第20話 最後の二人
出番間際、三人は控室へと向かった
「じゃあ、私は二人の演技を客席から観させて頂くわね……」
「ご指導は無駄にしません。頑張ります!」
咲良が強い眼差しで宣言をする。
「わっ、私も頑張ります!」
勢い込む私に舞花が優しく微笑む。
「期待してる。でも、練習での実力が出せれば大丈夫だから、まずはリラックスしてね?」
「はい!」
舞花は私達を導いてくれたが、ここからは自力で乗り越えなくてはならない。
出番を待つ者、終えたもの。込み入る部屋を、二人連なって歩いた。
「ここが空いてる! 二人で一緒に使おう。ほら座って……」
「あっ、ありがとう……」
咲良が鏡の前に座り、衣装、メイク道具を取り出すと、私がそれに倣った。
私の衣装はクラシックチュチュで色はピンク。咲良は水色だった。
どちらも飾りの少ないシンプルなものだ。
「おー! 沙羅の衣装いいね! お姫様って感じ!」
「咲良も! 東洋的な感じがする。穂泉さんセンスいいから……」
見立てたのは舞花。
水色のチュチュは、黒髪の咲良によく似合っていた。
ミルクティ色の髪の自分よりも、咲良の方がイメージに近いのかもしれない。
コンクールの動画を、スマホでチェックしながら出番を待つ。
「今度はフロリナ姫だね……うん、なかなか上手い」
「本当に……」
ブルーの衣装を着た少女が、鳥の囀りをイメージした音楽に合わせて踊っている。フロリナ姫は、『眠れる森の美女』の第三幕、結婚式に登場する。
「次は……またオーロラ姫。多いね、やっぱり」
「うん……」
オーロラ姫は特別な役。
華やかな容姿にエレガントな仕草。技術や演技を超えた資質が求められる。
体力的にも厳しく、全幕を通して踊ることは容易ではない。
(……私もいつか……)
コンクールではなく、プロの舞台でこの役を務めたい。
子供の頃からの夢なのだ。
「……あと一人……」
咲良が緊張した面持ちで呟く。
(いけない……今のことに集中しなくちゃ!)
今踊るべきは、ガムザッティなのだ。
一人、また一人。出番を終えた者が部屋を出ていく。
残るは私と咲良だけになった。
「そろそろ行こう……」
「うん……」
連なり歩く私と咲良。
舞台袖に着くと、僅かに残ったダンサーと出番を待った。
刻一刻と自分の時が迫る。
出演者達のダンスを見守りながら、自分がどう踊るかを頭の中で繰り返した。
やがてアナウンスが咲良の名を告げる。
「……じゃあ……」
低く呟き、咲良が舞台へと向かう。
私は固唾を飲んでそれを見守った。
咲良はポーズをとると、音楽と共に、足をエカルテに上げる。
(やった! 完璧!)
私は掌を握りしめる。
最高の踊り出し。
足の高さ、長いキープ、切れの良い動き。
練習以上の出来だ。
咲良だって緊張しているはずだ。
でも、それがダンスを一層ドラマチックにしている。
高いジャンプ。
ルティレの足を床に降ろした時の、ポジションの正確さ。
舞花の教えを守り、自分のものにしている。
(……あ、……今、ポジションが乱れた……)
だが、彼女は怯むことなく踊り続ける。
ガムザッティらしい勢いを大切にしているのだ。
陽光眩い南の地。密林に埋もれた神秘の王国。
西欧人の憧れが生み出した愛の物語。
アティチュードターン。
ワルツへの切り替えもスムーズだ。
衣装がシンプルだからこそ、ポーズの美しさが強調される。
アクセントを付けながら咲良は踊る。
神経を背中にまで巡らせ、後ろ姿で観る者の気持ちを引き付ける。
ガムザッティ。
誇り高く、情熱的なインドの王女。
愛を勝ち取るためには、大胆な決断も辞さない強い女性が表現される。
反面、シェネターン、ピケターンでは上体を優美に使い、女性らしさを表す。
舞花の指導を受け始めた頃、咲良のガムザッティには硬さがあった。
らしさはあったものの、きつい感じが目立っていた。
だが、それは薄まり、代わりに優美さを身に着けていった。
咲良はこの数か月で大きく成長したのだ。
欠点を克服し、長所を伸ばした。
努力家の彼女は、精進を重ね花開いたのだ。
それを目の当たりにして、目の奥がじんと熱くなる。
そして、三連続パ・ドゥ・シャ!
勢いある助走は、続くジャンプへの期待を抱かせるものだった。
「クレッシェンドのようにね」
舞花は言っていた。
だが、咲良のジャンプは初めから高く、それは回を重ねる毎に増していった。
一回。
手を握り締め私は見守る。
二回。
徐々に高くなるジャンプは、高まりゆく心の動き。
ガムザッティの、ダンサーである咲良の、そして観客達の。
三回。
ダンスはクライマックスに達した後、終わった。
勝ち誇ったようにポーズをとると、咲良は舞台袖へと戻って来た。
「すごくよかった! 咲良!」
私は感動に震えながらも、衣装がしわにならないように、そっと咲良にハグをした。
「ありがとう。自分でもよくやったと思う!」
「素敵なガムザッティだった……」
咲良のダンスは素晴らしく、ガムザッティの特徴をよく表していた。
舞台袖に残っていた出場者達が、熱い眼差しを咲良に送っている。
審査員、観客達はどれほど心を動かされただろう。
それほど咲良のガムザッティは完璧だった。
「次は沙羅の番……どんなガムザッティか楽しみにしてる」
「……」
無言まま頷く私。
一瞬。
迷いが心を横切る。
私のガムザッティは、咲良とは全く別のものになる。
自分は自分のダンスを踊る。
そうやって、レッスンを重ねてきた。
でも……。
本当にそれでよいのか。
咲良のガムザッティは役柄を十分に表現していた。
いわば、優等生的なダンスと言っていいだろう。
それに比べて私は……。
だが、この日のために練習をしてきたのだ。
きっと努力は無駄にはならない。
「ありがとう! 咲良に負けないように私も頑張るから!」
「よし!」
咲良が掌を彼女の顔の高さに上げ、私を待っている。
掌でそれに触れると、パチンと小さな音が鳴った。
「……五十番……有宮沙羅……ガムザッティのヴァリアシオン……」
アナウンスが流れ、私は舞台へと向かうのだった。
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