第44話 バレエレッスン2
「……ゆっ、結翔さん!?」
私はひどく驚いた。
結翔はバレエを習いに来たのだろうか?
彼はシャツとジャージという姿だった。
「ど、どうしたんですか!?」
「……いや、その……牧嶋さんに頼まれて……」
「牧嶋さんが!? どうして!?」
「それがさ……今日、男の子が見学に来るんだ。小学生の……それで、男の生徒もいた方が安心するだろうって……バイト代が出るんだ……」
「……結翔さんは、このスタジオに入会するつもりなんですか?」
「まさか……」
「じゃぁ、来週はもういないですよね? 男の子を騙すみたいじゃないですか……」
こういうのって、『さくら』って言うのだろうか。
「……断り切れなかったんだ……チケット制だからたまたま会えないってことにすれば問題ないよね……?」
「……」
結翔がいることで男の子がバレエを始める決断をするのはいいだろう。
大歓迎だし、牧嶋も喜ぶ。
何よりも、勇気づけられた男の子が好きなことを始めるのは絶対にいい。
結翔の性格からいえば、断り切れないのは理解できる。
でも、腹立たしさは収まらず、何か言ってやりたい気持ちになる。
そこへ牧嶋がやってきた。
「結翔、来てたのね!」
牧嶋の言葉に結翔は言葉もなく頷く。
やがて、生徒が集まって来る。今日はレッスンに慣れた人ばかりだ。
そして……。
男の子登場!
躊躇いがちにスタジオに入って来て、女の人ばかりでたじろいでいたけど、結翔の姿を見て安心したように見える。
牧嶋の狙いは当見事に当たった。
目がくりっとした十歳くらい子で、背筋も足も伸びていて、体のバランスがよい。未来の王子様になれるかもしれない。この子もジャージを履いている。
ついバレエ目線で品定めしてしまうのは、職業病みたいなものだ。
「さぁ、バーレッスンから始めますよ! 体験レッスンの君はそこの綺麗なお姉さんの後ろについてね」
綺麗なお姉さんなんて言われると照れてしまう。
でも、私はこの子のお手本になるのだから責任は重大だ。
音楽と共にレッスンが開始され、牧嶋は男の子の横に立つ。
「……まず左手でバーを掴んで。軽く……しがみついちゃダメ。右手は肘を軽く曲げて下から上げて……アン・ナ・ヴァン(前)からア・ラ・スゴンド(横)に……それからアン・オー(上)に……」
牧嶋が男の子の横に立ち
「踵をつけて、爪先は横に開いて……膝を伸ばして立つの……」
これが足の第一ポジション。
「……プリエ。膝を曲げることよ」
膝と爪先は同じ方向へ。
「踵を床に付けたまま膝を曲げて。これが、ドゥミ・プリエ。膝を伸ばしたら、もう一度。……今度は、踵を上げて。でも腰は完全には下げない……」
これがグラン・プリエ。
男の子も結翔も、牧嶋の言葉を一生懸命に守ろうとしている。
勘も悪くない。
「ルルベ!」
踵を上げて爪先で立つこと。
五番ポジションの時は、両足の隙間がないようにする。客席から見ると、一直線に見えるように。
「バーから手を放して……両腕を楕円形にして上に上げて、体より少し前に……目線は肘と手首の間くらいに……」
バランスをとってポーズ。
バーレッスンが終わって、センターへ。
バーレッスンと同じことを、バーの無い状態でするのがセンターレッスン。
それから回転の練習。
まずはシェネ。
軸足を左右に移して、回転しながら進行方向に進んでいく。
シェネは“鎖”という意味で、鎖のようにターンが繰り返される。
男の子が目を回している。
顔が常に進行方向を向いていないと目を回してしまうのだ。
でも、ジャンプは楽しそうに飛び跳ねているから、足が強いようだ。
(いい感じ! このままバレエを好きになって欲しい)
最後は、練習したステップやジャンプを組み合わせて踊る『グラン・ワルツ』というときに、音響機材から、“ガガガガッ” という物凄い音。
「ちょっと待ってね。故障だったら困るわぁ〜」
そう言って、牧嶋が機材の方へ行った。
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