第26話  仲間

 月曜日の放課後。

 稽古場に到着すると、鈴音が待ちかねていたように話かけてきた。 


「あのね、全国コンクール出場の話が出てね。私と光里はエントリーすることにしたの。夏休みの終わり、毎年八月の末にあるんだ……」


「全国コンクール!?」


 興味にかられ身を乗り出すも、自分は学業低浮上中で執行猶予付きの身。

 しかも、コンクールに出場したばかりなのだから、今回は見送るべきだろう。


「でも、出場したかった……」


「……あ、沙羅……あのね……」


 何かを思い出したかのように鈴音。


「何?」


「言いそびれてたけどね……私も見たよ。動画サイト。凄く良かった。ガムザッティ! こう、なんだろう? 安定感? 基礎の力だね。私も今まで以上に頑張ろうと思った!」


「……あ、ありがとう……」


「沙羅って凄い。難しいことを何でもないことみたいに踊って、小さなステップも絶対に手を抜かないもの」


「ありがとう!」


 ストレートな賛辞に、私は照れることを忘れてしまった。

 ダンサーは、美しさの陰にある苦労を観客に知られてはならない。

 それでも、鈴音が努力を認めてくれたことが嬉しかった。


「頑張ってね。コンクール!」


「もちろん!」


「演目は決まった?」


「先生にはまだ言ってないけど、演ってみたいのがある……」


 何だろう。

 凄く気になる。

 鈴音は少し小柄だから、可愛らしい役が合いそう。

 ジゼルで村娘を踊った時は、本気で危機感を持ったもの。


「……内緒……」


「ずる~い!」


 そう言われると、ますます知りたくなる。


「楽しみに待ちなさ~い!」


 首をすくめて鈴音が笑った。

 取り残されたような寂しさもあるが、今は基礎練に専念すべきだし、学業の遅れも取り戻さなくてはならない。


 咲良はといえば、一躍時の人となった。

 原因は、バレエ雑誌、『月刊チュチュ』だ。舞花の愛弟子として、咲良はチュチュの表紙を飾った。内容は、コンクールの取材記事にとどまらず、咲良の日常生活まで及んでいて、制服姿の写真もあった。読者からの反響は大きかったと聞く。


「母は何冊買ったかな? 近所の人や、親戚にも配ったみたい。このままいけば、留学も認めてくれそう」


 自分の写真の載った本を、親類縁者、近隣住民に配られるなんて。

 私だったら、外出も出来なくなるほど恥ずかしいのに、咲良はどこ吹く風。


「でも、スカラシップは欲しい。そりゃ、両親は共稼ぎで、普通の家よりは収入が多いかもしれないけど、大金持ちというわけじゃないから……」

 

 咲良の堅実さは変わらずだ。


「全国コンクールは魅力だけど、ポイントは稼いだし、しばらくは学業に力をいれる」


 私と咲良には共通の課題がある。

 バレエを続けるための協力者を得ること。

 そのための努力を怠ることは出来ない。


「あ、あの咲良……」


「何?」


「教えて欲しいの。勉強とバレエをどうやって両立させているのか……」


 咲良が額に手を当て考えている。

 この私を、どうすれば自分のレベルまで引き上げることが出来るのか。

 真剣に考察しているようだ。


「……べ、別に、咲良のレベルに追いつこうってわけじゃ。参考に出来ればって。あはは……」


「いいよ? でも、バレエの話もしたい。だって、よかったもの。沙羅のガムザッティ! どういう解釈なのか知りたい!」


「えっ? あっ……わ、私も……咲良の話を聞きたい!」


 咲良の踊りにはきつい印象があったが、コンクールでは女性らしさを表現していた。

 どうやって欠点を克服したのか。

 絶対に聞く価値はある。

 胸を熱くして稽古場を見渡せば、鈴音と目が合った。

 鈴音が私に微笑みかけ、隣にいる光里が手を振った。

 二人とも将来は優秀なダンサーになるだろう。彼女達だけではない。楡咲バレエ学校は、才能ある少女達の集団なのだ。


 コンクールの記憶が呼び覚まされる。

 咲良か自分か。

 私は息苦しさと緊張の中で発表を待った。

 入賞出来なかったことが悔しく無いと言えば嘘になる。

 だが、咲良が一位入賞した喜びは心からのものだった。

 仲間との競い合いは辛いこともあるだろう。

 だが、心を開き教えを乞えば、得るものは計り知れない。

 何と恵まれた環境だろう。

 私には踊る仲間がいる。

 それはかけがえのない宝物なのだ。

 

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