第19話  クールな姫君

 音楽と同時に来栖が踊り始めた。


(……これは……?)


 素早くルティレ。

 ク・ドゥ・ピエから爪先を軸足に沿わせて、膝の位置まで引き上げる。


(……私の習った振り付けと違う……)


 私の踊りは、脚を90度に曲げて後ろに上げるアチチュードから始まる。

 少女達にとっては、こちらの方が一般的で、発表会やコンクールでしばしば踊られる。


 来栖はルティレを繰り返し、その合間に左右の足でク・ドゥ・ピエを刻む。


 細やかなステップ。繊細で、それでいて個性的なアクセント。

 十六歳でありながらも王族の風格を漂わせ、気高くクールな姫君。

 それが来栖のオーロラ姫だった。


 この振付には、アチチュードのように目立つ動きがない。

 だからこそ難しい。下手をすれば地味で味気ない踊りになってしまうのだから。


 全ての動きに独自のセンスが盛り込まれ、風雅なニュアンスが匂い立つ。

 来栖の姿を心に焼き付けようと、私はただ凝視するばかり。

 夢のような時間は瞬く間に終わった。 


「……どう?……満足した?」


 額の汗を拭いながら来栖が私に尋ねる。


「……あ……あの……」


 脚が震える。

 言葉が出ない。

 来栖のオーロラ姫は完璧だった


「……この振付を見るのは初めて? ……これは英国風……貴女のはロシア風ね? 解釈がそれぞれ異なる……貴女のオーロラ姫は、眠りに就く前の少女の面影を残したもの……私の振りは一幕とは踊り分ける。一幕では十六歳の王女、三幕では成熟した女性として振る舞うの……」


 確かにその通りだ。

 私のヴァリアシオンは、十六歳の若々しさを、来栖は王族の気品を強調しているのだ。


「……どちらが良いとは言えない……ダンサーの個性や、演出家の解釈によって変わるから……ま、私はそれで痛い目を見たけど……」


 来栖が苦笑し肩をすくめる。


 「彼女は苦労人なの……」


 私は牧嶋の言葉を思い出した。


「沙羅、……前に、つまらない踊りなんて言って悪かった……上達してる……サマースクールで成長したのね……それに主役に選ばれてからも、短期間でたくさんの事を吸収した……性格が素直だから覚えも早い……」


「そ、そんな……」


 突然褒められ、嬉しいけど、なんだか居心地が悪くなる。


「本当よ……でもね、貴女には経験が足りない……色々な振付家や、ダンサーに触れる必要がある……」


(確かに……)


 同じオーロラ姫でも、踊り手と解釈によってこんなに違うなんて、知らなかった。

 自分の勉強不足を思い知らされる。


「モナコのサマースクールに参加したと聞いたけど、長期留学する気はないの?」


「……そ、それが……父に反対されているんです……」


 私は、一時期モチベが下がったことを理由に、父に反対されていることを簡単に話した。


「……そんなことがあったのね……そうね……留学ともなれば、ご両親も慎重になる……認めさせるだけの何かが必要ね……」


 来栖はしばらく下を向いて考えた後、ぱっと顔を上げた。


「沙羅、コンクールに挑戦しましょう!」


「えっ!? コンクール!?」


 突然の提案に私は狼狽える。 


「……で、でも……まだ、発表会も終わっていないのに……」


「何を言ってるの! いろいろな事を同時進行できなければ、ダンサーを職業には出来ない……今できることをしながら、将来のことも考えて動かなくては……」


 【コンクール】

 挫折し、一度は諦めたコンクール。

 それに再び挑めと言うのか。


「ご両親に認めさせるには、貴女の実力を判断する物差しが必要です。コンクールで入賞すれば、お父様も考えを変えてくれるかもしれない……入賞して、奨学金(スカラシップ)を獲得しましょう!」


「……スカラシップ……」


「そう、スカラシップ! ……貴女に留学をさせる価値があるという証明になります……」

 

 コンクール。

 スカラシップ。


 想定外の選択肢だ。


「楡咲の指導陣は、生徒達を入賞させてきた実績がある……私も先生方の指導を受けて入賞しました……留学後も力になってくれる……せっかく楡咲ここに来たのだから、存分に利用しなさい」


「で、でも……」


「高校卒業の時期に照準を合わせましょう」


 卒業は二年以上先のことだ。

 だが、ひとたび目標を定めれば、月日は瞬く間に過ぎていくだろう。


 来栖は私に新しい道を示したのだった。

 


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