第4話  星は輝く4ー邂逅ー

 結翔。


 彼が現れると空気が変わる。

 オーラのような光が、周囲を照らす。

 でも、それは目を凝らし、耳を澄ませて、感じ取る類のもので、周囲を圧倒する眩さはない。


(……え?……)

 

 私は違和感を覚える。

 誰も結翔と目を合わそうとしない。

 明らかに彼が現れたことに気づいているはずだ。

 麗奈を取り巻くイケメン達は、結翔の存在をチラ見で確認するも、何事もなかったかのように再び麗奈に笑顔を振りまいた。


(……何故……?)


 彼はこの家の一人息子で、会長の後継者でもある。

 結翔はそれを誇示するような人間ではないが、普通、もっと気を配るものではないか。


 その時、きらきらとした光が私の目の前に現れ、通り過ぎていった。

 まるで細かい金色の流砂が風に乗り、浮かんでは流れていくように。

 そして、それは結翔に向かい、彼を取り囲んだ後、風采の上がらない三人の男に姿を変えた。

 少し前に見た野暮ったい若者達だった。


(え!? やだ!!……今の何!?)


 慌てて目をこする私。

 幻覚を見たのか。

 今日は疲れている。

 そうなのだ。

 忙しかったから疲れて、目の錯覚を起こしたのだ。

 私の混乱を他所に、男の一人が結翔に声をかける。


「よお、結翔! 勉強はどうだ? 激励にクリスマスプレゼントを持ってきた! 勉学に励むんだぞ!」


 彼は、この場にそぐわない学生のような口調で、ごそごそと鞄から紙袋を取り出した。


「あ、俺も!」


「俺も!」


 一人はやはり鞄から、もう一人は、なんとポケットから何かを取り出した。


「ありがとうございます!」


 結翔の顔がぱっと輝き、三人がうんうんと頷いた。

 唖然とその有様を眺めていると、結翔と目が合う。


「沙羅ちゃん! 遅れてごめん、紬が一緒だと思ったんだ……」


 結翔を見つけておきながら、声をかけずにいたことが、なんとなく気まずい。


「……う、うん、……でも、十五分くらいしかたってないから……到着してから……」


 そうなのだ。

 たったの十五分しか経っていない。

 それなのに、私はどれほど心細い思いをしたことか。


「そう? ……ならよかった!」


 結翔がくしゃりと笑う。


「こら! お前邪魔だ! この娘が怖がって、結翔のそばに寄れないじゃないか!」


「なんだと! お前こそ!」


 冴えないズが小競り合いを始めた。

 空気を読むということを知らないのだろうかと、あきれながらも、青年達に好感を持たずにはいられない。

 気取らず、飾らない親しみやすさ。

 親密で温かな雰囲気。

 そして、爽やかな風のような清々しさ。

 ぱっと見では分からない何かが彼等にはあった。


「あ、……あの……結翔さん? 何を頂いたの?」


 この場を取り繕うため、そして、結翔が受け取ったプレゼントに興味を持った私は、彼に問いかける。


「……うーん……あ、名前入りのUSB、……これは珈琲……眠気覚まし? 徹夜で勉強しろって?……えっと、それから………これは……何!?」


 結翔がプレゼントを心から喜んでいる。

 そんな彼を見ていると、私まで嬉しくなる。


 彼らは自己紹介を始める。


 ひょろりと背の高い男性は竹下悟たけしたさとる

 中肉中背、やや角ばった顔に、厚底レンズの眼鏡をかけた飯島康太いいじまこうた

 三人の中では比較的見栄えのよい坂上洋一さかがみよういち


(……でも……この人たちは誰? 社会人みたいだけど……)


 結翔にこんな友人がいるとは聞いたことがない。


「俺たちはね、SNSで結翔を知ったんです……サンティアゴ巡礼の様子をアップしたのを見て、彼に興味を持ちました!」


 納得する私。

 今時、SNSを通して知り合いを作ることなど、珍しくもないから。

 ……だが……。

 話はそれでは終わらなかった。

 三人はにやにやとしながら、顔を見合わせる。


「……それと……結翔の武勇伝を聞いて……」


「……武勇伝?」


 彼らの態度は親密さがあり、言葉は好意に満ちていた。

 だが……素直に喜んでいてはいけない気がする。


「……そ、そんな! 誤解ですよ!」


 慌てて訂正を試みる結翔。

 やはり何か問題が起きているのだ。


「……結翔さん……?」


 結翔をジト目で見るも、彼は目を反らして素知らぬ顔。


「えっと……沙羅さん?……でしたっけ? 俺達はMORIYAの社員なんです……武勇伝というのはね、結翔が松坂専務とやり合ったって話!」


「……ゆ、結翔さん!?」


 坂上の口調はさりげないが、内容はとんでもないものだった。

 松坂とはうまくやっていきたい。

 結翔は常々言っていたのに、何があったというのか。


「誤解ですよぉ〜……いたって友好的な昼餐会でした……妙な尾ひれがついて話が広まってしまっただけで……」


 わかってしまった。

 会場の誰もが結翔を見て見ぬふりをした理由。

 

