第4話 私は鍵を手にする

 麗奈に手を引かれるまま教室を出た私は、何が起こっているのかも分らぬまま、帰宅をした。

 そして、その翌日となった。


「いってきます」


 いつものように私は家を出る。


(まただわ……)


 ランドセルを背負ったひよこ軍団が、ぴよぴよさえずりながら門の外側からこちらを窺っている。

 子供たちの黄色い帽子が集まる姿は、微笑ましいはずなのに、見ていると苛立ちが募るばかりだ。

 知らん顔をして、門を出て錠を下ろす。

 どうせ声をかけても、『ぎゃぁ〜〜っ!!』とか叫びながら逃げていくのだから。

 

 何が起こっているのだろう?

 母に話しても、特に心配している様子がないので、私も気にしないようにしている。

 でも、やはりおかしい。

 もやもやした気持ちを抱えながら、駅への道を歩いた。


 クラスメイト達からは、私とかかわりを持つことが嫌だと思う気持ちが、ひしひしと伝わってくる。

 話しかけてくるのは麗奈ぐらいで、紬は目も合わせてくれない。

 いつまでこんな状態が続くのだろうか?

 私は新しい学校生活に失望し始めていた。


 その日、美術教師に頼まれて、授業に使うパステルを取りに事務室へ向かった。

 配達された荷物は事務員が預かっていた。

 私は先生のお使いであることを告げて荷物を受け取った。


 ……でも……。


「わっ!」


 ふみゅー!

 よろけちゃった。

 これを一人で運ばせるなんて……。無茶よ!


 その時、ふーっと、音もなく、誰かが近寄る気配がした。


「私も手伝うわ」


「……あ、ありがとう」


 助かった。わざわざ来てくれたのだ。


「どういたしまして。あの先生、ちょっと考えが足りないのよね……。一人で運びきれるわけないのに……。あの先生は中等部を教えていたこともあって、知っているの」


 そう言ったのは、ひょろりと背の高い女生徒だった。

 眼鏡をかけた端正な顔立ちに、知的なムードを漂わせている。

 一見冷たい印象を受けるが、私が困るのを察してくれたのだから、親切な人のようだ


「有宮沙羅さんよね? 自己紹介がまだだったわ。私は雨洞絵美(うどうえみ)」


 絵美は要領よく荷物を抱えると、反対側を私に持つように言った。


「……ま……ね。貴女もいろいろ大変よね」


「……え?」


 何かを話そうとしている。もしかして、私が避けられている理由だろうか?


「あなた、四月から空中庭園のある家に越してきたでしょ?」


「ええ。知っているの?」


「もちろん! 私だけじゃないわ。みんな知ってる。学校の近く住んでいる人が多いの。……でね、片側に人が住んでいるわよね?」


「ええ」


 絵美は少し考え込んだ。

 そして、


「問題はそこなのよ」


 と言った。


「?」


「そこに怪しい人が住んでいるわよね?」


「えっ!?」


 ―― カーテンを閉め切った【左側】が思い浮かぶ。


 絵美が話を続ける。


「その人の顔を見たって人がいないの。住んでいるみたいだけど、外出する気配もなく、夜遅くまで電気が点いている。何人かが訪ねて来る以外、外部との接触が一切ないって噂されているわ」


「そ、そんな……。両親は何も言っていなかったわ!」


「そうなの? “住人”と貴女たちは、どういう関係なの?」


「パパの知合い。転勤中に家を貸していただけなの。本当は、戻ってきたら出て行ってもらうはずだったんだけど、そのまま住み続けているの……」


「ふーん……」


 絵美は再び考え込んで、


「親戚とかじゃないの?」


 と、念を押す。


「とんでもないわ! そんな変な人親戚にいないもの!」


「そっかー。あなたも迷惑しているのね」


「ええ!」


 近所の小学生が、恐る恐る覗き込んでいた理由が分った。

 私の家は、あの子達の格好の怪奇スポットになっていのだ!

 冗談じゃない!


 憤怒の気持ちを堪えながら、私は荷物運びに専念した。



「もうこのままにしておけないわ!」


 家に帰ったら、絵美から聞いた話を両親にするつもりだった。

 私たちが戻っても立ち退かないで、しかも変な噂の的になっている。

 

 冗談じゃない!


 またいる! 


 ぴよぴよと囀るひよこ軍団。

 家はお化け屋敷じゃないのよ!

 

“キッ!!”


 私が睨みつけると、

 ぎゃぁ〜〜!!!!! 

 と、蜘蛛の子を散らすようにひよこの群れが逃げ出した。

 

 『髪が茶色い足長バチみたいな外人の女だぁ〜!!』と、叫びながら逃げて行く。


(……な、な、な、なによ!! その言い方! 蜂ですって? 私が!?)


 一番小さな女の子が逃げる途中に転んで、“ママァ〜”と泣いていると、凛々しい面立ちの男の子が救出に戻ってきた。彼は女の子を立ち上がらせると、怪我のないことを確認し、私をキッと睨んだ後“ママァ〜”と泣きじゃくる女の子の手を引いて逃げていった。


 かっこいい! 王子様みたい!

 私はその姿を惚れ惚れと眺める。


 え……と……?

 王子様とお姫様?

 私は何? 悪い魔女? 足長バチの魔女?

 

 自分が危ない人になっちゃった!?

 

 がーん!


 一気に凹む。


「ただいま!」


 意気込んで帰宅したものの、家人は留守だった。

 拍子抜けした私は、食堂へ向かい、冷蔵庫から買い置きしてあるプリンを出して食べ始めた。


 ふみゅー。


(しゃぁ〜わせぇ〜。『ぷるるんプリン』は最高だわ!)


 プリンの甘さが、落ち込んだ気持ちを溶かしていく。


 そういえば、まじまじと家の中を眺めたことがなかった。

 だって、少し前まで段ボールの山が積み重なっていたから。

 窓から壁伝いに、見るともなく眺めていると、


 鍵。

 鍵置き場に目がいく。

 そこに空中庭園へ出る鍵と、そこから【左側】に入る鍵があった。


 気になる。

 でも、駄目よね。

 うん。

 駄目よ。

 

 母からは、点検が済むまでは、空中庭園には入るなと言われている。

 【左側】にいたっては、間借り人のスペースなので言うまでもない。


 ――でも気になる。


 良くない考えが、むくむくと湧き上がって、振り払っても、振り払っても、消えることはなかった。


「し、心配だもの。もしかしたら、何か困っているかもしれないし……」


 理由にならない理由をつけて、私は空中庭園に入る鍵を手にした。

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