第26話  発表会当日ージゼル第一幕1ー

 『ジゼル』全幕。

 発表会は十二月第一週の日曜日、開幕は午後二時。

 出演者は十一時に集まり、まずは基礎レッスンをする。

 これは決して欠かすことができないのだ。


 レッスンが済むと各々身支度、メイクを済ませ本番を待つ。

 私はジゼルの衣装を身に着ける。

 ひざ下丈の青いスカートにエプロン、パフスリーブのブラウスとコルセット。

 他の村娘も同じだけれど、スカートがオレンジ色だ。


 本番が待ちきれず、私は一足先に舞台へと向かう。

 セットは既に組み立てられていて、自然豊かな農村そのままの世界が広がっていた。


(……こんな舞台で踊れるなんて!)


 ぐるりと見渡せば、言葉に出来ない感動が胸に押し寄せる。

 次いで、鈴音、光里が到着し、その有様に感嘆の声を上げた。


「……す、っごい!」


「ねー! 絶対に頑張ろうね!」


 三人で手を取り合うと、来栖が姿を現した。


「……みんな! 今日までよく頑張った! あとは実力を発揮するだけ! 自信を持って踊るのよ!」


「はい!」


 一斉に返事をする生徒達。


 開幕五分前の鐘の音。

 観客たちは既に席に着き、開演を待っている。

 オーケストラボックスに指揮者が現れ、拍手が起こった。


 前奏曲……そして、幕が上がる。


 私は、ジゼルの家の陰で自分の出番を待っていた。

 今、扉をノックしようとするアルブレヒトを、彼の従者がいさめているところだ。


(……もうすぐ……もうすぐ……)


 どきどきと高鳴る心臓の音。


 そして……音楽がノックのリズムを刻む。


(出番だ!)


 私は、辺りを窺いながら扉を開く。

 愛しい人アルブレヒトに会える期待に胸を膨らませながら。


 ぱちぱちと拍手が起こる。

 物語が始まったのだ。

 拍手に背を押されるように、私は玄関を飛び出していく。


 あの人が会いに来てくれた。

 今日は素敵な一日になる。

 何をして過ごそうか?


 そうだ!

 ダンスをしよう。

 母は私が踊ると叱るけど、見つからないように踊ればいい。

 それに、見つかったとしても、謝ればきっと許してくれる。

 母は私に甘く、最後は私の願いを聞いてくれるのだから。


 ……でも……

 誰もいない……。

 気のせいだったの?

 ノックではなく、風の音だったの?


 すごすごと家に戻るジゼル。

 突如、アルブレヒトが現れ、ばったりと向かい合う。


 アルブレヒトは貴族の青年。

 村人の姿に身をやつしても、そこはかとなく気品が漂う。

 アルブレヒト役は杉田によく合っていた。


(……練習の時より、ずっと素敵……)


 一瞬見とれるが、


(……いけない!……集中しなきゃ!)

 

 気を引き締める私。


 あれ程会いたかったアルブレヒトなのに、ジゼルは戸惑い、恥じらう。

 家に戻ろうとするジゼルを、アルブレヒトが引き留める。

 ベンチに座るジゼル。

 アルブレヒトは隣に座ろうとするが、広げたスカートのために場所がない。

 あのね……スカート少し寄せてくれないかな?

 ジゼルは恥じらいながら、スカートを自分の方へと手繰り寄せる。

 ジゼルの愛らしさに感極まったアルブレヒトは、衝動のまま愛を誓おうとする。

 ジゼルはそれを止め、花占いをもちかける。


 花びらを散らし二人の未来を占うも、結果は思わしくなく気落ちするジゼル。


 アルブレヒトがこっそり細工をすれば結果は吉と出た。


 ジゼルの不安は消え去り、アルブレヒトと踊り始める。


 ……が……。


 突如、二人の前にヒラリオンが現れ、アルブレヒトを糾弾する。


(凄い迫力! 練習なんて比べ物にならない……これがプロの実力なんだ)


