第22話 結果
審査結果の発表まで、私と咲良、舞花の三人はロビーで過ごすことにした。自販機で飲み物を買い、ソファーに座る。私はレモンソーダを選んだ。
「素敵だった。二人ともよく頑張ったわ……」
舞花が笑顔で私達を労う。
「ありがとうございます!」
ソーダの爽やかな風味が口に広がると、私はようやく人心地つくことが出来た。
「もうこんな時間……席に戻りましょう」
舞花が腕時計を覗き込む。
結果発表は午後四時からなので、残り後五分だ。
「はい……」
私と咲良は、舞花を挟んで左右に座った。
出場者が踊っていた舞台に審査員が並んでいる。
私はどきどきとしながら発表を待った。
もし、なにかしら結果が出せれば、より練習に励めるようになるし、父の説得に役立つかもしれない。
努力の成果が欲しかった。
「六位……ジゼルを踊った高木美也さん……」
名前を呼ばれた少女が壇上で盾を受け取ると、誇らしげな表情を見せた。
自分も入賞したい。早く結果を知りたい。
逸る心を抑え、私は舞台を凝視する。
「……五位は……」
再び少女が壇上に昇り盾を受け取る。
(……あと三人……)
自分はまだ呼ばれていない。
もしかして……三位?
……違った。
別の少女の名が告げられた。
二位は誰なのだろう。
私? 咲良?
隣に目をやると、咲良もまた私を見ていた。
硬い表情から緊迫感が伝わってくる。
「……」
居心地が悪い。
視線を反らし俯くと、手の甲に舞花の指先が触れた。
もう片方の手は咲良の元にある。
舞花の温もりを感じながら、私はじっと息苦しさを堪えた。
「……二位は……伊藤美咲さん……」
ステージに上がったのは、アレルキナーダを踊った少女だった。
残る賞は一位のみ。
咲良は下を向いていて、表情を見ることはできない。
「……一位……赤城咲良さん!」
会場に名が響き渡ると、咲良がぱっと顔を上げた。
「おめでとう! 咲良!」
「咲良ちゃん、おめでとう!」
「……ありがとうございます……」
咲良が嬉しそうに私と舞花を見た。
彼女のこんな表情は初めてだった。
いつもの気の強さが影をひそめ、心の底から喜んでいるのがわかる。
そんな彼女を見ていると、目の奥がじわりと熱くなった。
咲良が入賞したことが自分のことのように嬉しく、心から祝福することが出来た。
檀上の咲良を感慨深く眺めていると、審査員が最後の一人の名を告げる。
「……有宮沙羅さん……」
白峰バレエコンクールの入賞は上位六位まで。ほかに奨励賞、しらみね賞がある。そう舞花に言われたのは今朝のことだったのに、すっかり頭から抜けていた。私は奨励賞に続くしらみね賞を受けたのだ。
「なんかなぁ……納得いかない」
「え? 何が?」
「沙羅がしらみね賞なんて……」
「そっ、そうかな? あはは……」
白峰バレエコンクールの入賞は上位六位まで。残り二つははっきり言っておまけのようなものだ。
「レベル高かったもの……」
直前に解釈を見つけた私のダンスは、所謂付け焼刃という状態に近い。六位までの入賞者達は完成度が高く、自分が太刀打ちできる相手ではなかったと思う。
「沙羅の良さは私には上手く表現できない……でもよかった」
「ありがとう……」
「二人ともよく頑張ったし、よい出来だった。咲良ちゃんは一位だったし……お疲れさま!」
舞花は私達の間に入ると、二人を同時に抱き寄せた。
「ご指導ありがとうございました!」
二人同時に礼をすると、舞花が優しく微笑んだ。
後は会場を出るばかりという時だ。
「あ、ちょっと待ってください。スマホが……」
結翔だ。
「失礼します」と、その場を離れ、人気の無い場所を探す。
「沙羅ちゃん! しらみね賞おめでとう!」
明るい声が耳に響き、心がほのぼのと温かくなる。
「ありがとう! でも、お父様と一緒なのに大丈夫?」
結翔は父親の仕事に同行していて、合間に私の出番を見てくれたのだ。
「まあね……よかった。沙羅ちゃんらしくて……」
「私らしい? どんな風に?」
「うーん? なんていうかな……上品だった。お姫様の踊りだろ? そんな感じがよく出てた。あと、細部まで気を配っていた……そういうところが沙羅ちゃんらしかった」
「ありがとう、私らしいって素敵な言葉ね」
「うん、いつも真面目に物事に取り組むだろ?」
結翔はバレエに疎い。
そんな彼が、真剣に私の踊りを見てくれたことが嬉しかった。
「そうだ……動画の再生回数見た? 何か起こったかな。マイナーなコンクールだって聞いてたけけど……」
「再生回数ですか?」
ライブ配信の閲覧数は二桁を超えないという話だった。
私はサイトを開き、再生回数を確認する。
「五桁!?」
何が起こったというのか。
見るのは関係者だけだったはずだ。
「待って、調べる」
結翔が検索をしている間、スマホを耳にロビーを見渡す。
人が忙しなく動き、心なしかざわついているように見えた。
「これだ! URL送るぞ」
恐る恐るメッセージを開封し、URLをタップする。
「なっ、何! これ!」
【マイナーバレコンに穂泉舞花現る】
【女神降臨】
【穂泉舞花の愛弟子はコンクール常勝者】
ふみゅー!
大変なことになってしまった!
沢山の書き込みと、それに対するリアクションに目を疑う。
動画再生回数爆上がりの原因は、舞花とその愛弟子と認定された咲良だった。
楡咲バレエ団のプリマが、突然コンクール会場に現れたことは、バレエファンにとって注目すべきニュースなのだ。
リンク先はバレエ愛好家のサイトで、書き込んだのは出場者、観覧者、あるいは部外者。何者かは分からないが、そんなことはどうでもいい。
今すべきことは、
「沙羅ちゃん、早く会場を出た方がいい!」
「わかりました!」
一刻も早くこの場を離れることだ。
下手をすれば、面倒に巻き込まれるかもしれない。
早く二人に伝えなくては。
礼もそこそこに終話し、全速力で舞花と咲良の元へと駆け寄った時だった。
「穂泉舞花さんと赤城咲良さんですね!? お話を聞かせてください! 『月刊・チュチュ』です!」
突進してきた男女二人組に行く先を阻まれる。
彼等は気色ばんだ面持ちで二人に迫っていった。
バレエ少女達が、咲良と舞花、記者を取り囲み始める。
あっという間に人垣が作られ、もはや二人に近寄ることは出来ない。
私は呆然とそれを眺めるだけだった。
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