第42話 angeの改装2ー三日月ー
外は天気がよい。
微風が街路樹の枝を揺らす。
高級店のプレッシャーから解放された私は、すっと深呼吸をした。
その後、少し歩いて小さなインテリアショップに入る。
住宅街にある小さな店だ。
「あれと似たのを探す」
結翔が先を歩き、私がそれに続いた。
陳列棚が間隔を置かず並ぶ店内は、まるで迷路のようだ。
しかも、棚の上には、隙間なく商品が並んでいる。
(……思ったよりも大変な仕事になりそう……)
店内を見渡すと、気が遠くなりそうになる。
だが、品よく整えられた高級店よりも、不思議と居心地は良かった。
(これだけ品数があれば、きっと良いものが見つかる……)
期待に胸が弾む。
……それにしても……照明器具売り場は何処にあるのだろうか?
どこに何があるのかが分からず、店内は正にカオス状態だ。
ようやく目当ての売り場に辿り着き、電球やら照明器具の山を、結翔はガサガサと手当たり次第に物色し始めた。
私もいくつか手に取って見たが、どれがどれなのか分からずじまいだった。
――ガシャン!!
「わっ! ……わわっ!!」
盛大な音と共に、足元にあった箱に躓きバランスを崩すと、
「大丈夫!? 沙羅ちゃん!」
素早く結翔に支えらえる。
腕に抱きかかえられて、ほっと安堵するのも束の間、
「……だ、大丈夫です!!」
慌てて結翔の腕を振り払う。
「そ……か……。怪我はない?」
「はい……」
「よかった……。足元気を付けて……」
せっかく助けてもらったのに失礼だったかしら?
だが、結翔は気にする様子もなく作業を再開した。
落ち着いた頃、足元に散乱した商品が目に入る。
躓いた箱がひっくり返り、中身が飛び出したのだ。
店員がやってきて片付ける気配はなく、自分でやるより仕方がなさそうだ。
(……忙しいのに……仕事が増えちゃった……)
散らばった物を元の場所に収め始める。
面倒だが、かえって気楽だ。
店員に手間をかけるのは申し訳ない。
ふと……。
手にしたものに目をやる。
―― ペンダントライト。
これには何やら見覚えがあった。
「……結翔さん……これ……?」
作業に励む結翔に、おずおずとライトを差し出す。
「沙羅ちゃん!!」
「……えっ!?」
突然の大声に、びくっとする。
「沙羅ちゃん、お手柄だよ! これ、さっきのに似てるだろ? シャンパングラス型!」
私が手にしていたのは、乳白色のペンダントライトだった。
私は手にしたそれを、まじまじと見つめる。
「ええ! 私には同じに見えます!」
「値段も手頃だ!」
結翔が満足そうに頷いた後、店内を見回すと、
「ここはいろいろとありそうだ……」
と言った。
私と結翔は店内を回り、目当ての品を再び探す。
「カーテンも変えるつもりなんだ」
「……カーテンですか?」
私は、必死で記憶をたどり、angeの店内にかけられたカーテンを思い出そうとする。
(……確か……白……でも、特に問題はなかったと思う……)
だが、結翔は一つ一つ見ては、考え込んでいる。
「どうしたんですか?」
「……うん……部屋にかけた時のイメージをしているんだ……」
結翔は念入りに吟味を続けた後、
「よし、これにしよう!」
モスグリーンのカーテンを手にした。
大荷物を抱え、angeに到着した時、夜の七時を過ぎていた。
店を出た後、近くの雑貨屋で店内に飾る置物等を買ったためだ。
既に、辺りは暗く店内に入ると結翔は明かりを点けた。
カウンターに吊り下げられたペンダントライトに目をやる。
ガラス製の球体の照明だ。
こんな遅い時間に来たことはないので、このライトが点いているのを私が見るのは初めてだった。
煌々と輝く明りが眩しい気もするが、結翔が言うほどだろうか?
