第21話  合流

 十一月の第三週の月曜日。


 楡咲バレエ団のソリスト陣が練習に加わった。


 主な配役が発表される。


 アルブレヒト:杉田晴哉

 ヒラリオン:相山健司

 ペザント・パ・ド・ドゥの男性パート:山崎巧


 彼等は、緊張した面持ちで迎える私達に、「よろしくお願いします」と、挨拶をしてくれた。


 そして、ジゼル、アルブレヒト、ヒラリオンが揃う、冒頭のシーンの練習が始まった。


「じゃあ、沙羅ちゃん……改めてよろしく!」


「……よ、よろしくお願いします!」


 私の顔は緊張でカチコチに強張っていたに違いない。


 杉田は気さくな青年で、初めて会ったような気がしない。

 なぜこんな風に感じるのだろう。


「沙羅……見覚えあるでしょ? そう、彼は貴女の見た舞台で、ペザント・パ・ド・ドゥを踊っていたの」


「あ、……そうだったんですね! 覚えています。素晴らしいダンスでした!」


「ありがとう……がんばろうね!」


 杉田が笑顔を見せた。


「今日は群舞を交えないで、三人だけのパート練習をします……まずは、アルブレヒトが扉をノックする場面から……」


 来栖の掛け声とともにレッスンが始まる。


 ジゼルの家の扉をノックするアルブレヒト。

 期待に胸を膨らませて、扉を開けるもアルブレヒトはいない。

 がっかりして部屋に入ろうとすると、アルブレヒトが現れ、戸惑うジゼル。

 恥じらいつつ家に戻ろうとする彼女を、アルブレヒトが引き留め、二人は踊り始める。


 ――ヒラリオンの登場。


 彼はジゼルに訴える。

 

 「この男は怪しい! 信用してはいけない!」

 

 畳みかける旋律は攻撃的で、争う男達そのものだ。

 

(……すごい……本当に喧嘩しているみたい……)


 この場面は、舞台や映像で何度も見たことがあるが、こんな風に目の当たりにするのは初めてだった。


 セットも照明もない稽古場。

 練習着のままで、メイクもしていないのに圧倒されそうになる。

 二人の気迫に足がすくみ、ヒラリオンが立ち去った後、アルブレヒト役の杉田に駆け寄ることができなかった。


「おい! お前の顔が怖いせいだ! 女子高生脅すな!」


 と、杉田が相山に抗議をすると、


「なんだと! お前が沙羅ちゃんにべたべたするからだ!」


 相山が切り返す。


 そんな!

 二人がリアルに言い争いを始めた。


「こんなに可愛い沙羅ちゃんを怖がらせて……かわいそうに……後で僕とお茶しよう……」


 杉田が私の手を取ると、

 

「あ、こら! 沙羅ちゃん! こいつ団に彼女いるんだぜ! リアル・アルブレヒトだ! こんな不実な奴より、俺! ヒラリオンは誠実な男だ! 稼ぎもあるし!」


 相山が小道具のきじを私に突き出し、杉田と張り合う。


「こら、二人とも! 女子高生相手に漫才しないの!」


 来栖が止めに入る。


 私はあっけにとられていたが、可笑しくなって、くすくすと笑う。


(…あ、……気持ちがほぐれた?……)


「やっといつもの沙羅に戻った……」


 ほっとしたような来栖。


(え、……と……もしかして……?)


 気を遣われている。

 私が緊張しないように、わざと滑稽に振る舞っているのだ。

 なんだか申し訳ない。


「沙羅……気後れするのは分かる……でも、負けないで……彼らも新人なの……舞台にはそれほど慣れてはいない……」


 来栖が青年たちに目をやると、二人がうんうんと頷いた。


「はい! 頑張ります!」


 申し訳ないと思うのは止めよう。


 “甘えてもいいんだよ”


 結翔は言った。

 頼れるものは頼って、自分にできることをしよう。

 力を合わせていい舞台を作るのだ。


 ヒラリオンが立ち去った後、ジゼルとアルブレヒトが踊り始める。


 ジゼルのソロ・パート


 “バロネ”

 ルティレをした膝を伸ばしながら、軸足でジャンプ。

 

 ステップを踏みながら、軸足で踏み切り、もう片方の足を進行方向へ蹴り上げるバットマン

 そのまま空中で左右の足を入れ替えながら、更にバットマン。


 “バランセ”

 左右に体重を移動しながら、ワルツを踊り、最後に上に伸びて回転ターン


 方向を変えて同じことをもう一度。


 ア・ラ・スゴンド(横)に上げた脚を、腕と一緒に前へ下ろす。

 左右で同じことを一度ずつ。


 ジャンプは軽やかに、手足の動きは柔らかく。

 ジゼルは病弱だけど明るい娘。

 しかも恋をしていて、幸せの絶頂にいる。

 そんな素朴な村娘なのだ。


 フルートと弦楽器ストリングの音が交差し、ジゼルの明るさと優しさを表現する。


 再びジゼルとアルブレヒトが一緒に踊る。

 

 杉田が私を上へとリフトし、斜めに傾けた体を支えサポートする。


 踊りやすい! 

 組むのは初めてなのに。

 彼のサポートは巧みだった。


 やがて二人は腕を組んで、ジャンプをしながら舞台を横切っていく。


 踊り過ぎたジゼルは、顔をゆがめて胸を押さえる。

 彼女は心臓が弱いのだ。


「はい! まずはここまで!」


 来栖は音楽を止めると、私に問いかけた。


「……どう? 沙羅。杉田君は……」


「あ、……あの……凄く踊りやすいです!」


「そう、よかった……杉田君は?」


「僕も! 沙羅ちゃんは勘がいいから、リフトがしやすいです……ねぇ、沙羅ちゃん、入団したら僕と踊ろう!」


 笑顔の杉田が私の手を取ると、


「あ、また! こいつ、団の女に“君としか踊らない”ってこの前言ってたクセに! 騙されちゃだめだよ、沙羅ちゃん!」


 相山が反論をする。

 絶妙な掛け合いに私は再び笑う。


 でも……この二人、どこか似ている。

 役を演じている時は、貴族と村の青年に分かれるものの、二人とも爽やかイケメンで、どっちがアルブレヒトになっても不自然ではない。


「沙羅?……気が付いたようね……どちらも、楡咲のホープよ……いずれ主役を務める人材なの……それほどバレエ学校は、この発表会に力を入れてるってこと……」


 どきり。

 来栖の言葉に、再び緊張が高まり、胸を押さえるジゼルの気持ちが痛い程分かった。


「遠慮はいらない……彼らを踏み台だと思いなさい……貴女に与えられたチャンスなのよ!」


 チャンス。

 私はこの発表会で成果を上げ、認められ成長する。

 その後に何が待っているのか。


「……よ、よろしくお願いします!」


 期待を胸に頭を下げれば、「がんばろうね」と、杉田と相山。


 こうして、合同レッスンの初日は無事に終わったのだった。


 



 


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