第4話  女子のお茶会

 リュミエールを出た後、私は、カーディガン、日傘、帽子、アームカバーを買った。どれも紫外線対策のアイテムばかりだ。

 

「日焼け防止は大事よぉ~? 紫外線が凄いんだから……あ、そうだ……日焼け止めクリームは?」


 舞花が尋ねると、


「持ってます!」


 二人同時に返事をする。

 

 買い物が終わった後は、シャボン内のカフェでお茶をすることになった。

 舞花はハーブティーを、紬はマンゴーパフェ、私はマンゴームースを注文した。


「いいお買い物が出来てよかった……」


「お付き合い頂きありがとうございました!」

 

 声を揃えて紬と私。


「ふふっ……いいのよ。こうして一緒に選べて楽しかった。しつこいようだけど、日焼けは気を付けてね……特に沙羅ちゃん?」


「はい! バレエ学校の先生にも言われてます」


「よいわぁ~。沙羅ちゃん素直で……やっぱり舞台に立つには、色白の方がいいもの……あ、そう言えばねぇ……昔、夕舞が……」


「来栖さんが?」


「そう。今の沙羅ちゃんと同い年の時、海で真っ黒に焼いて、背中にバツを付けたみたいな日焼けの跡がくっきり残って、先生が真っ青になっちゃったの。それなのに、本人はけろっとしていて、“発表会は十二月ですから”……って……」



 確かに発表会がなければ、人前で踊ることは無いし、それだけ期間があれば日焼けも冷めるだろう。

 でも、やはり来栖はマイペース人間だと思う。


「なんというか、納得できないことには従わない人なの……」


 私は、来栖の染めた髪、結えるぎりぎりまで段を入れたレイヤードヘアを思い出す。こだわる性格は、生徒時代からのものだった。


 来栖夕舞。

 世界が認めた奇跡のプリマ。

 人は彼女を苦労人と呼ぶ。


 だが、教師にせよ、団員にせよ、周辺の人間もまた、相応の気苦労があったのではないか。想像に難くない。


「私、白い肌が焼けてしまうのってとっても残念だと思うの……」


 舞花が悲しそうな表情をする。

 彼女もまた、来栖とは違った意味でマイペースだが、意外にも繊細な一面もあるようだ。


「ごめんね。紬ちゃん、知らない人の話をしちゃって……」


 舞花が詫びると、「いいえ」と紬が笑った。


「……そんなことより……沙羅ちゃん?」


 舞花が真剣な顔で私を見据えた。


「あ、はい?」


 何事だろうかと、私は姿勢を正し、舞花に向き合う。


「結翔との関係……どういうお付き合いをしているの?」


 ふみゅー。

 突然どうしたんですか? 舞花さん!

 

「……えっ……その……スペイン語を習って、勉強を見てもらって、たまに一緒に買い物して、……お茶をして……」


 ふ、ふみゅー!

 何事?

 何故こんな質問を突然?


「夏休みに放置されたんでしょ? そんなこと恋人にするなんて、私だったら絶対に許さない。怒っていいのよ? 沙羅ちゃん?」


「あ、でも……それは、一緒に働く人が、お休みをとるから仕方なくて……あはは……」


 普段はおっとりと優しい舞花が本気で怒っている。


「あ、あの……私は気にしていません……」


 舞花は聞く耳など持たないというように、話を更に深めていく。


「結翔は沙羅ちゃんに正式に交際を申し込んでる?」


「……あ、……えっと……まだです……」


 困惑する私を他所に、舞花と紬が顔を見合わせ頷いた。


「いい? 沙羅ちゃん? 貴方たちはお互いに忙しくて、会う時間が少なかった。これからもそう……それは仕方がないけど、せめてお付き合いをしているかどうかはっきりさせないと……」


 私達は付き合っているのか。

 確かに、結翔から交際を申し込まれたことは無い。

 一緒にいて、買い物をしたり勉強をしたり……。

 気持ちが通じ合っていると思っているのに、それではだめなのだろうか。


「……でね、紬ちゃんから、軽井沢合宿のことを聞いたの……これはチャンスだと思った。だって、一週間も同じ屋根の下で過ごすんだもの!」


 ふみゅー!

 チャンスってなに?

 同じ屋根の下だなんて!


 以前結翔は私の家の間借り人だった。

 でも、あの頃はそれほど親しくなくて、その後、結翔はスペインに、私はモナコへと離れ離れになってしまったのだ。

 現在は。互いに一時間ほど離れた実家に住んでいて、会うのは週末だけなのだ。


「そうです! 本当は、私も遠慮して、二人きりにさせたかった……でも、それでは両親が認めてくれないので、ご一緒することにしました! でも、私は沙羅さんと結翔さんが、二人きりになれる時間を確保します!」


 紬が可憐に宣言をすると、舞花が「頑張ってね!」と、紬の小さな手を握りしめた。

 私は、何が起こっているのかと、たじろぐばかり。

 “大人の男の人とお付き合いしてるのよね?”

 鈴音の顔が浮かぶ。

 皆、どうしたというのか。何を期待しているのか。

 結翔とのことは、二人だけの問題だと思っていたが、そうではないのか。

 

「沙羅ちゃんを応援したいの。なんていうか……二人を見ていると、甘酸っぱくて、もどかしくて、放っておけない……幸せになって欲しい。この夏は、結翔との距離を縮める良い機会だと思うの……」


「……あ、あの……」


 自分と結翔とのことが、こんな風に見守られているなんて。

 こそばゆくて、居心地が悪いが、嬉しくもあった。

 ……それに……私だって期待してしまう。


 「お待たせいたしました」と、注文の品が置かれる。

 

「マンゴーって夏っぽくていいですよね。甘くて、酸っぱくて、とろっとした触感も大好きです!」


 紬がうきうきとスプーンを手にする。


「私も! 色も綺麗で夏っぽいよね!」


 ムースをスプーンで切り分け、口元へと運ぶ。

 鮮やかな黄色は南国を思わせ、口に含めば冷たく甘酸っぱい風味が口に広がった。


「……美味しい……」


 私は紬と顔を見合わせ、微笑む。


 買い物帰りのカフェ。

 私達は夏の果実を堪能するのだった。

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