第25話  発表会前日

 翌朝、私は発表会のチケットを鞄に入れ学校へと向かう。


 紬と絵美に渡すためだ。


 チケットを手に紬は大喜びだった。


「ありがとうございます! 沙羅さん主役なんて凄いですね! 私、バレエ大好きなんです! 楽しみです!」


「ありがとう。私、頑張る!」


 紬が観てくれると思うと、やる気が湧いて来る。


 絵美は、チケットと一緒に渡したチラシを交互に見ていた。


「……有名よね……楡咲バレエ学校って……発表会なのに、毎年話題になる……それに……来栖夕舞が指導なの……?……凄い……あの人、海外でも認められているのよね……ジゼル……ロマンチックバレエの代表作……初演はフランス……作曲はアダン……振り付けはジャン・コラーリとジュール・ペロー……踊り分けが難しいって聞く……入ったばかりの貴女が主役だなんて大変ね…………………………………………ありがとう……」


 と言って、特に関心もなさそうに、でも、丁寧にチケットを鞄にしまった。


「……あ、あの……私……頑張る……」


 絵美に観られるのは何故か緊張する。


 急に紬の顔色が変わり、振り返ると麗奈がいた。

 麗奈は興味深そうに私達を見た後、こちらへとやって来た。


「ふぅ〜ん。発表会……ね……私、バレエに興味があるの。かなり詳しいわよ?……有宮さんが主役を踊るなら、観てあげてもいい!」


「……あ、……あの……松坂さんが満足できるレベルじゃないかも……」


 自分を卑下するのは嫌だけど、麗奈の分は用意していない。

 先生に頼めば、予備を分けてくれるだろうけど、その……チケットの有無の問題じゃない。

 その……空気……気まずい……紬もいるし……。


「ねぇ、いつなの?」


 麗奈がぐいと詰め寄って来る。


「あ……の……来週の土曜日……」


 知られてしまった。

 彼女のチケットを用意しなくてはならないのだろうか。


 が……。


「……あ〜、ごめんなさいねぇ〜! 私、その日は母とボリショイバレエを観に行く約束なの! 知り合いにバレエ界の大物がいて、本当はこういう手段は使いたくないのに、是非、貰ってくれって、断り切れなくて! 誘ってくれたのに、観に行ってあげられなくて、本当にごめんなさい!」


 と、それはそれは、申し訳なさそうに詫びた。

 私は、「誘ってません」と、突っ込みたいところをぐっと堪え、


「そ、そうなの……残念ね……あはは……」


 とだけ言った。


「ボリショイバレエはいいわよ! ロシアバレエは世界最高峰だもの!」


 何が好みかは人に寄るのだけれど、最高峰と言い切る麗奈は凄いと思う。


「有宮さんも、たまにはプロの舞台を見た方がいい! 絶対勉強になるから!」


「そ、そうする……あはは……」


 「ごめんなさいね」と、麗奈は何度も頭を下げつつ去って行った。


 残されるは私と紬と絵美。


「……よかったですね、沙羅さん……」


「うん……」


 二人はいつしか手を取り合っていた。


「ねぇ、紬ちゃん、絵美……発表会が終わったら、一緒に食事しない? 私の家族と……」


 これは母からの提案。

 私のクラスメイト達と食事をする良い機会と考えたようだ。

 紬も絵美も快く引き受けてくれた。


 木曜日と金曜日に稽古場で、土曜日に本番会場でリハーサルが行われた。

 後は、明日の当日を待つばかりだ。


 その夜、祖父母から連絡があった。

 発表会のため上京し、良い機会だからと、【左側】に三日ほど滞在すると言う。

 

「大変!……【左側】は、しばらく使っていないから、掃除をしないと……それから……」


 母は忙しそうだが、私は数日でも祖父母と過ごせるのが嬉しい。

 久しぶりなのだから、ゆっくりと話をしたい。


 城山バレエ教室の友達からもメールがあった。

 彼女達は、私が主役を演じることを喜んでくれた。

 離れていても、私のために上京してくれることが嬉しい。

 公演後すぐに帰るため、話す時間がないのが残念だけれど、いつか改めて機会を作りたいと思う。


「沙羅ちゃん……今日は、早く休みなさい……」


「はぁ〜い! 準備も終わったから、今から休むところ」


 私はベッドに入り、目を閉じる。

 明日はいよいよ発表会なのだ。

 出来る限りの練習はしたのだから、今すべきことは十分な休息をとることなのだ。


(……明日は結翔さんも来る……)


 彼に自分が本格的に踊る姿を見せるのは初めてだった。


(……喜んでくれるかしら……)


 微睡の中結翔が浮かび、私は静かに眠りに沈んでいった。

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