だが、結翔の見立てが楽しみでもある。
再び店内を見渡す。
壁にはアイボリーのクロスが貼られ、カーテンは記憶通り白だった。
カーテンにも問題がなさそうだが、結翔にはきっと何か考えがあるのだろう。
「今日はありがとう……荷物運びまでさせちゃったね……」
「いえ……お手伝いできることがあって良かったです!」
「そう言ってくれると助かるよ……あ、あとは俺一人でやるから……今夜は送るから……」
「それじゃ結翔さんの帰りが遅くなります。私も手伝います!」
「ダメ! こんな遅くに引き留められないよ!」
結翔は申し出を辞退したが、私がそれを押し切る。
手伝っておきながら、ここで引くわけにはいかないのだ。
「しょうがないなぁ……。じゃあ、沙羅ちゃんはカーテンの付け替えをやってくれるかな?」
「はい!」
困る結翔に、張り切る私。
手伝いたいという気持ちに嘘はないが、完成された部屋を誰よりも早く見たい気持ちもあった。
「……ったく!! こんな夜遅くに沙羅ちゃん連れ出して、……今度こそ、俺、追い出されちまうよ! ……しくしく……」
わざとらしい擬音が滑稽で笑ってしまったけど、本人は真剣に悩んでいるみたい。
可笑しくて笑いが止まらないけど、父にはきちんと説明しなくてはと思う。
作業を始めて二時間ほどが経ち、終わりの目途が経ってきた頃……。
「これこれ!」
店の奥から結翔が段ボールに入った荷物を持ってくる。
「……何ですか?」
「家にあったのを送らせたんだ」
包みを開くと、額に入った油絵が現れた。
「綺麗な絵! ……それに……暖かそうな色……」
「ありがとう……昔知人から買ったものなんだ。大丈夫、高価な物じゃないから……」
それは暖色系の淡い色彩で描かれた花の絵だった。
「さあ、これで完成だ!」
結翔の言葉に、私は店内を見渡す。
乳白色の照明が目に優しい。
以前のような眩しさは影を潜め、ぐっと落ち着いた印象になった。
カーテンはモスグリーンで、深い味わいがある。
アイボリーの壁との相性も良いようだ。
カウンターやテーブルに置いた小さな置物が、やや殺風景な雰囲気を和らげていた。
そして……絵画。
絵画は店の奥の壁に掛けられている。
作品からは個性のようなものが感じられず、結翔の言う通り高価なものではなさそうだ。
だが、部屋と調和した花の絵は、壁の存在を忘れさせ、代わりに空間の広がりを醸(かも)し出す。
品良く居心地のよい空間。
結翔の作った小さな世界がそこにはあった。
「素敵……」
「ありがとう……あ、すっかり遅くなっちゃたね。今度こそ送るよ……」
戸締りをして私達は店を後にした。
白い三日月が夜道を照らしている。
「風が気持ちいいなぁ……あ、沙羅ちゃん寒くない? 遅くなってごめん……」
「い……いいえ……」
「……あ! そうだ、おさらい会はどうだった?」
結翔はおさらい会を見ることが出来なかった。
忘れずに気にかけてくれていたことが嬉しい。
「……あ、……あの……まぁまぁ……かな……?」
自画自賛はやはり恥ずかしい。後でDVDを見てもらおうと思う。
それよりも、私にはもっと伝えたいことがあった。
「え……っと……あのですね……やっぱりバレエを続けようかなって……」
おさらい会の日、私はバレエを続けることを決意したのだ。
生徒たちの拍手と歓声が、私の心を奮い立たせたことを思い出す。
「本当!?」
「えっ! ぇぇ!?」
結翔の大声にびくりとする。
「よかったぁ〜」
結翔が顔をくしゃっとさせて笑った。
(……心配かけちゃったんだ……)
申し訳ないと思いながらも、それが嬉しかった。
「ホントに良かったよ! 沙羅ちゃんの踊りは絶対にいい!!」
結翔の顔がぱっと明るくなって、きらきらとした光が見えるようだった。
その輝きは空の白い月よりも眩しかった。
―― トクン……
心臓が高鳴り、目を伏せる。
……もっと、話したいことがあったのに……。
どれ程一生懸命練習をしたかとか、どれ程生徒達が喜んでくれたかとか……。
でも、結翔は何も聞かずに喜んでくれた。
―― トクン
トクン。
トクン……。
違う。
結翔は優しいのだ。
家主の娘を心配していただけ……。
私達の関係は、家主の娘と間借り人。
それだけなのだ。
(でも、……)
私は、空にかかった三日月を見上げる。
今、結翔とこうして歩くことが、私には何よりも嬉しかった。
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