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 考えた末、なんの妙案も浮かばなかった。

 なんの成果も得られず帰ってきた残兵のような足取りで部屋まで帰還すると、中から「おかえりー」と、呑気な声が飛んでくる。

「今日も遅かったわねー。また待ちくたびれちゃったわよ」

 例によってソファに座ってゲームに勤しんでいる藍香さん。さすがにもうタオル一枚の格好ではなく、もこもこした生地の白いナイトウェアに身を包んでいる。

 いつも大人っぽい私服ばかりの彼女にしては可愛らしい寝巻だと思った。男心をくすぐるギャップだが素直に喜べないのはなぜだろう。本気でここに泊まるのだという断固たる決意を感じ取ってしまったからだろうか。

 一方、芦北さんはと言うと、

「…………」

 なぜかソファには座らず、藍香さんの足元で体育座りしている。俺が帰ってきた時には目線だけちらりと向けてくれたが、すぐに不機嫌そうな眼差しになってゲームの画面を見つめていた。

 二人とも、俺がいない間に帰ってくれてないかな……なんて淡い期待も抱いてはいたが、そんなご都合主義な展開は採用されなかったらしい。

「一応訊いとくんだが……二人は本当に泊まる気なのか? 正気なんだよな?」

「もちのろんよ。もう寝る準備だってばっちりなんだから」

 藍香さんがあっけらかんと即答。

 芦北さんは視線のみで俺を一瞥したのち、小さく顔を俯かせていた。いや、もしかすると頷いたのかもしれない。

 となると、二人して本気でここに泊まるつもりのようだ。

「いや、ここ男子寮なんだが……寮生以外の生徒は宿泊NGだし、女子なんて部屋に入れるのもアウトなんだが」

「じゃあ、あたしは生徒じゃないからなんの問題もないわね」

「生徒でもないならもっと問題だろ……」

「ケチな寮ね。女の子二人泊めるくらい別にいいじゃない。なんの問題があるわけ?」

「あり過ぎてどっから突っ込めばいいか分からんくらいには問題なんだが」

 ダメだ。こんな規則上の話をしたって、藍香さんが引き下がるはずがない。

 というか、気まぐれな藍香さんはともかく、芦北さんまで来たことが引っかかる。彼女は超がつくほど真面目な学級委員なのだから、男子寮に泊まることがどれだけタブーなのか理解しているはずだ……いや、別に真面目でなくとも理解していてほしいものだが。

「で、どうして二人して泊まるなんて話になった? 一体どういう企みがあるって言うんだ」

 問い質してみると、藍香さんは「いやいや」と片手を振り、

「あたしは例の如くお母さんと喧嘩して、ちょっと家出してきただけだから」

「なにが例の如くだ。そんなちょっと散歩にしに来ましたみたいな感覚で泊まりに来る場所じゃないだろ。そもそも家出するほどの喧嘩って、今回は一体なにやらかしたんだよ」

「あたしはなにもしてない。ただ、お母さんが再婚するかもとか言い出したからさ」

「再婚? 藍子さんがか?」

「そ。んで、もうすぐ相手の男が越してくるとか言って。冗談じゃないっての。せめてあたしが大学卒業して、アパート出てからでもいいと思わない?」

「まあ、理想はそうだろうけど。でも卒業って、あと二年もあるし、そんなに待てないって思ったとか?」

「フン、いい大人が盛ってんじゃねえよって感じ。なによ二年くらい。だらしない」

 母親との喧嘩は日常茶飯事の藍香さんだが、今回はどうやら問題の程度が違うらしい。軽い愚痴っぽく言っているが家出してきているのだから、内心は結構思い詰めているのかもしれない。もうすぐ二十歳と言えどまだ多感な年頃だ。アパートに居づらくなる気持ちも分からないでもない。

 ともあれ理由は分かったが、そうすると疑問が一つ増える。

「つまり藍香さんは、元々一人でここに泊まるつもりで来たってことか? 姉妹二人で示し合わせてとかじゃなく」

「そうよ。まさか舞佳まで来るなんて思わなかったわ。しかも理由まで被るなんてね」

「は? 被る?」

「ほら舞佳、あんたもユウに話したら?」

 そう促された芦北さんは、俺と目を合わせることなく頷き、

「……私も、家出してきたの。姉さんと、同じような理由で」

 と、呟くような声で言った。

 同じような理由って――じゃあ、まさか。

「そのまさかってとこよ……お父さんの方もね、今度再婚するんだって」

 俺の思考を先読みしたように、藍香が補足する。

「まあ、それはあたしも結構前から知ってて、近いうちに再婚相手の人と同居する予定だったらしいんだけど」

「待てなくなって、同居が早まったとかか?」

「……ま、そんな感じね」

 やや曖昧な具合に肯定される。

 それで同じような理由ってわけか。なんという偶然。

「だけど、どうしてそれで俺の部屋に?」

「どうやら舞佳、元々あたしの部屋に泊めてもらうつもりだったみたいなの。でもあたしがユウの部屋に転がり込んだって聞いて、仕方なくここに来たらしいわ」

「なにが仕方なくなんだよ……大体、親父さんの方にはなんて言って出てきたんだ。まさか男子寮に泊まるなんて言ってきたわけじゃないんだろ」

「あたしが泊めてもらってる友達の部屋に一緒にって説明したみたい。嘘ではないわよね」

 とんだ言葉のトリックだった。その程度の確認で娘の外泊を許すなんて、芦北家のモラルも褒められたものではない。

 まあ、実の姉が一緒という部分での安心感はあるのかもしれない。あるいは親父さんの方も、再婚が早まった件を申し訳なく感じていて、しばらく距離を置く方がいいと考えのだろうか。にしたって娘の居所くらいは正確に把握していてほしいものだ。

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