第23話  地に落ちた名誉を挽回する計画を立てる件について

 学校帰り、門を開けようとすると、背後にもそもそと人の気配がする。

 一瞬不安になったけど、どうせあの園児ひよこ達なのだ。

 苛立つ心を抑えて、精いっぱいの作り笑顔で振り返ると、


「ご、ごめんなさい!!」


 黄色い帽子の二人連れが、ものすごい勢いで頭を下げた。


「な、なに!!!」


 今度は何だろうか? 何を突然謝ってるのかわからない。

 祟りを恐れているとかだろうか?


「……あ、貴方たち……」


「……ごめんなしゃい……」


 男の子の陰で、女の子が声を震わせる。

 この子達には覚えがある。転んだ女の子を救出しながら逃げた二人だ。

 顔がどことなく似ているから、恐らく兄妹だろう。


「……ママにこの家を覗いてることがバレて怒られました……すぐに謝りにいくように言われたんです……」


「そうだったのね……わざわざ来てくれたなんて……」


 礼儀正しい謝罪に、苛立ちが嘘のように消えていった。

 女の子は男の子の腕にしがみ付いたまま、後ろに隠れている。

 兄を頼る姿が微笑ましく、心がほっこりとする。


 その時、背後から声がした。


「ただいま! あれ? 沙羅ちゃん。お客さん?」


 結翔だ。

 何事かと、興味津々にこちらを伺っているが、どう説明すればいいか分からない。


 男の子がきょとんとして結翔を見ると、


「ここに住んでいる人ですか?」


 と尋ねた。


「ああ、この家の左側にね。……間借り人で、塔ノ森結翔っていうんだ……」


「えっ!? 左側に!?」


 怪人の正体を知った男の子が、「ごめんなさい」と、再び勢いよく頭を下げる。

 結翔の好青年ぶりに驚いているようだ。


「なに?」


 今度は結翔がきょとんとする。


「……この子たちは、結翔さんを“怪人”と呼んで、この家を怪奇スポットのように見張っていたんですよ!」


 と、説明をすると、


「あははははははは!!」


 突如、大爆笑。


「そんな! せっかく謝りに来たのに、笑っては可哀そうです!」


 笑いの止まらぬ無礼者をたしなめる。


「そっかー。君たちを怖がらせちゃったんだね。ごめんよ……でも、偉いな。君達だけが謝りに来たんだこの怖い家に……」


「はい!」


 誇らしげに男の子が胸を張る。


「後ろの子は君の妹?」


「はい!」


 そして、後ろの女の子に、


「お兄ちゃんは好きかい?」


 と尋ねると、女の子は大きく頭(かぶり)を振り、うんうんと結翔とが頷いた。


「不安がらせてごめんね。これからもいいお兄ちゃんでいろよ……かわいいぞぉ〜、妹は!」


 「はい!」と兄妹が返事をし、結翔は二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。

 

「……それにしても困ったな……」


「何がですか?」


「この家の評判を下げちゃったみたいだ……沙羅ちゃんは学校で困ってることはない?」


 嘘をつくのは嫌だけれど、結翔を傷つけたくはない。

 状況を説明しようと試みるも、言葉が見つからずに黙り込む。


「そっかー……やっぱり困っているんだね……」


 結翔は沈黙の意味を理解したようだ。


「結翔さんのせいじゃありません……病気だったから、仕方がなかったんです……」


 結翔は、しばらく考え込んだ後、何かひらめいたように、顔がぱっと明るくなった。


「そうだ! 沙羅ちゃんのクラスメイトをこの家に呼んだらどうかな?」


「……どうするんですか?」


「俺と直接会うの……」


「どうなるって言うんですか?」


「ほら……さっきの子供達見ただろ?」


 確かに、あの子たちも結翔の姿を見た途端、態度を変えた。

 彼に会えば、クラスメイト達の誤解も解けるかもしれない。


「え……ええ。確かにいいかもしれません。でも……」


 クラスで避けられているから、誰を誘うべきか分からない。絵美や麗奈、

紬みたいに、私を避けない人を呼んでも意味がない。


「どんな人を呼べばいいんですか?」


「そうだなぁ……まずは、おとなしい子。沙羅ちゃんの頼みを断れなさそうな子……」


 ふむふむ。なるほど。それなら声がかけやすい。


「……それから、いつも友達と一緒にいる子……ここで起こったことを話題にすると思うんだ。いいよね? 別に悪いことじゃないし……」


 “おとなしそうで、いつも友達と一緒にいる子”と言われ、何人かが頭に浮かんだ。


「それから、誘うところは人に見られない方がいい」


「どうして?」


「沙羅ちゃんが避けられているから」


 ……す……ご……。

 彼は人の気持ちに敏くて、立ち回るのが上手い。

 感情が顔に出ることがあるけど、それがかえって人間味を感じさせる。

 人の上に立つことになったら、リーダーシップを発揮できそうだ。


「どう?」


「やってみようと思います」


 結翔との会話は、予測がつかない。先を読み過ぎというか、斜め上から目線というか。


 ……ふと……。


 私の頭にも脈絡のない言葉が突如浮かび上がった。


「……結翔さん。妹がいるんですか?」


「え? どうして?」


「……ほら……さっきの子に“かわいいぞ。妹は”って言っていたでしょ」


 ――天使の笑顔が消えた。

 

 表情かおが素になり、ドキリとする。


 でも、それは一瞬のことだった。


「ああ。……あれね、いればいいだろうなぁってだけだよ。今は沙羅ちゃんがいるし……」


「また、そういうこと言って!」


 いつもの軽口に、私はほっと安堵した。

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る