第14話 ラ・バヤデール2
第二幕
ソロルとガムザッティの婚約式。
金銀宝玉、趣向を凝らした調度品が運び込まれる。
綾織のケープを纏った巨大な象が現れ、民衆は度肝を抜かれる。
宴席を盛り上げるは、エキゾチックな装いの踊り子達。
そして、何よりも人目を引くは
(……えっと……この仏像……は?)
相山だ。
全身を金色に塗った仏像に扮するは、現在同席している相山だった。
反射的に、後部に座した彼を振り返る私と咲良。
だが、視線を直ぐに目の前の画面へと戻す。
彼に気を取られ、貴重な映像を見逃すわけにはいかないのだ。
やがて豪奢な輿に乗った高貴な女性が現れる。
今日の主役、ガムザッティだ。
そつなく王女をエスコートするは婚約者ソロル。
美貌の王女に貴族の戦士。
一幅の絵のような二人に、羨望の眼差が注がれる。
煌びやかな宮殿、名も知らぬ異国の珍味、喉を唸らせる極上の美酒。
悩まし気な踊り子の流し目に浮き立つ男達。
華やかな楽の音、大小の太鼓が刻むリズムに乗って、繰り広げられるは生命力溢れるダンス。
誰もこの晴れの日に疑いを持つ者はいない。
神の加護の下、若い二人は幸せになり、自分の身にも何か良いことが起こると民衆達は信じ込む。
熱狂的な興奮の中、人々は圧倒され、祝い、酒に溺れる。
ラ・バヤデールの婚約式の場面では、『扇の踊り』『壺の踊り』など、小道具を操る個性豊かなダンスが有名だ。
極彩色のセットに衣装、南国情緒溢れるダンスは、観客達を魅了する。
ラ・バヤデールは古代インドを舞台とするが、インドをそのまま表現したわけではなく、西欧人の東方への憧れを元に作られたものだ。
それ故、見る者に幻想的なイメージを抱かせる。
中でも最大の見せ場は、相山踊る『
その名の通り仏像が踊る。
時折、カニのように横歩きをしたり、カクカクした動きが滑稽だが、ダイナミックな
高い跳躍。
ふわりと軽いジャンプではなく、大地を蹴り、重力を振り切る力強さが感じられるものだ。
片足の膝を曲げ、もう片足を伸ばしているので、より高く宙に浮いているように見える。
相山のダンスは、神秘のエネルギーそのものだった。
ブライズメイドの踊り。
可憐な少女達のアンサンブルだ。
この後、いよいよガムザッティとソロルのグラン・パ・ド・ドゥが始まる。
何一つ見逃すまいと、身を乗り出し、食い入るように私は画面に集中する。
ブライズメイド達が道を譲ると、ガムザッティとソロルが中央に歩み出る。
――ガムザッティとソロルのパ・ド・ドゥ。
互いに競い合うように、ジャンプをしながらの登場。
グランジュテ、アラベスク、アチチュードでのポーズ。
クラッシックバレエ特有のテクニックが披露される、見せ場に欠くことのない、パ・ド・ドゥだ。
王女ガムザッティの優美さを強調するアダージョでは、高貴な生まれ故の気品を表現しなくてはならない。
気が強く、プライドの高い美貌のガムザッティは、来栖の得意とする役柄だろう。
パートナーに手を取られ、アラベスクでプロムナード。
プロムナードは、移動せずにポーズを取ったままくるりと一周する動きのこと。
回ることにより、観客達は様々な角度から、美しいポーズを堪能出来るのだ。
私もまた、来栖の美しい姿にうっとりと見惚れる。
―― 一瞬
冷たい空気が二人の間に流れた。
ガムザッティは感じている。
ソロルの迷いを。
そして何かを決意している。
私は、この後起こる悲劇に心がひやりと冷たくなった。
来栖はこういった心の描写が巧みだ。
表面的ではなく、深い部分で役を理解し、表現をする。
これは彼女ならではの才能で、誰も真似ることはできない。
――ソロルのヴァリアシオン。
スケールが大きなジャンプが続く。
ソロルは勇猛果敢な戦士であり、貴族でもある。
このヴァリアシオンは技術だけで踊れるものではない。
戦士としての力強さと、貴族的な品格の両方を求められる。
アチチュードをしたまま、空中で回転をしたときには、私は思わず拍手をしてしまった。
そして……。
――ガムザッティのヴァリアシオン。
典型的なクラッシックのヴァリアシオン。
ジャンプや回転などの目立つステップが多いため、コンクールの
だが、演技的な要素がほとんどなく、ステップのみでガムザッティを表現しなくてはならない。
舞台でこれを踊るのは大変なことなのだ。
それぞれのヴァリアシオンの後、コーダでは超絶技巧が舞台を盛り上げる。
王の娘と貴族の戦士。
宴はますます盛り上がり、最高潮に達した時だ。
不穏な音楽が急を告げる。
――ニキヤの登場。
彼女は、神に舞踏を捧げるために現れたのだ。
悲哀に満ちた旋律がニキヤの心情を語る。
しなやかだが、重さのある動き。
繰り返されるのは、手を合わせ神に祈るポーズ。
恋人と他の女性の幸福を祈らなくてはならない。
悲しみながらも、ニキヤは神殿舞姫としての役割を務めようとする。
冷ややかな眼差しを向けるガムザッティと、無関心を装うソロル。
何故、自分が二人の為に踊らなくてはならないのか。
挫けそうなニキヤに、老女から花籠が手渡される。
「あちらの殿方からです」
老女が指さす先にはソロルがいた。
ソロルは自分に気をかけてくれていた。
僅かな希望に励まされるニキヤ。
花を愛しむように踊る彼女に、籠に仕掛けられた蛇が噛みついた。
それは猛毒を持つ毒蛇だった。
死の恐怖に怯えて助けを求めるも、解毒剤を持つ者はいない。
ソロルを目で追えば、ガムザッティの冷たい眼差しに合う。
死を目前に、ニキヤは全てを悟った。
花籠の蛇は
ガムザッティを指さし糾弾するが、王女を咎める者はいない。
誰かがニキヤに薬の小瓶を差し出した。
「これを飲めば助かる」
耳元で囁くは大僧正。
安堵するも束の間、ニキヤに躊躇いが生れる。
これを飲むことは、大僧正の愛を受け入れることになるのだから。
ソロルは婚約したばかりの女性と共に、ニキヤに背を向け去って行った。
望まない求愛に、恋人の裏切り。
卑しい踊り子であろうと、守るべきものがある。
自分の選べる道は一つだけ。
ニキヤは小瓶を落とし、拾うことはなかった。
そして、そのまま息絶えてしまうのだった。
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