 私が逃げ回り、相山が食い下がる。

 最後は杉田に遮られ、相山は去って行った。


 相山演じるヒラリオンは、アルブレヒトへの不信感を体中で表現している。

 ヒラリオンの激情こそが、狂乱の場への鍵となるのだ。

 舞台は力を合わせて作るものなのだと、プロの演技に思い知らされる。


 邪魔者が去り、これで楽しく過ごせると喜ぶジゼルのもとへ、葡萄園に向かう若者達がやって来た。

 

 仲間と踊るジゼル。

 村娘の中に鈴音がいる。

 彼女は目立つ存在だった。

 同じように踊っているはずなのに、いつの間にか目で追ってしまう。

 来栖に、“あざとい”と言われたものの、やはり鈴音は魅力あるダンサーなのだ。


 アルブレヒトを誘うと、初めは躊躇っていたが、次第に踊りに興じていく。


 私と杉田は舞台の両端に位置すると、二人を繋ぐかのように、村娘達が並んで列を作る。


 いよいよ、アントルシャ・トロワ、グリッサード!


 村娘たちが踊りながらジゼルを見守っている。

 舞台の対岸にいる杉田が遥か彼方にいるように思えた。

 私は気力を振り絞り、ステップを踏む。


 アントルシャ・トロワ。

 空中では爪先を伸ばし、着地のク・ドゥ・ピエは正確に。

 シャッセをしながらターン。

 再び、アントルシャ・トロワ。

 それを繰り返す。


 ぱちぱちと手を打つ音。


 客席から拍手が起こった!


 拍手に勇気づけられ、私はアントルシャを繰り返す。


 二回、

 三回……


 ラスト!


 杉田に辿り着くと、彼が私の腕を取る。

 その手は温かく、“沙羅ちゃん、よく頑張ったね!”と励ましてくれているよう。

 杉田と腕を組むと、二人は共に跳躍をしながら、再び舞台を横切る。

 彼のサポートを受け、私は難なく連続のジャンプが出来た。

 なんて力強いパートナーだろう。


 踊りながら、ジゼル苦しそうに胸を押さえる。


 つい、浮かれ過ぎてしまった。

 やはり母の言う通り、私は心臓が悪いのだ。

 どんなに楽しくても、脆弱な体に現実を思い知らされる。


 優しく気遣うアルブレヒト。

 踊りを辞めるべきだろうか。

 いいえ! 今、この時のためならばどうなってもいい!


 ジゼルは笑顔を作り、踊り続ける。


 村娘の列の両端に、ジゼルとアルブレヒトが付き、円を描くように踊る。

 やがて、心が高揚した恋人達は互いに包容し合う。


 その時だ。

 ジゼルの家の扉が開き、人の良さそうな夫人が、小走りに駆け寄ってくる。ジゼルの母親だ。

 ジゼルは、仲間の陰に隠れようとするが、とうとう捕まえられてしまう。


 “こんなところで何をしていたんだい?”

 “あ……の……友達とおしゃべりをしていたの”


 いたずらを見つけられた子供の様に、ジゼルは愛らしく答える。

 

 “こんなに汗をかいて……”


 ジゼルの額を布で拭う母親。


 “平気よ! だって、こんなに元気なんだもの!”

 

 母親は首を振りながら、ジゼルの胸に耳をあて、渋い顔をする。


 そして語るのだ。

 ウィリの話を。


 婚礼前に亡くなった娘たちは、ウィリとなって夜の森をさまようのだ。

 と。


 ジゼルは暗い森を浮かべ、身震いをする。

 母の忠告は功を奏し、ジゼルは母に手を引かれ、家へと戻っていった。

 

 村の仲間たちは葡萄狩りへと出かけ、一人アルブレヒトが残される。

 暫くの間、名残惜し気にジゼルの家を眺めていたが、聞き覚えのある角笛の音を耳にする。

 慌ててその場を立ち去るアルブレヒト。


 誰もいなくなった頃、ヒラリオンが忍びよる。

 彼がアルブレヒトの家を家探しすると、角笛と、豪華な衣装、見事な細工の施された剣が見つかる。


 “やはり! 奴は自分達を欺いていたのだ!”


 確信を得たヒラリオンは立ち去って行った。



 

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