第三話 疲労とお風呂

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 唐突に始まってしまった、男子寮内での幼馴染との共同生活。

 無謀とも思える同居だったが、とりあえず数日はやり過ごすことができた。それだけでももはや奇跡的なことだが、藍香さんが何度も俺の部屋に遊びに来ていて一度もバレていなかったことを考えると、ここまでやり過ごせたのも偶然ではないのだろう。

 例えば登校だが、舞佳はほかの寮生が起きない朝早くに寮を出れば問題なかった。舞佳は元々規則正しい生活習慣だったため、早起きするのは苦ではなかったらしい。

 逆に藍香さんは、俺やほかの寮生が完全に登校し切った遅い時間に寮を出ているようだった。そうすると大学の一限目には遅刻してしまうが、この際仕方がないと割り切ったらしい。

 もちろん二人とも、寮への出入りは俺の部屋から近い裏口を利用している。ここのドアはほとんど誰も使わず人目につかないから見つかるリスクが低い。寮の敷地外に出るのも目につきにくいという利点もある。

 一応付言しておくと、すべてが順調だったわけではない。苦労したことも多々あった。

 例えば誰かが部屋に訪ねてきた時。二人はなにをしていようが、すぐさまどこかに隠れなければならなくなる。

 隠れる場所はいつものクローゼットに加えてユニットバスも使うようになったが、それでも見つかる不安は常にあった。また、三人も部屋にいるとどうしてもそれなりの生活感が出てくる。それらを限りなく消して隠れる必要があったため慌てることも多かったが、今のところ感づかれた気配もなく過ごせている。

 ほかに困ったことと言うと、やはり洗濯物だろう。寮母室には洗濯機もあり、二人の服を洗うこと自体は問題なかったが、干す場所にはだいぶ苦悩した。俺の洗濯物は普通に外の物干し竿で構わないが姉妹の分はそうもいかない。天候にかかわらず室内で乾かすことになる。

 藍香さんは自身の洗濯物を部屋干しすることに抵抗ないようだったが、舞佳はそうではなかった。まあそれが当たり前の感覚だろう。幼馴染と言えど、男の部屋の中で自分が身に着けた下着なんかを干さなくてはならないのだから。なんの抵抗もない藍香さんの方があけすけ過ぎるのだ。

 とは言え、こればかりは干さないわけにもいかないため、下着はなるべく見えないようほかの洗濯物で隠すことで、舞佳も渋々了承していた。その代わり、俺の部屋のカーテンは開くことがなくなってしまったが……梅雨じゃなくてよかったなと心の底から思う。

 ちなみに、洗濯物を部屋干ししている時に来訪者があった場合の苦労は、もはや語るまでもないだろう……どれだけ慌てたことか分からないし、そういう点を振り返ると、バレなかったことはやはり奇跡と言っていいのかもしれない。

 しかし、こんな生活がいつまでも続くはずがないし、続いていいはずがない。

 いずれはなんとかして、あの二人を説得して帰ってもらわなければならないのだが……デリケートな問題だけに中々踏み込めないでいる。情けない話だがたった数日で二人を説得できるなら端から匿う破目にはなっていない。例によって断れなかったからこんな事態に陥ってしまっているのだ。

 日に日に不安が募っている。姉妹の抱える問題を解決し、無事に穏やかな日常を取り戻すことができるのか……次第に焦燥感も覚え始めた日々の中、また更に追い打ちをかけるような、極めて困難なお願いをされることになるとは――、

 その日の朝には、想像もしていないのだった。



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