第3話  星は輝く3ー不釣り合いな客ー

(……どうしよう……) 


 知らない人の中に一人取り残されるのは、心細いし、居心地が悪い。

 結翔はすぐ来ると言っていたが、それはいつなのだろうか。

 だが、私の不安は甲高い声にかき消される。


「有宮さん!」


 数人の男性の輪から私を呼ぶ声。

 声の主は、輪を押しのけるように私に近づいてきた。


「有宮さんも来ていたのね!」


「松坂さん!」


 松坂麗奈。私のクラスメイトだ。

 麗奈はワイン色のワンピースを着ていた。

 この際、贅沢は言っていられない。

 たとえ、麗奈であろうと誰かにそばにいて欲しいと思う。

 

「メリークリスマス!……素敵な服………でも、季節外れじゃない? 明るすぎるというか、……軽いというか……選ばれた人が集まるパーティーなのに……でも、貴女らしくていい! 今年流行りのビタミンカラーだし! 流行を取り入れるなんて流石ね! 自分なりに努力をするって、立派なことだと思う!」 


「……あ、ありがとう……あはは……」


 なんだろう?

 褒められてもあまり嬉しくない。


 麗奈は振り返ると、少し前まで話をしていた男性達を私に紹介し始める。


「私の同級生の有宮沙羅さん。趣味でバレエを習っているの!」


「は、初めまして……松坂さんのクラスメイトの有宮です……」


 おずおずと下げた頭を上げ、青年達を見る。

 彼らは仕立ての良いスーツを着て、見た目も悪くなかった。

 立ち振る舞いも洗練されていて、優れているのが容姿だけではないことが、そこはかとなくわかる。


(……でも、……なぜそんな人達が松坂さんを取り囲むの……?)


 これは嫉妬ではなく、純粋で素朴な疑問だ。


 ―― 一瞬


 目の前のイケメン達の顔が強張り、すぐに満面の笑みに変わった。

 それはもう、見事なくらいに分かりやすく。

 彼らは私の背後を凝視している。

 恐る恐る振り返ると、活力溢れる壮年の男性が立っていた。


「お父様!」


 素早く彼に麗奈が走り寄る。


(お父様?……松坂さんの?……ということは……)


 松坂。

 専務の松坂だ。

 結翔の父親の経営する会社で、多くの支持者を持つ人物だ。

 赤みがかかった髪、がっしりとした体格、精力的な顔立ち。

 惜しみなく働き、MORIYAの派閥問題の解消に力を尽くす実力者。


「麗奈、……お前の周りにいるのは、MORIYAの有望な若手社員だ……話し相手になってあげなさい……」


 松坂の言葉にイケメン達はにこやかに頷き、そのままの笑顔を麗奈へとスライドさせた。

 麗奈は調子に乗ることもなく、“お話なら聞いて差し上げます”というスタンスを取り続けていた。


「麗奈?……そちらのお嬢さんは?」


「は、初めまして……」


 やや気圧され気味に挨拶をする。


「私の同級生の有宮沙羅さん。それと、結翔さんの大家さんだった人!」


「そうでしたか……結翔君がお世話になりましたね……」


 迫力の割に親しみ深い笑顔。

 

「麗奈の同級生だそうですね。あそこは良妻賢母を育てることで知られる素晴らしい学校です。この娘の母親も幼稚園から大学まで学びました……麗奈も大学まで通わせるつもりです……沙羅さんとは長いお付き合いになります……よろしくお願いします」


(……えっと……大学??)


 大学。

 今まで考えたことさえなかった。

 自分は高校を卒業したら留学をし、バレエ団に入団するつもりだった。

 だから、大学進学のことは考えてさえいなかったのだ。

 行くか行かないか、それすらも。

 

「大学在学中は、趣味のバレエも続けられるじゃない? 卒業したら、就職や結婚で難しくなるけど!」


(……な、なんなの!? ピントが外れているのに決めつけたような言い方!)


 苛立ちながらも、私は作り笑いを浮かべ続ける。

 この場の空気を壊すわけにはいかない。


「じゃあ、有宮さん! お話は後で聞くから! まだ、ゆっくりしていくんでしょ?」


 有難い社交辞令を私に投げつけ、麗奈は再びイケメン達に囲まれていった。


(……な、なんかもう……!)


 気持ちを持て余したまま、テーブルに並んだデザートに目をやる。


(甘いものを補給しよう……)


 気持ちを上げるには、それが手っ取り早そうだ。

 赤いシャーベットの乗った皿を選び、スプーンで口に含むと、冷たい甘酸っぱさが口に広がる。


(美味しい! 苺味!)


 不快な気分が、氷菓と共に解けていく。


(……ふふっ! 気分を直そう……だって、もうすぐ結翔さんに会えるんだもの……)


 不機嫌な表情かおを彼に見せたくはない。

 気持ちを回復するためには、何かもうひと皿必要だろう。

 エメラルド色のゼリーの入った、小さなボウルを手にする。


(ふっ、ふみゅー! これも美味しい! マスカット!)


 瑞々しい甘さに気分は爽快だ。


 白いクロスの上には色とりどりの菓子に、ゼリー、アイスクリーム。

 どれを手にしても後悔はなさそうだ。


 ……でも……

 バレエ教師の言葉を思い出す。

 “お正月を楽しむのはいいですけど、ほどほどにね!”

 冬休み前に言われたばかりだ。

 ご馳走を食べる機会が、この場だけならいい。

 だが、この時期は、本番のクリスマスや正月が控えている。

 どうしても食べ過ぎてしまうから、一度に食べる量を、その都度調整しなくてならない。

 

(……サンドイッチとサラダを少しだけ……後はお茶にしよう……)


 周囲を見渡した時、ある三人連れが目に入った。

 さっきのイケメン達とは、打って変わった冴えない容貌。

 かろうじてスーツを着てはいるものの、あまりこだわりのない品に見える。

 髪も不快でない程度の自然なままで、なんともぱっとしない。

 だが、……。

 なんとなく感じがいいのだ。

 無造作な有様が微笑ましく、好感が持てる。

 それに、彼らの周りにだけ、仄かな明かりが灯っているように見えた。


(……それにしても……)


 なんとこの場に不釣り合いな青年達だろう。


 その時だ。

 扉が開き、私が待つ人がやって来た。



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