第28話  巡礼者たち

 六月のコンクールで『ガムザッティ』を踊る。

 成り行きできまったものの、冷静になると焦りが生れてきた。

 なにせ、私はコンクールに出場した経験も、ガムザッティを踊ったこともない。

 これまでは、おっとりとした役につくことが多かった。

 私に比べると、咲良はガムザッティのように、はっきりとした踊りが合っていると思う。

 咲良は私に対し、相変わらずよそよそしい態度をとり続けている。

 そんな彼女が、私を通じて舞花の指導を受けるというチャンスを獲得したのだ。

 半ば強引な気迫に圧倒されながらも、彼女を見習わなければと思う。

 もし、来栖の真意を伝えれば、咲良はどれほど喜ぶだろう。

 でも……それは、彼女自身の目で確かめるべきだ。

 帰国した来栖のダンスを見れば、きっと理解するだろう。

 私は心に蓋をして、沈黙を保つことにした。


 一方、結翔の試験が終わった。

 結果はまだだが、早速スペイン語のレッスンを再開しようと言ってきた。

 心苦しく思いながらも、私はそれを受け入れた。

 結翔がどう行動しようと、結果は変わらない。

 彼はベストを尽くしたのだから、後は待つだけなのだ。


 春間近とはいえ、空中庭園は肌寒い。 

 レッスンは一階の客間でおこなわれることになった。

 客間は、私達の住む【右側】と、結翔が以前住んでいた【左側】の中間地点にある。

 ようやく結翔との時間が過ごせると思っていた。

 思っていたが……。


「すみませぇ〜ん……お邪魔させてもらいます……」


 結翔は、見覚えのある三人組を引き連れてやって来た。


「……ごめん……沙羅ちゃん……この人達もスペイン語のレッスンが必要なんだ……初歩だけ手引する……買い物ができる程度に仕上げる……」


「それはかまいません……私にお手伝いできることがあったら言ってください……」


 昨年末のクリスマスに出会った三人組だった。

 ひょろりと背の高い竹下悟。

 中肉中背、やや角張った顔に、厚底レンズの眼鏡をかけた飯島康太。

 三人の中では比較的見栄えのよい坂上洋一。

 自分も結翔から学んできたのだから、何かしら役に立てるはずだ。

 とはいえ、余りにも突然のことに唖然となる。

 果たして何が起こったというのか。


「実は……この三人も、サンティアゴ巡礼に行くことになったんだ……」


「え!? 何ですって!?」


 驚かずにはいられない。

 だって、彼らは社会人で、結翔のように四十日間も休暇を取るなど、不可能に思えるから。

 仕事はどうするつもりなのか。

 まさか退職などしないだろうか。

 答えの出せない疑問が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。


「……あのさ……俺は780キロ歩いたけど、100キロ以上歩けば、巡礼と認められるんだ……だから、交通機関を利用すれば、出国から帰国まで二週間あれば可能なんだ……」


 そうだった。

 徒歩ならば100キロ歩けば巡礼と認められるのだ。


「だから、土日、祝日を使えば、9日間の休暇で達成できる……」


 でも、社会人になると休暇が取りづらいと聞いたことがある。

 MORIYAはどうなのだろう。


「……休暇がとれるかどうか……打診をしたら、“退職してから行け”って言われちゃって……」


 厚い眼鏡をかけた彼は飯島だ


「……ところが、どういうわけか、巡礼の話を聞きつけた松坂専務が……“まぁ、いいじゃないか……仕事とプライベートにメリハリが付けば、意欲も増すだろう……帰国したら、報酬目的ではなく働き、残業も苦にならなくなるはずだ”って後押ししてくれたんですよ……」


 えっと……?

 報酬を目的としない残業?

 それはサービス残業と呼ばれるもので、ブラック企業の得意技ではないか。

 有給休暇は労働者の正当な権利で、それをサービス残業で相殺するなんて、理に適っているのか。

 松坂と会ったのは一度きりだが、こんなに世知辛いことをする人物には見えなかった記憶がある。

 私が首を傾げるも、三人は巡礼の旅に出られるとはしゃいでいる。

 取引の正当性はともかく、彼らが嬉しそうなので、ひと先ずは良しとすることにした。


「いやぁ〜……結翔のSNSを見て、俺達も巡礼にとりつかれたんですよ! 高校生の彼が出来たことなら、自分達にもって……」


 巡礼に憧れると三人は口にする。

 彼等の言葉に嘘はないだろう。

 だが、それが本当に旅立つ理由なのか。


 クリスマスの夜、結翔の父親の会社は危機的な状況にあると舞花は言った。

 そして、私もまたパーティーで、僅かながらその兆候を感じ取ったのだった。

 あの日、結翔を取り囲んだ仄かな光たち。

 彼らは輝く星の瞬きに導かれたのではないか。

 暗い夜道を照らず、新星リーダーに。

 彼らは結翔に希望を見出し、賭けたのだ。


 私は、来栖と舞花の姿を思い浮かべる。

 彼女達は私の憧れで、行く道を照らす星だ。

 バレエの道は険しく、先の見えない不安が絶えない。

 そんな私に希望を与え、導いてくれるプリマ達。

 私は目を閉じ、そっと胸に手をあて心に誓う。

 

 ――自分もいつか光になるのだと。


 旅に出るのは、ここにいる三人だけではない。

 私も結翔も、全ての人が、人生という巡礼の道を歩むのだ。

 



 

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