第21話  お弁当を作ろう!

 水曜日の放課後。

 学校から帰宅した私は家に入ろうとしていた。

 ドアの鍵を開けながら、目をやると二人連れの男子学生が歩いて来る。

 一人は私のよく知っている人。

 結翔だ。


「結翔さん……今日は早いですね!」


「……あ、ああ……」


 声をかけるが、返事がすっきりしない。


「……もういいよ……この子もいるし……家主さんのお嬢さんだ……」


 と、同行している男子を帰らせようとする。


「……そんな……結翔さん。せっかくお友達が遊びに来たのに……家に入れないんですか?」


「……あ、ああ……」


 返ってくるのは生返事ばかり。


「……結翔さん?」

 

 怪しい。

 何か隠しているみたい。


「……実は……先輩が体調を崩して、送り届けるように先生に言われたんです……」


 連れの男子が言う。


「具合が悪いんですか!? 結翔さん大丈夫?」


「……ま……ね……おい! 先輩とか言うな! 同級生だぞ!」


「……で、でも……」


 少年はやや気弱みたい。

 でも、人は良さそうだし、結翔を“先輩”と呼ぶ口調に親しみと敬意が感じられる。


 せっかく送ってくれたのだし、後輩君(私よりは年上だけど……)にもきちんと挨拶をしなくては。

 結翔のクラスメイトなのだし。


「はじめまして! 有宮沙羅です!」


(第一印象が大切よ! 私に出来る一番の笑顔で!)


「……あ……あ……」


 後輩が顔を赤くして俯いてしまった。

 どうしたのだろう?


 呆然とする私を前に、結翔は後輩の肩を抱いてぽんぽんと叩いた。


「わかるぞ! 清水! 可愛いもんな沙羅ちゃん!」


 結翔の言葉に清水がうんうんと頷く。


 ふみゅー!


 本人を目の前に褒めるなんて!

 恥ずかし過ぎる!


(えっ……と……今はそれどころじゃないわよね?)

 

「結翔さん具合が悪いんですか?」


「それほどじゃな……」


 結翔が言いかけると、


「貧血です! だから医者に行くように勧めているんです!」


 途中で清水が遮る。


「お、おい! 清水! 余計なこと言うな!」


「貧血!?」


 貧血と言えば、特別な病気が無ければ栄養不足……栄養不足の原因は……。


 ―― ピンときた!


「結翔さん! ちゃんと食べてないんですか!? 約束破ったんですか!?」


「沙羅ちゃん……清水が怯えているよ。もう少し穏やかに……」


 結翔に詰問する私を清水が恐々と見ている。


(いけない……つい、夢中になって……)


 清水は「先輩をよろしくお願いします」と、来た道を帰っていった。


 作り笑顔で後輩を送り出した後、私は結翔に詰め寄る。

 話はまだ終わっていないのだ。


「……結翔さん!? 約束破ったんですか?」


 言ったばかりの言葉をリフレイン。


「たっ、食べてるよ!! ……ちゃんと! 腹いっぱい!!」


「……」


 “腹いっぱい”……。

 聞き捨てならないワードだ。


「チェックします!」


「拒否権の発動!」


「ダメです! 現状をママに報告します!」


「……」


 結翔が黙り込む。

 この一言は強力な威力を持つようだ。

 結翔は渋々【左側】の鍵を開け、私達はキッチンへと向かう。

 結翔の食糧事情を調査しなくてはならない。

 【左側】は祖父母の住居だったから、間取りは頭に入っている。

 廊下を走り抜け居間を通過すると、迷うことなくキッチンに至る。


「……まずは冷蔵庫を調べます!」


 がばと扉を開くが……。


「水とジュースだけじゃないですか!」


 スカスカの冷蔵庫をランプが煌々と照らす。

 冷蔵庫に食品を過剰に入れるのは不効率だ。

 何故なら冷蔵機能が弱まるから。

 だが、これでは冷蔵庫の存在意義がない。


「……」


 黙したままの結翔を置いて、私は次の行動を起こす。


「今度は収納棚!」


 取っ手を掴んでバンと勢いよく手前に引いた。


 ……が、


 戸棚いっぱい詰め込まれたカップ麺に菓子パン、ポテチにスナック菓子が、どさどさと私に襲い掛かる。

 まるで雪崩だ。


「こんなものばかり食べてたんですか!」


「……ちゃんと食べてるだろ! 腹いっぱい!」


「……そうやって開き直る! これでは“ちゃんと食べている”と言えません! ポテチは食事じゃなくておやつです!」


「……でもさぁ……バイトで遅くなると店は閉まっちゃうし、コンビニの弁当も売り切れちゃうんだ……ここのところ切りよく帰れなかったから……少し前はちゃんと食べていたよ……」


 買い物にあぶれたことは嘘ではないようだし、私が結翔の夕食を私が管理するのは難しそうだ。


 でも……。

 夜でなければ?


「……わかりました……」


「えっ? そう? だよね……お母さんに内緒にしてくれる?」


 「はい」と私。


「……その代わり……」


「……その代わり?」


「お昼のお弁当は私が作ります!」


「……そ、そんな悪いよ!」


「……同じ屋根の下に住んでいる人が飢えてしまうなんて放ってはおけません……両親も結翔さんには責任を持って接したいと思っているんです……」


 結翔は遠慮しているようだが引くわけにはいかない。


「で、でも……」


「本当は夕飯を食べに【右側】に来てくれればいいのですが、結翔さんは夜遅いですから、私がお弁当を作ります。……一日一食でいいので、きちんと食べてください!」


「……でも悪いよ。手間も費用もかかるし……」


「私は毎日お弁当を作っています。一つが二つになっても手間は変わりません……費用は実費を頂きます……どうですか?」


「……わかった……よろしくお願いします……」


 観念した結翔が頭を下げる。


「それからこれはお礼でもあるんです。結翔さんはスペイン語を教えてくれるし、バイトも紹介してくれました……助かっているんです。だから負担に思わないでいください……」


 それに……やはり心配なのだ。


 キッチンには居間を通って来たが、見事に物が無い。

 ゲームも雑誌も、娯楽に必要なものが何もなく、生活感が全く感じられなかった。

 生活に係ること全般関心が無いようだ。

 学力やコミュ力が高いのに、生きる為の能力が極端に欠けている。

 結翔を放っておいてはいけない。

 そんな気がした。


「じゃあ、買い物へ行きましょう……食事の好みを知っておきたいですし……あとアレルギーとかありませんか……?」


「あ、俺、ピーマン嫌い!」


「……ピーマンアレルギーですか?」


「いや……あの匂いが許せない! あれは人間の食べ物じゃない!」


「では認められません。ピーマンはカリウム、β-カロテン、ビタミンCを豊富に含みます。これはウイルスの侵入を抑え、心身のストレスへの抵抗力を高める働きがあります。血流も良くしてくれるんですよ!」


「え……? 好みを知りたいって言ったよね?」


「はい……嫌いなものは聞いていませんよね?」

 

 唖然とする結翔にきっぱり言い切る。


 こうして私達は弁当の材料を買いに街へ出ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る