第22話  お弁当を作ろう! 2

 私と結翔の住む家は、二つの駅の間(はざま)にある。

 一つは小さな私鉄の駅。もう一つは利用客の多い地下鉄の駅。

 私は家から五分の私鉄で、結翔は十分歩いて地下鉄を利用し都心に向かう。

 商店街は地下鉄駅の近隣にあった。


「沙羅ちゃんはお弁当をいつから作っているの?」


「……そうですねぇ……中二からです。小学生から母の手伝いでお料理をしていました」


「へぇ! 偉いなぁ!」


「えへへ……前の学校には食堂があって、そこの食事でも栄養のバランスはとれていましたけど、もっと家事が出来るようになりたかったんです……」


「ふーん? ……どうして?」


「……どうしてって……健康管理は自分で出来た方がいいじゃないですか……」


 中学二年生……。

 いつかバレエ留学がしたいと思い始めた頃だ。

 留学をするには家事能力は必須だ。

 健康管理も自分で出来なくてはならない。


 ……でも今は、あの頃の習慣だけが身について残っている。


「そっかー! もう、沙羅ちゃんは世界の何処へ行っても一人で暮らせるね!」


 気持ちを見透かされたようでドキリとする。


「あの……全部自分で作るわけじゃないんですよ……例えば、煮豆とか……」


 私は真空パック入りの煮豆を手に取る。


「あ、いいね! 箸休めになる……」


「……煮豆好きなんですか?」


「うん!」


「意外です……ジャンクフードばかり食べていたと思っていました……」


「ま、まぁね……」


 結翔が照れ笑いをする。

 誰かが作ってくれたものを食べていたのだろう。

 極端な偏食ではなさそうで安心した。


「……入れるの? ピーマン?」


 怯えながら結翔が尋ねる。

 よほど嫌いみたい。


「えっと……そのうち……まずは、好みを知っておきたいんです……調理法とか……」


「やったぁ!」


 結翔が子どもの様に喜び、それを見た私が笑う。


「あ、豚の生姜焼き好きですか?」


「好き好き! 大好き!」


「じゃあ、豚肉買います……生姜も……」


 私は結翔の好みを聞きながらカートに食品を入れていく。

 鮭にブロッコリーに卵にプチトマト、小袋入りのフリカケ……。

 ピーマンの前を通ると、結翔が切なそうに私を見、私は笑いを堪えて売り場を通り過ぎる。


 こうして無事に買い物を終えることが出来た。



 翌朝、私はいつもより一時間早く起きる。

 結翔が家を出る時間に合わせるためだ。


「あら? 沙羅ちゃん朝早いのね。……結翔さんの分ね?」


 何事かと母が私を見る。


「うん! 一つ作るのも二つ作るのも手間は変わらないから……」


 焼いた鮭を食べやすい大きさに切り、たれに漬けた豚肉を焼く。

 ブロッコリーを茹でて卵焼きを作った。

 

 父が物欲しげに私の様子を伺っている。


 うーん。

 今度は父の分も作ろう。

 二つが三つになって変わらないもの。


 結翔の弁当箱は大きめの物を選んだ。

 おかずとご飯をたっぷり詰めればジャンクな間食は無くなるだろう。

 小袋入りのフリカケも入れたから、白飯に飽きたら味変もできる。


「あら? 沙羅ちゃん……沙羅ちゃんのお弁当箱には生姜焼きは入れないの?」


 母が弁当箱を覗き込む。


「えっ……と……私は鮭があれば十分……」


 生姜焼きは結翔のため。

 鮭だけじゃ結翔には足りなそうだから……。

 手間はかかるけど仕方ない。


「ふぅ〜ん……?」


 母がにまにましてるけど、無視して弁当詰めに専念する。


 玄関では結翔が待っていて、私は弁当の入った手提げ袋を渡す。


「はい! 結翔さん! お弁当! 夜戻ったら、客間のドアノブに掛けておいてくださいね!」


「ありがとう! 楽しみだな!」


 こうして私達は玄関で別れ、それぞれの駅へと向かって行った。



 その日の深夜。

 私はどきどきしながら、客間の入り口に立っていた。

 客間は私達と結翔の住居の中間にある。

 扉を境に向こう側は結翔のスペースだ。

 結翔が帰ってきたら弁当箱を結翔側のドアノブに掛け、翌朝私がそれを受け取る約束なのだ。


 ……でも……。

 朝まで待てなかった。


 結翔は弁当を食べてくれただろうか?


 私は客間で結翔の帰りを待った。

 部屋の明かりは落とし、じっと息をこらす。

 

  ――ガチャリ

 

 結翔側の玄関が開けられ、客間に向かって足音が近づいて来る。


 ―― カタン

 

 扉の向こうから微かな音がする。 

 弁当箱の入った手提げ袋がドアノブに掛けられたのだ。


 私は足音が遠ざかるのを待ち、忍び足で扉に近づき開ける。

 ドアノブにかかった袋を手にすると素早く閉めた。


 ――どきどき……。


 紙袋の中から布製の包みを取り出す。


 ――どきどき……。


 包みを解く手が震える。


 ――どきどき……。


 弁当箱の蓋を開ける。


「……よかった……」


 思わず零れる安堵の溜息。

 弁当箱は空になっていた。

 結翔は残さず食べてくれたのだ。


「あ……ら……?」


 綺麗に洗われた弁当箱には紙切れが一枚。


 そら豆のような顔に手が生えた落書きのようなイラストだ。


 イラストの上に、


 『大変美味しくいただきました』


 と書いてある。


 その上、


 『お腹いっぱいだと午後の授業で熟睡できてサイコー!』


 とあった。


 このキャラは古いアニメで見た覚えがある。

 泥棒が残すメッセージカードに書かれていたあれだ。

 財宝を盗まれた挙句の神経を逆なでするメッセージ。

 富豪や刑事達が地団駄を踏む姿を思い出す。

 怪盗の活躍が爽快でスカッとしたものだが、今の私には泥棒を取り逃した無念さが理解できる。


「……結翔さん!……先生に失礼よ!」


 居眠りする結翔が面白過ぎるが、笑い事ではない。

 何か罰を与えた方が良さそうだ。

 やはり教師が気の毒だと思う。


(今度はピーマンの肉詰め入れちゃおうかな……)


 嫌がる結翔を思えば、くすくすと忍び笑いが漏れる。

 まだ肌寒い春の宵、私は一人自室へと戻っていった。


 


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