23
*
ほどなく、消灯の時刻を迎える。
いつもなら電気を消してベッドに入り込むだけだが、今日ばかりはそうもいかない。
「遂にこの時が来てしまったわね、舞佳」
「っ……」
ベッドの前で、藍香さんと舞佳が対峙している。それぞれの緊張感を漂わせた面持ちで。
「約束通り、どっちがベッドで寝るかじゃんけんで決めるわよ。最初はグー有りの一発勝負。勝った方がベッドで負けたらソファ。それで文句ないわね?」
念のための確認に、舞佳もこくりと頷く。
どうやらマジでやるらしい。じゃんけんによる寝床決め。
約束通りもなにも、俺は一切了承した覚えはないのだが。
「なあ、やっぱり二人がベッドで寝ろよ。俺は別に、ソファでもいいから」
横から口を挟んだ俺を、藍香さんが「ダメよ」と一蹴し、
「それじゃダメなのよユウ。それじゃダメなの」
「どんだけダメなんだよ……ダメな理由がさっぱり読み取れないんだが」
「さっきも言ったじゃない。部屋の主たるユウをソファに追いやるわけにはいかないのよ。それが泊めてくれる相手に対する礼儀というものよ」
「勝手に上がり込んでいる時点で礼儀も糞もない」
「それとこれとは別なの。ていうか理由なんてもはやどうでもいいのよ。あたしがユウを抱き枕にして寝たいだけなんだから。ぶっちゃけそれがすべてなんだから」
ここに来て本音駄々漏れの藍香さんだった。なんだその謎欲求。
ていうか抱き枕って、そんなことされたら余計眠れないどころか、男として色々とまずい気がする。藍香さんはこういう性格だから俺をからかいたいだけで他意はないのだろうが、果たして俺は正気を保てるのか……正直言って自信がない。
「ええと……舞佳は、あれなんだよな。別に藍香さんと一緒にベッドでもいいんだよな? そもそも最初にそう提案したのは舞佳なわけだし」
「……嫌」
「は?」
「考えてみたら、この歳で姉さんと一緒のベッドに寝るなんて……なんか、嫌」
予想外の返答だった。というかなぜ顔を赤くしているのか。
「なんか嫌って、それじゃあ俺と一緒は嫌じゃないのか……?」
「か、勘違いしないでっ。私は、ソファで寝るよりはベッドの方がいいってだけで……」
だから、それなら藍香さんと一緒にベッドでもいいだろ。どうも腑に落ちない。
「もー、あんたも素直に言っちゃいなさいよ。ユウと一緒のベッドがいいって。あわよくばユウをぎゅっと抱き締めて、ユウの匂いをスンスンしながら寝落ちしたいよーって」
「そ、そんなこと言うわけないでしょ! バカじゃないの……!」
「ふぅん? まあいいわ。とにかくこのじゃんけんに勝てばいいのよ。それで恨みっこなしなんだから」
不敵に言うと、じゃんけん前の必勝法を行う藍香さん。両手を合わせて回転させ、手の中を覗き込むあれだ。子供かよ。ていうかなんでそこまで真剣なんだこの人は。
対して、舞佳は特になにもしていない。頬は少しだけ赤らんでいるものの、毅然とした態度で藍香さんを待っている。
「よし、決めたわ。いくわよ舞佳」
必勝法を終え、藍香さんが拳を構える。合わせて、舞佳も手をグーにする。
――刹那的な静寂が部屋を支配した、次の瞬間。
『最初はグー!』
ぴったり息を揃えて掛け声を言う二人。
俺も思わず固唾を飲み込んだ。
『じゃん、けん……ポン!』
完全に同じタイミングで出された二人の手――結果は。
藍香さん、グー。
舞佳、チョキ。
……一発で勝敗が決した。
「っしゃキタぁ――――――ッ!」
藍香さんが歓喜の声と共に拳を掲げる。
一方、舞佳は自身のチョキを呆然と見つめていた。
「ま、負けた……? 私が、負け……ということは……」
「ユウはあたしの抱き枕ってことよ! あっははは!」
勝ち誇るように高笑う藍香さん。
たかがじゃんけんでここまで喜ぶ女子大生も珍しいのではないか。なにが彼女をそんなに熱くさせたのだろう。
まあ、舞佳も舞佳で、人生のどん底のような落ち込みぶりなんだが……どんだけ負けたのが悔しかったんだよ。わけが分からない。
「さ、そうと決まったら早く消灯しちゃいましょうか。あたしとユウはベッドで、舞佳はソファ。それで文句ないわよね?」
念を押すように訊かれると、舞佳は歯がゆそうな顔になる。
それから俺とも目が合うと、すぐさまそっぽを向き、
「………………………………変態っ」
いや、なぜ俺を貶すのか……。
――結局この日、俺は藍香さんとベッドで寝て、舞佳はソファで寝ることになった。
ついでに言うと、俺を抱き枕にするというのは冗談ではなくマジだった。藍香さんは横になった途端すぐに抱き着いてきて、俺の体で暖を取るかのように抱擁したまま寝入っていた。
「んんぅ、ユウ……っ」
「うぐ、ぐぐぐ……ッ」
体に押しつけられる柔らかさに堪えようとして、苦しい息が口から這い出てくる。首元を押さえつけられているせいか呼吸がままならない。
下手に深呼吸しようとすると、藍香さんの甘い匂いを余計に強く感じてしまう。理性崩壊の一歩手前といった状況だった。仮に我慢できたとしても間違いなく一睡もできない。至福の時でもあり地獄のような時間でもあった。
その後、藍香さんが完全に眠りに落ちたことで腕の力も弱まり、ようやく俺も抜け出すことができた。それでも添い寝している状態には変わりないため、彼女の体温や匂いから逃れる術はない。長い夜になりそうだった。
「…………はぁ」
藍香さんの寝息が大きくなった頃、ソファの方からやけにはっきりとした、深い溜め息が聞こえた気がした……。
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