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 赤見寮の大浴場は二階にある。

 二階に上がるための階段は正面玄関にあるが、寮母室からは少し遠いため、俺はいつも外にある非常階段を利用している。靴に履き替える必要があるからほかの寮生はあまり利用していないようだが。

「もう帰っても大丈夫だよな……?」

 大浴場から上がった俺は、非常階段を下りながら藍香さんにラインを送った。


【もう部屋に戻っていいか?】


【藍香:大丈夫!】


 素早い返信が届く。俺は安心して【了解】と打ち込んだ。

 ――寝床問題が解消(?)したのち、芦北さんが『お風呂に入りたい』と言い出した。いつもこのくらいの時間に入るからそのルーティンを崩したくないとかなんとか。

 もちろん大浴場に案内するわけにはいかないから、必然的に寮母室のユニットバスを使ってもらうことになった。その間に俺も風呂へ入りに行くことになったわけだ。

 こんな状況が果たしていつまで続くのだろうか――本当ならば家に帰るよう諭すのが正しいはずだが、今のところ彼女たちには帰る意思がまったく見られない。

 もちろん真幸さんに相談して、強引にでも立ち退いてもらう選択肢もあるが……それはあまりしたくなかった。

 彼女たちは少なからず悩んでいるはずだ。両親が別々の人と再婚することになって、また大きく環境が変ろうとしていることに大きく戸惑っている。そのことを分かっていながら放り出すなんて真似、俺にはできない。

 それに――こんな風に三人が揃うことは、久しぶりだったから。

 内心は、少しだけ嬉しいのかもしれない。

 もしかしたらまた、昔のように……三人で楽しく過ごせる、そんな関係になれるのではないかと。仲のいい幼馴染に戻れるのではないかと。

 特に芦北さん……いや、舞佳とも。

 また子供の時のように、笑って話すことができたら――淡い期待を覚えながら、俺は寮母室のドアを開けた。

「――――っ」

 そしてちょうど、ユニットバスの中から出てきていた芦北さんと目が合った。体にバスタオルを巻きつけただけの、典型的な風呂上がりスタイルだった。なんだこの既視感。

「な、な……っ」

 芦北さんの上気していた頬が、更に赤々と染まっていく。

 バスタオルで大部分が隠れているとは言え、女性らしい輪郭がはっきりと分かってしまう姿。まだ乾き切っていない洗い髪も扇情的な艶やかさを光らせている。藍香さん以来本日二度目の眼福。

 しかし今回は長く続くこともなく、芦北さんは「きゃあっ!」とその場にしゃがみ込み、ついでに俺も我に返った。

「す、すまん! まさかまだ上がっていないなんて思わなくて」

 などと月並みの弁明を試みたが取り合ってもらえず、

「痴漢! 変態!」

 声高な痛罵を散弾銃のように撃ち込まれる。耳朶にも心にも痛い声音だった。

「な、なんでこんな、タイミングよくっ……さては図ったんでしょう!」

「そ、そんなわけないだろ。どうやって図れって言うんだ」

「知らないわよ! ていうかいつまでこっち見てるのよ! 変態!」

 言われて、俺はようやく彼女に背を向けた。頭では分かっていても思春期真っ盛りの両目はあまりに正直者過ぎるのだった。

「別にその、やましい気持ちはなくて、ついうっかりというか、心配して見ていただけというか……」

「嘘! 絶対いやらしい視線だったわ! 舐めるように見てたもの!」

「ぐっ、別にそこまでは……」

 見ていたかもしれない。あながち否定もできなかった。

 だって仕方ないだろ。こんなこんな格好されたら誰だって目を奪われる。男子なら間違いなく釘付け状態だ。断言できる。

 まあ、だからってなんの申し開きにもならないどころか、余計罪を重くしかねない告白だが。

「なになに、もしかして鉢合わせちゃった系?」

 部屋の奥から藍香さんのからかうような声。確認せずともどんな表情なのか想像できるほどの軽薄さだった。

「藍香さん! 俺、ラインで訊いたよな? もう戻ってきても大丈夫かって。それで大丈夫って返信してきたよな?」

「ええ、したわよ?」

「全然大丈夫じゃなかったじゃねえか! なんなんだこの嫌がらせは!」

「別に、あたし的にはなんの問題もないし。舞佳がお風呂から上がったなんて一言も言ってないし」

 とんだ屁理屈だった。

 確かに俺も、芦北さんが風呂から上がったかどうかを確認したわけではない。つけ入る隙を与えたこちらのミスなのか。それで変態扱いは腑に落ちない……。

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