21
「優真君? ちょっといいかしら」
ドア越しの真幸さんの声も続き、室内の空気が一気に張り詰める。
特に舞佳は総身を震わせ、赤くしていた顔も真っ青にさせていた。
が、こんな事態を何度も経験している藍香さんは落ち着いたもので、
「舞佳、こっちよ」
「えっ――?」
舞佳の手を引き、二人でウォークインクローゼットの中へと入っていく。
藍香さんにとってはいつもの隠れ場所だが、クローゼットの中にはこの部屋に住み始めた時から整理できていない段ボール箱が積み込まれたままになっている。普段はその間を縫うような形で潜む藍香さんだが、果たして舞佳と二人で余裕を持って息を潜められるのかは疑問だ。おまけに今は二人の荷物も隠しているし、すし詰め状態なのは間違いない。
それでも今は、この形でやり過ごす以外にない。クローゼットの戸が完全に閉じられたのを見届けてから、俺も玄関まで行ってドアを開いた。
「ごめんなさいね、こんな時間に」
真幸さんはまだ仕事着のままだった。こんな遅くまで寮にいるのは珍しい。
「全然大丈夫ですよ。ママさんこそ、こんな時間まで残ってたんですね」
「ずっと仕事していたわけじゃないんだけどね。知り合いと電話してたりしたら遅くなっちゃって」
「そうですか。もし手が回らないことがあれば俺も手伝いますから。あんま無理しないようにしてくださいね」
「ありがとう。相変わらず優しいのね……じゃあその、早速甘えるみたいで悪いんだけど、またお願いしたいことがあるの。
「ああ……もしかして、また
「ええ。いつかまたお願いできないかって、あちらの寮母さんからね」
申し訳なさそうな顔になる真幸さん。
峰見寮とは赤見ヶ峰第一高校のもう一つの寮、すなわち女子寮のことだ。ここから五分ほど歩いた場所に建っている。
真幸さんは峰見寮の寮母さんと知り合いで、時には互いに協力し合う持ちつ持たれつの関係らしい。俺も何度か手伝いに加わって、重たい荷物の運搬や大浴場の清掃などを代行したことがある。
しかし理由はどうあれ、同じ高校の男子生徒が女子寮に踏み入ることは褒められた行為ではない。
ゆえに俺が女子寮で作業をする時は、真幸さん考案のちょっとした小細工を施す必要があるのだが……それについては俺も複雑な部分があるから、真幸さんは申し訳なく思っているわけだ。
「いつも本当に助かってるからって、向こうの寮母さんも言っててね。やっぱり男手がある方がありがたいって。もちろん、優真君さえよければなんだけど」
ためらいがちな声。けれど彼女の眼差しには、確かな期待が織り込まれているように見えてしまう。俺ならばきっと引き受けてくれるだろうという、そんな願いが。
「分かりました。そのうち、また時間を見つけて行きますよ」
結局、俺はまた断れなかった。期待通りに引き受けてしまった。
「ありがとう、本当に助かるわ……あ、行く時は私に言ってね。向こうの寮母さんに鍵をお借りするし、準備も手伝うから」
不安そうな面持ちから一転、パッと笑みを咲かせる真幸さん。
まあ彼女のお願いはともかく、今は少しでも早くお引き取りいただくのが先決だ。藍香さんたちがぼろを出す前に――と、本来の目的を果たす寸前まで漕ぎつけたその時。
――ガタガタンッ。
部屋の奥、ウォークインクローゼットの辺りから大きな物音が聞こえた。
「ん……?」
真幸さんも不審がり、背伸びをして室内の様子を確認しとうとする。
その視線を俺が身をもって遮り、
「ど、どうかしましたか?」
「今、なにか物音が……それに、クローゼットの戸が、ちょっとだけ開いたような」
「ああ、あれはその、中に積んでた段ボール箱が崩れちゃったんですよ。そう、きっとそうです」
「そうなの? なんだか、そうであってほしいみたいな言い方だけど」
「いや、そういうわけじゃないんですけどね……」
「……もしかして、優真君」
真幸さんがジトっとした目になる。
まさか、なにか感づかれたか……姉妹の靴や荷物は隠してあるし、よしんばテーブルやソファなんかに二人の私物が残っていたとしても真幸さんの位置からは見えないはず。それとも開いたクローゼットの戸からなにか覗いたのか……?
「あのクローゼットの中、もしかして」
「いや、あれはその、色々とわけがあって――」
「犬か猫、匿ってるんじゃないわよね?」
あ、そういう疑いですか……一気に脱力する。
まあ、クローゼットの戸が一人でに動いたからって、いきなり部外者を泊めようとしているのではなんて発想には至らないか。捨て猫なんかを拾ってきて隠しているという方が現実味はある。
「あー、まあそんなとこですよ。だからなにも心配しないで大丈夫です」
「なに言ってるのよ。寮で動物を飼うのは規則違反なんだから、大丈夫なわけないじゃない。いくら優真君が優しい子だからって、見逃すわけにはいかないわ」
靴を脱ぎ、上がり框に足を踏み入れてくる真幸さん。
俺はとっさにその行く手を阻み、
「真幸さん? なんで上がろうと……」
「寮の中はいけないから、とりあえず私が預かってあげようと思って。で、改めて保健所か、里親探しをしてあげればいいでしょう?」
俺の体をよけ、部屋の奥へと進んでいく。彼女の中ではもう完全に犬か猫がいることになっているらしい。
いずれにせよ大ピンチだ。このままクローゼットを開けられたら犬や猫などではないことがバレるどころか、女の子二人を泊めようとしていた事実まで知られてしまう。それだけは是が非でも避けなければならない。
――こうなったらやむをえない。
真幸さんには悪いが、奥の手を使うまでだ。
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