第23話 ありがとう
『月刊チュチュ』は少女向けのバレエ雑誌だ。
プロやアマチュアのダンサーの活動、コンクールの開催時期、レオタードや小物の宣伝、ダイエットや筋トレ、メンタルヘルスに至るまで、ありとあらゆる情報が月替わりで掲載される。
バレエを踊る少女の表紙に惹かれ、つい手が伸びる一冊だ。
私自身も中学生までは定期購読をしていて、今は関心のある特集が組まれれば買う。
そのチュチュの編集者が、突如コンクール会場に取材にやって来たのだ。
「チュチュです! 一位入賞の赤城咲良さんを穂泉さんが指導なさったそうですね!?」
興奮した様子で記者が問いかけると、舞花は咲良の肩に手を添えにっこりと微笑んだ。
「やっぱり! 赤城さんは穂泉さんの秘蔵っ子なんですね!?」
記者達は無言の笑顔を同意と受け取ったようだ。
何が起きたというのか。
どうして記者がやって来たのか。
二人を取り囲む人の輪が徐々に大きくなっていく。
「SNSで穂泉さんの愛弟子が白峰バレコンに参加していることを知りました!」
SNS!
それで急遽駆け付けたのだ。
「写真を撮らせてください!」
舞花が咲良を引き寄せると記者がカメラを向けた。
見物人の輪は隙が無く、二人に近づくことは出来そうもない。
(……どうしよう……)
もう二人に接近するのは無理そうだ。
私は騒然となるロビーの端を通り、会場を後にしたのだった。
その夜、私は咲良に電話を架けた。
先に帰ったことを詫びたいし、騒ぎに巻き込まれた二人のことが気がかりだった。数回のコール音の後、咲良は電話に出た。
「こんばんは、今いい?」
「うん。お風呂出たところ。どうかした?」
「ごめんね……先に帰ってしまって……」
「そんなこと気にしてたの? あの状況じゃしかたないよ……なんか、いつもの沙羅に戻っちゃったね」
「いつもの私?」
「そう。小さなことを気にしてくよくよしてる……今も、私を残して帰ったことを後ろめたいと思ってるよね? 舞台では堂々としていたのに別人みたい……」
「べっ、別人? そんな……あはは……」
褒められているのかそうでないのか。
相変わらず咲良の表現はわかり辛い。先ずは元気そうで安心だ。
「でも、平気なの? あんなにマスコミに騒がれて……」
あんな騒動に巻き込まれるなんて、私なら夜も眠れなくなりそうだ。
「騒々しくてうんざりだけど全然平気!……ま、ネットワークの威力を見せつけられたね。動画サイトの再生回数……明日はもっと増える」
咲良は一夜にして、ネットで注目の的となったのだ。
「面倒ではあるけどメリットもある」
「メリット?」
「そう、メリット。一位入賞した上に、穂泉舞花の愛弟子だと噂がたてば、両親は人に自慢したくなる。そういう人達なの」
「そっ、そういうもの!?」
「そうよ? 利用できるものは利用する……虎の威を借りる何とかと言われても」
凄い。
咲良は強い。
彼女の逞しさに感心せずにはいられない。
「来月号のチュチュに急遽掲載されることが決まったみたい」
本来ならば注目されることの無い小さなコンクール。
それが舞花のせいで、こんなに大きく取り沙汰されるなんて。
プリマの存在感を思い知らされる。
「ごめん。電話しちゃって……疲れてるよね?」
「気にしないで。興奮で目が冴えちゃった……誰かと話したかったんだ」
「……あっ、あのね……」
「何?」
電話をしたのは詫びる為だけではない。
私には伝えるべき言葉があった。
「……あっ、あの、咲良……」
「だから、何?」
「……ありがとう……」
「……」
舞花は私に大きな影響を与えた。彼女には感謝してもしきれない。
咲良も……。
めざましく進化する彼女に私は触発されたのだ。
咲良の存在がどれほど励みになっただろう。
「おやすみ。今日はもう休まないと……」
「おやすみなさい」
数か月に渡るレッスンを経てコンクールは幕を閉じた。
私と咲良は、就寝の挨拶を繰り返した後、どちらからともなく通話を終わらせたのだった。
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