第18話  前夜

 コンクール直前の一週間。

 舞花のレッスンは、週一から一日おきに増えた。

 突然のレッスンを申し出た日から迷いは消え、私は自分のダンスに専念することが出来た。


「ねぇ、沙羅?」


 レッスン後、咲良が私に問いかける。


「何?」


「うん……(いっそう)地味になってない?」


「そう? もともとだから……」


「スピード感がなくなったみたい」


「……」


 どう説明すればいいのだろうか。

 だが、これが私のガムザッティなのだ。

 咲良には咲良のガムザッティがあり、それぞれ違っていいはずだ。

 迷うのはやめよう。

 私は自身に言い聞かせた。


 車両に乗り込み、空席に腰掛ける。

 鞄からプレイヤーを取り出すとき、テディベアと目が合った。


(頑張るからね……)


 金の巻き毛に触れれば、ふわりとした手触りに心が和む。

 会いたい。

 結翔に無性に会いたかった。

 イヤホンを耳に当て、スイッチを入れた。

 ガムザッティのヴァリアシオンの伴奏が流れる。

 この数か月の間、繰り返された旋律だ。

 音楽は体に染みつき、足の動き、指の表情まで、ありありと思い浮かべることが出来る。

 華やかなメロディ、軽快なワルツのリズム。

 臣下と民衆に祝福されるガムザッティを表現する音楽だ。


 “地味になってない?”

 

 咲良の言葉が脳裏をよぎる。


 そう。ターンは一回転だし、ジャンプも咲良ほど高くはない。

 それでもこれが私のガムザッティなのだ。

 ガムザッティは誇り高い王女。

 だが、その矜持を表す方法は一つではないはずだ。

 気性だけではない。美しさもまた、それぞれの形がある。

 私は私のガムザッティを踊るだけ。

 車両は最寄り駅へ到着し、私は帰宅の歩を早めるのだった。

 

 一週間が過ぎ、本番前夜となった。

 チェックリストを手に、鞄に荷物を詰める。

 リラックスをしようと務めるも、頭の芯が冷たく冴えるようだった。


(……そ、そうだ……何か楽しいことを考えよう……)


 だが、気を紛らわせることが出来ない。

 金の子熊テディベアをチラ見する。

 ほのぼのとした顔を見ると、心がチクリと痛んだ。

 明日、結翔は仕事で静岡に行く。

 彼は既にMORIYAの戦力として活動を始めているのだから、私も負けるわけにはいかない。

 そう決意した時だった。


 ――チリリン


 スマホの呼び出し音が鳴る。

 期待に胸を膨らませて、私は送信者を確認する。


 ――結翔。


 心を静め電話に出る。


「今いい?」

 

 遠慮がちな結翔の声が懐かしい。


「うん……大丈夫。仕度はもう終わったの……」


「よかった。でも、長話はできないね?」


「……ごめんなさい……」


「いいんだ……あのさ、白峰コンクールはライブ配信されるって知ってた?」


「えっ!? 初めて聞きました!」


「うん。運営側のサービスらしい。見るのは参加者の家族ぐらいだろうから、閲覧数は二桁止まりだろうって」


 白峰コンクールは小規模でマイナーなバレコンだ。

 それをライブ配信するとは、奇特な人がいるものだ。


「やっぱり知らなかったんだ。俺も舞から知らされた……だから、明日時間を作って沙羅ちゃんの出番を応援する!」


「だ、大丈夫ですか!? お父様の仕事のお手伝いでしょ?」


「へーき! へーき!」


「……結翔さんたら……」

 

 呑気な口調に噴き出してしまった。


「沙羅ちゃんなら大丈夫!」


「はい!……あ、あの……」


「何?」


「……電話ありがとう……」


「うん……」


 優しい心遣いに心がほぐれていく。

 一本の電話がこんなに嬉しいなんて。


「じゃあ、早く休めよ!」


「結翔さんも……お父様のお手伝い頑張って……」


 早く終わらせなくてはと思いながらも、終了ボタンを押すことが躊躇われる。

 どちらが先に切るのか。

 明日はコンクール。早く休まなくては。

 なのにスマホを手放すことが出来ない。

 就寝の挨拶を済ませたのは、日付の変わる間際のことだった。

 




 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る