第24話 地に落ちた名誉を挽回する計画を実行する件について
【左側】に戻っていく結翔を見送ってすぐに、クラスメイトを招待したいと母に相談をする。
「あら! 素敵! 沙羅ちゃん学校の話を全然しないから、心配していたのよ…呼びましょう! お友達。ケーキを焼くわ…!」
ふみゅー。
隠していたつもりだったのに。
母親の勘は侮れない。
母の許可を得た後は、誰を誘うかを思案する。
招待客をガゼボに招いて、偶然来た結翔と鉢合わせるという計画だ。
ガゼボのテーブルは四人席。だから二人を誘う。
おとなしくて、いつも友達と一緒にいる子。
佐々木と小川。二人のクラスメイトの顔が思い浮かんだ。
それからの私は、まるでスパイか忍者みたいに、教室の様子を探り続けた。人のいないところを見計らって、目的の相手に声をかける。
何だろうこの罪悪感。
苦心の末、ようやく二人を誘うことができた。迷いはあっても、好奇心の方が上回るようで、誘いを受けてくれた。
決行の日は、その週の土曜日だった。
天気が良くて助かった。きっと、いい印象を持ってもらえる。
――ピンポーン。
インターフォンが鳴り、どきどきとしながら玄関へ向かう。
「いらっしゃい!」
「お招きありがとうございました」
【右側】を通って、空中庭園のガゼボにたどり着いた。
「……飲み物とお菓子を取りに行くから、ベンチに座って待っていてね……」
ピッチャーとグラス、焼き菓子をトレイに乗せてガゼボに戻る。
「グレープフルーツ・フレーバー・アイスティーよ。それから、これが母の焼いたケーキ……」
ほんの短い間、アイスティーとケーキの話で盛り上がったが、普段話をしていないのだから、共通の話題などほとんどない。
しかも、二人が誘いに応じた目的は【左側】の様子を探ることなのだ。
今も話しながら、ちらちらと覗き見をしている。
(……もう限界だわ。早く来てくれないかしら……)
会話を繋ぐことに疲れ果てた頃、ようやく【左側】のドアが開き、二人が素早くそちらを見た。
結翔が歩いてくる。
端正な顔立ち、長い睫毛、育ちの良さが伺える仕草。
白いシャツが光を弾いて、天使の羽のように見えた。
風のような軽やかな足取りでこちらに向かって歩いてくる。
スローモーションがかかったように時間が長く感じられた。
佐々木も小川も、ぼーっと結翔に見とれている。
「やぁ! 沙羅ちゃん! お客様?」
結翔が天使の笑顔を向けると、客達がそわそわし始めた。
佐々木と小川を紹介すると、
「はじめまして! 沙羅ちゃんの家の間借り人の塔ノ森結翔です……」
と、とびきりの笑顔を二人に向けた後、
「医者の勧めで環境を変えるために、沙羅ちゃんの家で暮らすことになったんです……」
憂いを帯びた貴公子のように目を伏せると、客達は心配そうに、「もう大丈夫なのですか?」と、同情の言葉をかけた。
「長い間外出もままなりませんでしたが、今はすっかり元気です。……学校にも行っているんですよ!」
一転して、晴れやかな笑顔を見せると、二人の表情がスイッチを入れた電球みたいにぱっと明るくなった。
「沙羅ちゃんとのことは妹のように思っているんです。いつも仲良くしてくれてありがとう!」
――これは切り札だ。
礼を言う振りをして、二人に釘を刺しているのだ。
“沙羅ちゃんと仲良くしてね”と。
でも、カードをチラリと見せただけで、結翔はあっさりと話題を変えた。
「あ! これ沙羅ちゃんのお母さんが作ったアイスティーだよね? 喉が渇いたんだ。飲んでもいい?」
「あ……グラスがありません。あと、ケーキを切り分けるお皿とフォークを持って来ます……」
グラスとお皿を持ってガゼボに戻ると、三人が打ち解けた様子で話をしていた。
おとなしい二人が声を立てて笑う姿を、私は初めて見た。
「……お待たせしました」
グラスにアイスティーを注ぐと、
「美味しそうだなぁ!」
そう言って、結翔はグラスを掴むと、中身を一気に飲み干した。
気持ちがいいくらいの豪快な飲みっぷりに、一同唖然となる。
「あ〜! 美味しい! これ、何の味だろう? さっぱりしているよね。あれ? 皆はストローで飲んでいるの? いやぁ〜ごめん。俺、ムードないよね?」
と、笑うと、「ううん」「そんなことないわ」と、二人揃って結翔を擁護する。
気どらない態度に好感度爆上がりだ。
私は、その様子を呆気にとられて眺めるだけだった。
結翔は聞き上手で、話し手のガードを解くのが上手い。
話が進むうちに、二人の表情が晴れやかになっていく。
私は、スペイン語の勉強に悩まされていたことを思いだした。
結翔が励ましてくれたから、私は慣れないスペイン語を楽しみながら勉強できたのだ。
こうしてお茶会は和やかな空気の中、無事に終わった。
この家に怪人が住んでいるという誤解は、これで徐々に解けていくと思う。
結翔って凄い!
自分で落とした評判を、自らの力で回復した。失敗を挽回する力がある人間なのだ。
自分と三つしか年が違わないなんて信じられない。
私は、彼の新しい顔をまた一つ見たような気がした。
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