第27話  発表会当日ージゼル第一幕2ー

 角笛の音がする。

 それは徐々に近づいてきて、やがて立派な身なりの従者たちが列を作って現れ、その後、貴人達が現れる。

 涼しい木陰と、冷たい水を求めてやって来た公爵の一行だ。

 一行の中には、ひときわ美しい女性がいる。

 公爵令嬢バチルダ。

 アルブレヒトの婚約者だ。


 公爵一行は、ジゼルの家の戸口に立ち、女主人を待つ。

 ジゼルの母親は、ささやかながら、心尽くしのもてなしをする。

 ジゼルは母の手伝いをしながらも、バチルダの装いが気になって仕方がない。

 そっと、ドレスの裾に手を添え、バチルダに気づかれる。


 たじろぎ、恐れるジゼル。

 だが、バチルダは気を悪くすることも無く、鷹揚にジゼルに手招きをする。

 ジゼルの初々しい可憐さに心打たれたバチルダが尋ねる。


 “あなたは恋をしているの?”

 “はい”

 

 恥じらいながら答えるジゼル。


 ジゼルの純粋さを、すっかり気に入ってしまったバチルダは、ジゼルに首飾りを贈る。


 やがて、公爵一行は去り、入れ替わるように仲間達が戻って来た。

 彼らは、タンバリンを打ち鳴らしながら、賑やかに踊っている。

 そして、ジゼルの家の前に立つと、ジゼルを呼び出した。


 ジゼルは収穫の女王に選ばれたのだ。

 “踊ってよ! ジゼル!” 仲間たちが声を揃えて言う。

 母親は良い顔をしないが、ジゼルが可愛らしくお願いをすると、“しかたないわね、今日は特別よ”と、聞き入れた。


 ―― ジゼルのヴァリアシオン


 私は、舞台を回るように移動をし、定位置に着くと、スカートの裾を軽くつまんでプレパラシオン。


 アラベスク。上に伸びた後、パンシェ。

 ステップを踏みながら移動し、アチチュード・ターン。

 喜びにあふれるジゼルを私は表現する。

 禁じられていたダンスを、ようやく許されたのだ。

 しかも、恋人アルブレヒトが私を見ている。


 アチチュード・ターンをした後、腰を落として挨拶。

 感謝を込めて。

 楽しい仲間達。優しい母親。そして、愛する人と思いが通じ合ったことに。


 ―― バロネ。

 軸足で立ったまま、もう片方の足をルティレから曲げ伸ばしする。

 その姿勢で移動していくのだ。

 難しい動きだが、楽しそうに見せなくてはならない。

 手は柔らかく優しく、笑顔を浮かべながら。


 拍手が起こる。

 ここは、一幕の見せ場の一つだ。

 最後はピケターン。

 音楽に乗って舞台を一周すれば、再び拍手に包まれる。

 

 宴たけなわとなる中、ジゼルとアルブレヒトが手を取り合う。

 ジゼルは幸せの絶頂にいた。


 その時だ。


 陽気な音楽が突如緊張感を孕んだものに変わる。


 ――ヒラリオンの登場。


 彼は、剣と角笛を二人の前に突き出し、アルブレヒトを問い詰める。

 ヒラリオンが角笛を吹くと、公爵の一行が戻って来た。

 体裁を取り繕うために、アルブレヒトはバチルダの手に接吻をする。


 即座に、二人の間にジゼルは飛び込むが、バチルダの手には指輪があった。


 私は倒れこむと、瞬時に結った髪を解き、再び顔を上げる。

 錯乱したジゼルを演じるために。


 髪を振り乱し、ジゼルは踊る。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 あんなに幸せだったのに。

 これは夢に違いない。


 二人で踊って、花占いをしたのに。


 切り裂くようなヴァイオリンは、壊れたジゼルの心

 ジゼルはアルブレヒトとすれ違うが、彼を見ようとはしない。

 彼は、ジゼルの知るアルブレヒトではないのだから。

 彼が彼女の視界に入ることはない。


 これは現実ではない。

 全て夢なのだ。


 いいえ……。

 夢ではない。


 だって……。


 ……指先がこんなに冷たい。

 冷気が爪から、肘、肩、体の芯へと走る。

 

 高まる鼓動が、ジゼルの時を刻む。

 命が終わる最後の瞬間に向かって。

 

 恐怖に駆られたジゼルは、逃げ惑い、仲間たちに助けを求める。

 走り回るジゼルを、ヒラリオンが抱き留め、慰める。

 彼は両手を広げ、“ほら! 皆君の心配をしているんだ! それに誰よりも君を愛している人があそこにいる!”

 指さす方を見ると、優しい母親が腕を広げて待っている。


 私は走った。


 だが、


(……どうしよう……息が苦しい……体が冷たくて凍えそう……)

 

 視界が狭くなり、頭がぐらぐらする。

 足が重くふらつき、力が入らない。

 貧血だろうか。

 踊り切らなくてはいけないのに。


 力を振り絞り母親役のダンサーに駆け寄ると、目の前が真っ暗になった。










 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る