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「……お邪魔します」

 ためらいがちな声と共に、芦北さんが部屋へと入ってくる。

 無下に追い返すわけにもいかないと思って中へ通してしまったが……どうして彼女が俺の部屋なんかに。藍香さんがいることも知っているような口ぶりだったし。

「姉さんは? いるんじゃないの?」

「ええと、どうしてそれを……?」

「お母さんに電話して聞いてみたら、鏑谷君のところに行ったなんて言うから」

 藍香さん、わざわざ藍子さんに行き先を伝えて家出してきたのか。変なところで律儀な人だ。

 というか、藍子さんも引き留めたりしないのかよ。それとも俺が男子寮住まいなのを知らなかったとか……考えにくいか。芦北さんは男子寮の正面玄関からではなく、裏口を通って直接部屋までたどり着いている。藍子さんが藍香さん経由で知った情報をそのまま娘に横流ししたとしか考えられない。

 いずれにせよ藍子さんもかなりいい加減な人だ。さすがは親子とでも言うのか。

「で、姉さんは? どこ?」

「いや、藍香さんは、そのー……」

 返答に窮してしまう。

 藍香さんは現在、クローゼットの中に潜んでいる。間の悪いことにタオル一枚巻いただけの状態で。

 そんな裸同然の姿で出てこようものなら、どんな誤解を受けるか分かったものではない。なんとか話を逸らせないものか――なんて思惑を巡らせていた時。

 突然、クローゼットの戸が開かれた。

「その声、舞佳ね!」

 中から勢いよく藍香さんが出てくる。

 当然、さっきまでと同じあられもない格好のまま。

「はっ……?」

 呆然自失の芦北さん。手に持っていたボストンバッグを床に落としている。

 当たり前だ……実の姉がいきなり、半裸の状態で姿を現したのだから。わけを知っていた俺でさえ呆然としている。今すぐここから走り去りたい気分だった。

「久しぶりじゃないの! もー、来るなら来るって言ってくれればよかったのに!」

 飛び出てきた勢いのまま妹に抱き着く藍香さん。

 そのせいでタオルが剥がれかけ、更に扇情的な格好になっていた。抱き着いたおかげで露わにはなっていないが、もし芦北さんから離れれば大変によろしくない姿になるだろう。再会を喜ぶ藍香さんは意にも介していないようだが。

 対して芦北さんは、分かりやすく顔を真っ赤にしていた。

「ちょ、ちょっと姉さん! そんな格好で抱き着かないで……!」

 姉からの魔の手を振りほどこうともがいている。なんだこのデジャビュは……。

「もー、そんなに逃げなくてもいいじゃない。姉妹なんだから裸の付き合いくらい……あら?」

「きゃっ! ちょっと、どこ触って……!」

「舞佳、前より大きく……D、いえ、Eってとこかしら? 着々とあたしの領域に近づいてきてるわね」

「あ、そこ、ダメ……んんっ!」

 とんでもない状況になっていた。あの芦北さんが喘ぎ声を上げている。教室では絶対見せることのない蕩けた表情になっている。

 なにをやっているんだ藍香さんは。実の妹に公然猥褻なんて、くそ、もっとやれ。

 なんて不埒な願いは噛み殺し、組んずほぐれつの姉妹を横目にクローゼットからビブエプロンを取り出す。その場ですぐに着替え、ひっそりと部屋をあとにした。

 無論、鍵はしっかりとかけて。

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