第12話  春のホットチョコレート

 春休み。

 私はファミレス、ポムポムで結翔と一緒に勉強をした。

 毎日が楽しみで、宿題を前に落ち込んでいたことが嘘のよう。

 課題の集中力も徐々に上がり、休暇の日々は終わろうとしていた。

 

 四月。

 私は、クリーニングに出した制服をチェックする。

 仕上がりは上々で、しわもない。

 新学期から私は二年生になる。

 この家に戻ると同時に、高校に入学してから一年が経っていた。


 春休みの勉強会は今日が最後となる。

 私はポムポムへ行き、結翔を待った。

 勉強が滞りなく終わると、恒例のお喋りが始まる。


「本調子になるには、まだ時間がかかるかもしれないけど、沙羅ちゃんのお父さんも、沙羅ちゃんの頑張りをきっと認めてくれる……」


「……そうでしょうか……?」


 結翔は楽観的過ぎないだろうか。

 父の険しい顔が思い浮かぶ。

 私の反抗的な態度が、彼を意固地させてしまったのだ。

 謝りたいものの、実績が出せないままでは躊躇われる。

 結果が伴わない謝罪は、不実な気がするから。


「……前に言ったろ? 結果が全てじゃないって……」 


 心を見透かすような結翔の言葉。


 結翔は、引きこもった過去のせいで、否定される状況に置かれている。

 人は結果だけではなく、努力する姿勢を見るのだと、彼はいつも言っていた。


「沙羅ちゃんは凄く頑張った……お父さんも沙羅ちゃんと和解したいと思ってるんじゃないかな?」


「……あ、……それ……」


 私と同じ気持ち。

 意地を張り合っているのだ。

 でも、私は父が納得できる結果を出したい。

 

「やっぱり親子だな、似てる……」


「えっ? やだ! そんな!」


 父親に似ていると言われ、気まずいのは何故だろう。


「これからも勉強には付き合う。毎日とはいかないけど……気が早いけど、夏休みも……」


「……ありがとう……」


 新学期と共に、結翔と会える日が減ってしまう。

 少し寂しいけれど、いつまでも頼り続けるわけにはいかない。

 学んだことは自分で活かさなくては。


「……あ、結翔さん……渡す物が……」


 私は鞄からリボンのかかった包みを取り出す。


「これを……」


「プレゼント? なんだろう。楽しみだ!」


 その場で包みを開ける結翔を、私はどきどきしながら見守った。


「ありがとう! スマホケースだ!」


 結翔の顔がぱっと明るくなった。

 手渡したのは、手帳型の黒いスマホケースで、隅に彼のイニシャルが入っている。


「……入学祝いです……」


 舞花と共にプレゼントを渡したが、私からも何か贈りたかった。

 結翔の合格の知らせを聞き、私は彼へのプレゼントを探し始めた。

 考えた末に選んだのがスマホケースだった。


「……大切に使うから……」


「……よかった……」


 嬉しそうな結翔の表情に、心がほっこりする。

 一緒にお祝いが出来る相手がいるって素敵なこと。


「大学生になったら、勉強にアルバイト……大変ですね……」


 結翔の場合、単なるバイトではない。

 アシスタント的な仕事とは言え、事業継承のスタートとなるのだ。


「沙羅ちゃんも……バレエや勉強を一生懸命やるのはいいけど、無理すんなよ……どっちも体が資本!」


「大丈夫です! 子供の頃から心がけてますから!」


「凄いなぁ……沙羅ちゃんはその頃からプロ意識があったんだ……」


「そ、そんな……あはは……」


 私は思わず口ごもる。

 果たして、プロ意識と言えるのだろうか。

 ただバレエが好きで、万全の状態で踊りたかった。

 それだけだったのに。

 

「沙羅ちゃんも二年生に進級するんだな……」


「そうです。クラス替えがないから、紬ちゃんと同じクラスなの……」


「……麗奈もだ。彼女、ちょっと勘違いが多いけど、悪い子じゃない……面倒見はいいんだ……」


「……はい……」


 確かに。

 クラスで浮いた私を、世話してくれたのは麗奈だった。

 スペイン語を教えると、申し出てくれたこともあった。

 どうして、あれほど彼女を煙たがってしまったのだろう。

 結翔と話すうちに、わだかまりが消えていくのがわかった。


「麗奈も俺の幼馴染なんだ……松坂専務の娘ってことだけじゃない……俺は、俺の周りの人が仲良くしてくれると嬉しい……」


 なんとも結翔らしい考えだ。

 紬とのこともあって、麗奈を敬遠してしまったが、これからは歩み寄ってみよう。


「……あ、そろそろ出なきゃ……最後にもう一杯。何がいい?」


「ホットチョコレート!」


「了解! ちょっと待って……取ってくる!」


 冬に私を温めてくれた甘いチョコレート。

 季節は初夏へと向かう春の名残り。

 

「はい……熱いから気をつけて……」


 結翔からカップを手渡される。


「ありがとう……」


 まったりと甘い液体が喉を通り抜けていく。

 こうして、春の勉強会は幕を閉じたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る