 でも、……。 

 結翔は会長の一人息子だ。

 そんな根拠のない噂を鵜呑みにするなんて酷すぎる。


「……ま、ね……俺は引きこもって、留年、挙句、自分探しの旅に出た……元々評判の悪かったところに、MORIYAに多大な貢献をしている松坂さんの気分を害したんだ……腫物……いや、通り越してれ者だ……」

 

「……そんな……」


 事情は分からないが、結翔は何か松坂の気に障ることを言い、それが無責任に吹聴されてしまったようだ。


 そんな結翔にシンパシーを感じる三人は、不謹慎な存在のはずなのに、何故か憎めない。

 彼らは結翔より年上の社会人で、結翔を弟分のように扱っている。

 それなのに、結翔に敬意を持っていることが、言葉にせずとも伝わってくるから。

 この三人は、決して結翔に悪い影響を与えない。

 きっと力になってくれる。

 そんな確信のようなものがあり、私は少しだけ安心することができた。


「じゃ、俺達はここで……ガラじゃないんだ、こういう場所は……」


 そう言って、三人は早々に立ち去って行き、残されるは私と結翔。


「……あ、メリークリスマス……」


 今日は少し早いクリスマス。

 心配事は忘れて楽しもう。

 結翔なら、無責任な噂など払拭出来るはずだ。

 私は彼を信じていればいい。


「メリークリスマス! ちょと、早いけど……あの……明日からまた、受験勉強しなきゃだから、本当のクリスマスには会えないんだ……」


 残念そうに結翔が呟く。


「でも、正月には会いたい……沙羅ちゃんのご両親にも、新年の挨拶に行きたいし……」


「ぜひ! 両親も喜びます!……あの……私もおせち料理作るんです……母の手伝いですけど……」


「そっか……楽しみだ!」


 結翔と一緒に新年を迎えられるなんて、年末は頑張って準備をしなくてはと思う。


「……でもね……その後は、試験が終わるまで会えない……」

 

 そう、結翔は受験生。

 今夜こうして会う為に、彼は相当無理をしているのだ。


「頑張ってください……」


 合格して欲しい。

 それまでは辛抱も必要だ。

 結翔と目が合い、私は笑顔を浮かべる。

 彼を少しでも励ましたかった。


 その時だ、遠慮がちなか細い声が私を呼んだ。


「……あ、あの……沙羅さん?……沙羅さんとお話したいって人が……」


 紬だ。

 誰だろう。私に会いたいだなんて。この場に私を知る人などいないはずだ。

 だか、それよりも気になるのは、びくびくとした紬の態度だ。


「えっと……誰? 私に会いたい人? 別に構わないけど?」


 ここは懇親の為の集いなのだから、私と話をしたいという要望があれば、それにこたえるべきだろう。


「紬、その人のことはいいから、適当にあしらって!」


 結翔があからさまに迷惑そうな顔をする。

 彼がこんな態度をとるなんて、余程のことだ。

 その人と会うことが私の為にならないというのだろうか。


「……で、でも……」


 紬がもじもじと戸惑っている。

 断ることに迷いがあるようで、きっと悪い人ではないのだろう。

 では何故?


「……有宮沙羅さん?」


 背後から、柔らかく、それでいて凛と通る声。

 振り返ると、一人の女性が立っていた。


 細身のすらりとした姿で、身長は私と同じくらい。

 ゆるやかな巻き髪。白い紗の生地に、薔薇をあしらったミモレ丈のワンピース。

 深紅の花が似合う女性ひとだった。

 整った顔立ちに、少女のような微笑み。

 不思議な魅力の持ち主だ。

 私は彼女に見覚えがあった。直接会ったことはないが、知っているのだ。

 誰だっただろうかと思いめぐらすも、心当たりがない。

 でも、一つだけ言えることがある。

 

 ――彼女はダンサーだ。


 彼女は頬を紅潮させ、潤んだ瞳で私を見ている。

 初対面の相手に対する態度にしては、やや不自然といえる。

 これが私に合わせることに結翔が躊躇う理由だろうか。


「……結翔ったら、……沙羅さんを紹介してって、あれほど頼んだのに……」


「だって、マイはしつこいから! 沙羅ちゃんが迷惑する……紬の時だって……」


 困惑気味に結翔が不満を口にする。


「……えっと……」


(マイ?……マイ……舞……舞花!)


 頭に浮かんだのは、覚えある、あまりにも有名な名前。

 私が憧れ続けたあの人物。


「しょうがないわね……結翔が紹介してくれないなら自分でする……沙羅さん。はじめまして……でも、私は貴女を知っている……見たの……貴女のジゼル……私の名前は穂泉舞花ほずみまいか……」


 穂泉舞花。

 彼女は、楡咲バレエ団のプリマバレリーナ、穂泉舞花だった。  


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