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「別に、なんでってこともない。獅子手さんとは一年の時も同じクラスだったし……頼られるというか、ちょっとしたお願いを聞いているだけというか」
「フン、腑に落ちねえな」
鷺沼は腕を組み、訝しい眼差しで見下ろしてくる。刑事か探偵にでもなったような風情だ。
「同じクラスだった男なんてほかにも何人かいる。だが実際に話しかけられたり頼られたりしている男は鏑谷、お前オンリーだ。あの絶対的女王、獅子手渚央からな」
「女王?」
「そうだ。見ろ、獅子手の圧倒的な魅力に満ちた姿を……クラス内ヒエラルキーで頂点に立つためだけに生まれたと言っても過言ではない美貌だろ?」
なにやら格好つけた物言いの鷺沼だが、その明らかに鼻の下を伸ばした不埒な顔を見ているとどうも頷きがたいものがある。
確かに獅子手さんはクラスの中で最も目立つ容姿をしている。同じ日本人とは思えない綺麗な金髪で、肌も健康的に焼けた小麦色。スタイルもモデル並みで女子の中では一番背が高い。鷺沼の言う通り美貌という称賛は間違っていないが、安易に同調すると俺まで鷺沼と同じ穴の狢と思われそうで、つい曖昧な態度でお茶を濁したくなる。
そんな俺の心持ちなど露ほども思わないであろう鷺沼は、教室の隅で談笑中の獅子手さんをチラリと一瞥したのち、
「ちなみに身長は166センチあるらしい。体重は不明だが、出るとこは出ていて締まるとこは締まっているあの完璧具合から推測するに、恐らく50キロ弱ってとこだろう。スリーサイズは概算で……」
と、空中でそろばんでも弾くような手つきを披露。一体どんな計算式を解いているのやら。凡夫の俺には想像もつかない。
「――フン、またくだらない会話を」
突然、と言うほど突然でもないが、高校生とは思えないほど厳めしい声が鷺沼の隣に並んでくる。屈強な体と五厘刈りの坊主頭がトレードマークのクラスメイト、
計算を邪魔されたのが癪に障ったのか、鷺沼は不満げな眼差しで振り向き、
「チッ、誰かと思えば『四十七人斬り』の早稲田じゃねえか。今日も見事につるっぱげやがって」
「貴様の目は節穴か? 見ての通り俺の頭は五厘だ。つるっぱげてなどいない」
「ほぼ一緒だっつーの。せめてセンチになるくらい伸ばしてから否定しやがれ」
「剣道部員はこれが強制なのだ。好きでやっているわけではない」
「令和にもなって昭和くせぇことやってんじゃねえよ時代遅れが。今時は野球部だって坊主じゃない学校があるくらいだぞ。顧問にもそう言っとけ」
「いずれにせよ貴様のその、北の偉い人のような髪型よりはまマシだ」
「誰が北の偉い人だ! これはツーブロックって言うんだよ! 今は姉貴にいたずらされたせいでちょっと失敗してるだけで……」
俺のことなどそっちのけでしょうもない詰り合いを始める鷺沼と早稲田。
朝っぱらとは思えないバチバチ具合だが、喧嘩するほど仲がいいという言葉もある。特にこの二人は同じ中学だったらしいし、こんな小競り合いは日常茶飯事だったに違いない。
……あ、中学と言えば。
「前々から気になってたんだが、早稲田がよく言われる『四十七人斬り』っていう異名はなんなんだ? やっぱり剣道関係なのか?」
「それは……」
俺からの質問に口籠る早稲田。いつもきっぱりとした物言いばかりなのに珍しい。
「まあ、剣道は関係ねえもんなぁ早稲田」
他方、鷺沼は水を得た魚のように喜々として早稲田を指差し、
「早稲田は中学時代、発情期の猿みたく女子に告りまくった結果、計四十七人から振られ続けたという伝説を作ったんだ。それが『四十七人斬り』の由来だ」
いや、それなら早稲田は斬られてる方なのでは。
「もう少しで天才バスケットマン級の快挙だっただけに、途中でストップしたことが実に惜しい。まあ早稲田がその気になれば高校生活の間にも記録更新できるだろうが……」
「それはありえんな」
早稲田が即座に否定した。
「俺はもう決めたのだ。高校では恋などしない……邪念を振り払い、剣の道に集中すると。そのために男子寮に身を置き、臥薪嘗胆の思いで高校生活を送っている――鏑谷も同じ寮生として、俺の気持ちは充分に察するところだろう?」
「は? 俺?」
「左様。にもかかわらず貴様まで獅子手のような、無駄に尻が軽くなった女とつるむとは何事だ! 騙されるな鏑谷! 邪念を振り払え!」
無茶を言う。ついでにとんだ買い被りだ。
確かに俺は早稲田と同じ寮で生活している。だから早稲田とは二年で同じクラスになるより前から顔見知りではあった。
しかし中学時代の
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