第14話  旅の終わりに

 軽井沢に来て七日目の朝。

 私達は別荘を去る。

 

「あっという間の一週間でしたね……」


 ほうきで床を掃きながら紬が呟く。


「うん、楽しかった……」


 布で窓を拭きながら私が頷く。

 沢山の思い出と共に、胸によぎる一抹の寂しさ。

 窓外を眺めれば、そよぐ木立が秋を予感させる。

 夏が終わろうとしていた。

 

「掃除はそのくらいにしといて。後は管理人にまかせよう」


 待ちかねた結翔が私達を呼びに来た。


「もう出るぞ。土産を買う時間も必要だろ?」


「はい!」


 声を揃えて私と紬。

 名残惜し気に窓に鍵をかけて、カーテンを閉めた。

 戸口に立ち、薄暗い部屋に向かって語りかける。


 ―― 一週間ありがとう。


 戸締りを確認した後、玄関の扉に鍵をかけ、ポストに入れる。荷物は自宅に送付済なので、身軽な姿で土産を探すことが出来た。カフェで食事をし、お茶を飲みながら出発時間を待つ。


「そろそろ時間だ」


「あ、早く行かなくちゃ!」


 車両は定刻通りに発進した。自然豊かな風景が、賑わう街並みへと姿を変えていく。いつの間にか寝込んだ私と紬を、結翔が起こしてくれた。

 東京駅に到着したのだ。

 ホームでは、運転手の木下が待っていた。


「ありがとうございます。木下さん。紬を送っていただけますか? 沙羅ちゃんは俺が……」


 結翔が私の手をとる。

 紬は、自分だけが車で送られることを遠慮していたが、結翔の勧めに従い、車に乗り込んだ。


「さよなら沙羅さん、新学期に会いましょう!」


「新学期に!」


 数日後には会えるのに、永遠の別れのように切ない。

 軽井沢で過ごした一週間が、二人をいっそう近づけたようだ。


「沙羅ちゃん? 紬? もういいかな?」


 結翔には、私と紬の嘆きが大げさに見えるようだ。


「沙羅さん!」


「紬ちゃん!」


 別れを惜しみ続けた後、ようやく車が走り出し、結翔は私を自宅まで送ってくれた。

 

「じゃあ、沙羅ちゃん! 日曜日に!」


「お待ちしてます!」


 日曜日にはスペイン語のレッスンが再開される。

 日常が戻ってくるのだ。

 旅が終わっても、変わらぬものが私達にはある。

 だが、旅の前とは大きく変わったことがある。


 ―― 二人は両想いになったのだ。


「気を付けて……」


 結翔は振り返ると、大きく手を振った。

 私は二階へと駆け上がり、窓から結翔を見送る。

 私の思いが通じたかのように、結翔が上を見た。

 彼が再び私に手を振ると、胸に甘い幸福感が満ちてくる。


「日曜日に! 待ってます!」


 私が呼びかけると、結翔が三度みたび手を振った。



 旅行鞄を抱えて自室に戻る。

 荷物の整理は明日に回して、今夜は休むことにした。

 入浴後、早々に横になるが、気持ちが高ぶり目は冴えるばかり。

 

 プレーヤーのスイッチを入れ、音楽をかける。

 フランスのバレエピアニストの演奏で、プレイリストに加えたばかりのものだ。

 舞花のおすすめだが、音が綺麗でセンスが良い。

 目を閉じると、別荘での思い出が浮かんでは消えた。

 勉強に励んだこと、食事を共に作り食べたこと。

 夜更けまで紬とお喋りをしたこと。

 結翔と二人で散歩したこと。

 偶然に出会わせた結婚式に、突然の告白。

 意識は次第に薄らいでいき、私はいつしか眠りに就いていった。

 

 

 


 




 

 


 



 

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