第21話  プリマの甘やかし2

 舞花に振り回されながらも、買い物は無事に終わった。

 納得できる品が手に入り、気分がいい。

 これを背負い結翔は新生活を始めるのだ。

 気が早いのは分かりながらも心が弾む。


「よかった! いいお買い物が出来た……沙羅ちゃんのおかげよ! 今度は沙羅ちゃんのお洋服ね……この近くにいいお店があるんだけど?」


「えっと……こ、この近くですか?」


 この通りには高級店が軒を連ねる。

 私の小遣いで買えるような品を置いた店はないはずだ。


「大丈夫……招待状があるから……これがあれば、嘘みたいに安くなるわ……」


 舞花はバッグから白い封筒を出すと、手でひらひらとさせた。


「えっ……えっと……あはは……」


 ふみゅー!

 汗が、冷や汗が出てきた。


 店は大通りを一本入った場所にあり、私は舞花に続き店に足を踏み入れた。

 舞花はバッグに白い封筒を入れたまま。

 招待状を見せることなく丁重に迎え入れられる。

 所謂、顔パス。舞花はここの上得意なのだ。 

 絨毯の敷かれた床に、服を吊るしたラックがゆったりと置かれていた。

 客達は店内を散歩するように、お気に入りの一着を選ぶのだ。

 適度に流行を取り入れながらも、オーソドックスなデザイン。

 「こういうのが欲しかったの」と感じさせるセンス。

 カジュアルに見えながら、さりげなく漂う高級感。

 今まで私が立ち寄ることさえなかった類の店だ。

 ハンガーにかけられた服を舞花が吟味し、私はそれを眺めるだけだった。


「……ね、……沙羅ちゃん、こういうのどう?」


 舞花がショート丈のコートを手にした。

 

「あ、あの……」


 戸惑う私。

 こういう店は正札が見えないものだ。

 値段を知らぬまま買い物など私にはできない。

 高級店なら尚更だ。


「ね? ……羽織ってみない?」


「は、……はい……羽織るだけなら……」


 恐る恐る手を通せば、薄手の生地がすっと体に馴染む。


「そちらに鏡がございますので、ぜひ……」


 笑顔の店員に勧められ、姿見の前に立つ。


(……わっ……も、もしかして……?)


 似合う。

 色はベージュで、ガーリッシュなシルエット。

 それでいて甘すぎず、活動的な印象だ。

 やや透け感のある素材は、春先には重宝するだろう。

 履いているプリーツスカートにもよく合っている。

 クローゼットの服を脳内でリストアップする。

 どれに組み合わせてもよさそうで、使い勝手抜群の一着だ。


 で、でも……。

 値段。問題は値段だ。

 そう。買えないものは買えない。

 この状況で、お金の話は恥ずかしいが、それを聞いてから判断しよう。

 

 私がまごまごとしていると、


「ご招待券をお持ちのお客様には、特別価格で提供いたします……」


 耳元でそっと店員が囁く。


 え?

 そんな値段なの?

 それなら買える。

 もしかしたら、もう一着くらい……。

 だが、他は高価かもしれない。

 今日はこれ一枚で満足しようと私は心に決めた。


 でも……。


「よく似合うわぁ……ねぇ、もう一着どう? こんなに安くしてくれるのは珍しいのよ? 今度はボトムス……上着がガーリーだから、ボックススカートなんかよさそう……」


 ボックススカート。

 私は結翔の受験が終わったら、遠出をしようと約束したことを思い出す。

 これを着て結翔と出かける。

 想像しただけで気持ちが浮き立つようだ。


 でも……。

 だめ。

 今日は一着だけにするの。


 私の決意も虚しく、舞花はいそいそとネイビーのスカートを持ってきた。

 買ったばかりのジャケットにあつらえたようなデザインだ。

 

「……ね? 試すだけでも?」


「あ、あの……試着するだけでしたら……あはは……」


 断り切れずにフィッティングルームへ。

 適度な張りが心地よく、履きやすく、動きやすい。

 心ときめかせ、カーテンを開ける私。


「似合う! コートにぴったり!」


「よくお似合いです……」


 声を揃える舞花と店員。

 押し切られるままに清算をすると、二着購入しても手持ちの額で足り、レジの前でほっと安堵する。

 舞花と買い物に行くならと、母が少し多めに資金を渡してくれたおかけだった。


 「嘘みたいに安くなる」という言葉は嘘のような本当だった。


 その後、舞花は自分用にと、服を次々手にする。


「ここの年齢層ターゲットは幅広いの……親娘で買いに来る人もいるくらい……同じ服を着ても年齢によって違って見えるから……大人びたり、逆に少女みたいに見えたり……」


 凄い。

 まさに魔法の服。

 舞花は自分にとって、少し年の離れた姉という存在だが、私の買った服を彼女が着てもマッチしそうだ。


「この綿コットンのセーターを二枚……一枚は沙羅ちゃんにプレゼント……お揃いにしましょ?」


「そ、そんな……」


 人に服を買ってもらうなど、おいそれとはできない。


「……そうしましょ?……結翔のお祝いを一緒に選んでくれたお礼よ?……それに、沙羅ちゃんとお揃いにしたいの……」


「……あ、そ、その……」


「ね?……お・ね・が・い☆」


 舞花が両手の指を組み、上目使いで私を見た。

 これほど可愛くお願いされては断り切れない。

 こうして、衣類の山を手に、私と舞花は車へ乗り込むのだった。

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