18
「舞佳も中々大胆だよねぇ。あたしの当てが外れたからって、いきなりユウの部屋まで押しかけてくるなんて。友達の家に行けばよかったのに」
「俺としては、その言葉をそっくりそのまま藍香さんに突きつけたい気分なんだが」
「だから、そもそもあたしは友達の家に泊まろうとしてたでしょ? その当てが外れたからここに来たのよ。ちゃんと筋が通ってるでしょ」
「いや外れてるだろ。明らかに道理から外れた選択だろ」
「そんなことより、舞佳はなんで友達の家とか頼らなかったわけ? まさか泊めてくれそうな友達がいないなんて、人間として寂し過ぎる理由を宣うわけじゃないわよね? ユウの部屋じゃなきゃダメだった理由があって来たのよね?」
「わ、私は……」
ハッと顔を上げる芦北さん。
いつもの気難しい表情ではない、今にも泣いてしまいそうな顔にも見えた――まるで、昔の彼女のような。
しかしすぐにまた、胸と膝の間に顔を隠し、
「友達が、いないからよ。それ以外に理由なんてないわ」
と、冷淡に答える。
「……寂しい言葉ねえ。それとも、天邪鬼なだけかしら」
ゲームの手を止め、妹に視線を落とす藍香さん。口元が綻んでいるようにも見えた。
「ま、そういうわけだからユウ。しばらくの間、あたしたちのことよろしくね」
「全然よろしくない。大体、この部屋にどうやって三人も寝泊りするんだ。どう考えても手狭過ぎるだろ。ベッドだって一つしかないんだぞ」
「それは大丈夫じゃないかしら。あのベッドの大きさなら二人くらいは横になれるでしょ。で、あぶれた方はこのソファで寝ればいいのよ。あのベッドはユウのものだから、ソファで寝るのはあたしと舞佳のどっちかになると思うけど」
「ちょっと待て。その言い方だと、俺は二人のどっちかと同衾ってことになるわけだが」
「その通りよ。最初からそう言ってるじゃない」
「ちょっと、姉さん! 本気なの?」
芦北さんが再び顔を上げた。少しだけ頬が赤らんでいる。
藍香さんは「それしかないでしょ」とあくまで冷静で、
「それとも、舞佳にはほかにいい案でもあるわけ?」
「それは、その……せめて、私と姉さんがベッドで寝るとか」
「却下。あたしと舞佳はともかく、ユウの背丈じゃこのソファに横になれないじゃない」
確かに、俺とこの姉妹では十センチほどの身長差がある。足を少し投げ出せば俺も寝れないことはないが、寝にくいことは間違いない。
「それにここはユウの部屋で、あれはユウのベッドなのよ? で、あたしたちはユウの厚意でここに泊めさせてもらうんだから。そのユウをこんな狭いソファに追いやろうなんて、いくらなんでも不作法が過ぎるって思わない?」
「うぅ……」
歯がゆそうに押し黙る芦北さん。
割合尤もな話にも聞こえるが、そもそも俺は泊まっていいなんて一言も言っていないし、俺の了承も得ずに部屋まで押しかけている時点で結構な不作法ではないだろうか。
「もしかして、舞佳はユウと一緒にベッドで寝るの、嫌なわけ?」
「それは、だって……」
妹の初心な反応を見て、悪戯っぽい笑みを浮かべる藍香さん。この人、もはや寝床問題にかこつけて妹をからかいだけに見えてくる。
「じゃ、ソファで寝るのは舞佳で決定ね。それでいいんでしょ?」
「……それじゃあ、姉さんは」
「もちろんベッドよ。ユウと一緒に。あたしは別に嫌じゃないし」
「――っ」
「てことでユウ、舞佳の合意は得たから。これで寝床問題もオールOKよね」
「前提の段階でオールNGだ。大体なにが合意だ。俺の意思はどこで合わせられた?」
「なによ。ユウはあたしと一緒に寝るのが嫌なの? 合意をためらう事情でもあるわけ?」
「それは、嫌とかじゃなくてだな……」
むしろ嬉しいというか、さっきから心臓がバクンバクン跳ねまくってしまっている。別になにか期待しているわけじゃないがつい想像してしまう。隣に寝巻き姿の藍香さんが添い寝している光景を……ああ、実に眼福だろうな。何事もなかろうともドキドキして眠れないのは目に見えている。
「嫌じゃないなら別にいいじゃない。むしろ男の子なら喜々として受け入れるべきところでしょ?」
「それは、あまりに短絡的過ぎるというか、大体俺は、まだ泊まることを認めたわけでもなくて……」
葛藤が言葉尻に表れている。溢れんばかりの本能となけなしの理性によるせめぎ合い。なんとなく後者が敗色濃厚……。
「――待って」
ふと、ずっと黙り込んでいた芦北さんが声を上げる。意を決したような気配があった。
この凛とした眼差し、ようやく学級委員の本領発揮か。カオスになりつつあるこの状況を打開してくれるのか。俺は仄かな期待を募らせた。
「私も、ソファは嫌。寝づらいのは好きじゃないから」
背後から刺された気分だった。ブルータス、お前もか。
「ふふっ、寝づらいからねえ。それはそれは尤もらしい言い分だこと」
「うるさい。とにかく、私だけずっとソファなんて、絶対に嫌」
「ということは舞佳、ユウと一緒にベッドってことになるわけだけど、それも嫌だったんじゃないの? それとも寝づらい方が嫌だとでも言うわけ?」
「そうよ。なにかおかしい?」
中々に強気な口調だった。もうここに泊まることそのものにはなんのためらいもないらしい。
「……分かったわ。そんなに言うなら、あたしたち二人がどこで寝るかは、毎日じゃんけんで決めることにしましょうか。それで文句ないわね?」
「ええ。私は望むところよ」
互いに火花を散らすように見つめ合っている姉妹。
そんなにソファで寝るのが嫌なのか……まあ、どっちも女子にしては上背がある方だ。寝づらいのは間違いない。たとえ俺と並んで寝ることになろうとも、ベッドの方が寝入りやすいと考えているのかもしれない。いずれにせよ俺は一睡もできない可能性大だが。
「ていうか、そんなにも揉めるなら家に帰った方がいいんじゃ……」
『それはない』
タイミングばっちりの否定だった。さすがは姉妹。
結局、今回も断る余地はなさそうだった。
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