舞佳はほかの寮生に見つからぬようかなり朝早くに寮を発っている。しかも藍香さんとの寝床決めじゃんけんにも負け続け、ずっとソファで寝ていた。朝には強いと言っていた舞佳もさすがに限界が来ているのかもしれない。
かく言う俺も、藍香さんと初めて同衾した日は中々寝付けなかったが、二日目以降は日中の気疲れが勝ったか、それなりの睡眠時間は確保できていた。まったく眠くないと言えば嘘になるが今のところなんとか堪えることができている。
授業が終わったのち、俺はすぐに舞佳の席へと向かった。
舞佳は背筋こそぴんとしているものの、授業中と同じように顔を俯かせている。明らかに具合が悪そうだ。
「舞佳、大丈夫か?」
「あ、ユ……」
顔を上げた舞佳は微かな笑みを浮かべていたが、すぐにぎゅっと顔を引き締め、
「……教室では、そんな風に呼ばないで。ほかの子たちから、なんて思われるか」
「そんなの些末なことだ。それより、疲れてるんだろ? 保健室に行った方がいい」
「必要ないわ。これ以上、構わないで」
低い声で拒絶される。
学校では、舞佳はほとんど弱みを見せることがない。まるで自分一人でなんでもできると言わんばかりに、いつも毅然と振る舞っている。それもまた、彼女が周囲から近寄りがたいと思われている原因の一つだろう。
ある意味、これが芦北舞佳として正しい在り方なのかもしれない。誰にも弱みを見せない孤高の存在。クラスメイトから名前で呼ばれたり、授業を抜け出して保健室で休んだりするなんてありえない。そんな弱い自分を晒すことは、今の彼女にとってはタブーなのかもしれない。
しかし、幼い頃の彼女を知る俺からすれば――こんな舞佳の姿は、ただ無理をしているようにしか見えない。強がっているようにしか思えない。
昔の彼女は、内気ではあっても、本当に辛い時は俺や藍香さんを頼りにしていた。素直に助けを求めてくれていた……どうして今の彼女は、こんなにも孤独な少女になってしまったのか。俺には分からない。
「ねー、カブちーん」
ふと、間延びした声が俺を呼ぶ。
自分の席で、例によって気怠げに座っている獅子手さんが俺に手を振っていた。
「今日さー、さきぽん来てないんだけど、カブちんなんか聞いてる? ラインしても既読つかんくてさー」
さきぽん、というのはいつも一緒につるんでいるクラスメイトの一人だ。俺はそれほど仲がいいわけではないが、獅子手さんを交えて何度か話をしたことがある。
「バドの大会で公休じゃなかったか? 帰りは夕方とか聞いたけど」
「そうなん? マジかー……ていうかカブちん、こっち来なよ。そんなとこいないでさー」
嘲るように笑い、小さく手招きしてくる。
どことなく言葉に棘を感じるのは、もしかして俺が舞佳に話しかけているのが気に食わなかったせいだろうか。
「……呼んでるわよ。行ってくれば?」
呟くような声で舞佳が促す。
こちらも棘のある響きだったが、わずかばかりの寂しさを感じたのは俺の考え過ぎか――だとしても、俺が取るべき行動は一つだけだ。
「ああ、じゃあ行こうか」
小さな声で答え、――俺は舞佳の手を取った。
「ちょっと、なに――」
驚く舞佳を引っ張り、強引に席を立たせる。
困惑している彼女を連れ、俺や獅子手さんの席の間も通り過ぎ、
「悪い獅子手さん、芦北さんが具合悪そうだから、保健室に連れていく」
「は? ちょ、カブちん……?」
「そういうわけだから、先生にも伝えておいてくれ」
返事を待つことなく、そのまま舞佳と共に教室をあとにした。
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