第15話「初陣」
ラントはブレア砦の頂上にあるネヴィス砦で勇者オルトを挑発した。
その挑発にオルトは仲間を置き去りにして走り出す。その距離は百メートルほどでラントはもう一度指示を出した。
「先ほどの命令通りに頼む。ゴインは勇者を迎え撃て。アルビンは接近してくる後衛を殲滅せよ! アギーは盾持ちに精神攻撃! ダランは私を守りつつ、適宜勇者を牽制! 他の者は手出し無用! 邪魔にならない場所まで下がれ!」
ラントはそれだけ命じると、後ろに下がる。
それに合わせて、砦の防衛隊とラントの護衛であるフェンリルのキースたちも城壁の後方に下がった。
その間にアルビンは龍形態で上空に舞い上がっていく。アギーも背中から翼を広げて宙に浮く。
巨大なフェンリルの姿のダランも、城壁の中央部で頭を低くして待ち受ける。
ゴインも人化を解いており、身長四メートルほどの見事に鍛え上げられた巨体を見せていた。
彼は武器を持たずに左半身を突き出すように構えている。また、防具は身に着けておらず、上半身裸の状態だ。
ゴインは特殊な格闘術を使う格闘家であり、その巨体に似合わないスピードで過去には何人もの勇者を葬っている。
「勇者よ! いつでも来い!」
不敵に笑う姿にラントは頼もしいなと思うが、すぐに意識を切り替える。
(ブルックやラディに聞いた限りだが、勇者は自己顕示欲が強い性格らしい。なら、僕を直接狙わず、ゴインたちと戦うはずだ。その間にアルビンとアギーで仲間たちを潰せば、勝利は堅い)
そんなことを考えていると、勇者オルトが城壁の上に飛び込んできた。ただでさえ高いステータスを身体強化の魔法で底上げしており、ラントでは目で追うのも難しいほどだった。
(この高さをジャンプしたのか! それに速い! 突破されたら逃げることなんて絶対に無理だ。ゴインとダランを信じるしかないけど、腰が抜けそうだ……)
飛び込んできたオルトにゴインが一瞬で距離を詰め、鋭い蹴りを放つ。
「邪魔だ!」とオルトは咆え、その蹴りを片手で受け止めた。
オルトも身長二メートルを超える巨漢だが、倍近い巨体のゴインの蹴りを容易く受け止めたことにラントは唖然とする。
「ちょっとはやるようだな」とゴインが不敵に言い放つ。
そして、受け止められた脚を軸に身体を倒すようにして回転しながら、オルトの頭に蹴りを放った。
先ほどの蹴りとは比較にならないほど強力で、オルトも斧の柄でブロックしながら衝撃を和らげるために横に飛ぶ。
オルトはゴロゴロと転がりながらゴインから距離を取り、ラントに向かおうと視線を向ける。しかし、すぐにダランの放った氷の槍が十本ほど襲い掛かった。
「あ、あぶねぇな」と言いながらも、オルトはそれを余裕で回避する。
(不味いぞ……化け物同士の戦いの場に一般人が紛れ込んだ感じだ……勇者の仲間が上がってきたら、魔法や飛び道具の攻撃で簡単に殺されてしまいそうだ……)
それでも今更逃げるわけにはいかず、戦っている部下たちに見限られないよう、威厳を保つことだけに意識を集中する。
オルトはゴインを倒さないとラントのところに向かえないと腹を括り、目の前の戦いに集中する。
ゴインも本気を出し始めたのか、炎を纏わせた拳で攻撃を加えていく。
オルトはそれでも余裕の笑みを崩すことなく、その激しい攻撃を捌いていた。
二人が繰り出す攻撃によって起きた風がラントの髪を揺らす。
(ダランが防御結界を張ってくれているのに風を感じる。映画やコミックの世界じゃないんだぞ。本当に場違いなところに来てしまった……)
ゴインとオルトのハイレベルの戦いが繰り広げられるが、どちらも一歩も引かず、小さな傷だけが増えていく。
二人の戦いに気を取られていると、横にアギーが立っていた。
「盾持ちは処分しましたわ。アルビンもそろそろ終わるはずです」
城壁の下は見えないが、アルビンがブレスを放つ姿が見えた。距離があるため悲鳴などは聞こえないが、アルビンが悠然とこちらに向かってくるので、三人の後衛を倒したことがラントにも分かった。
これで勇者一人と長四人という状況に持ち込めた。
アルビンは龍形態から人形態に変え、ラントの横に立つ。
「ゴインの奴は何を遊んでおるのだ。あの程度の敵に梃子摺りおって」
「勇者の防御力は侮れないわ。私が見ている限りだけど、ゴインの攻撃は何度も急所を捉えていたもの。でも、全然効いていないのよ」
ラントはこの状況をどうするべきか迷っていた。
ゴインはオルトと互角以上に戦っており、それを邪魔することは彼の機嫌を損ねる可能性がある。
(このままじゃ、疲れたゴインが致命傷を受ける可能性は否定できない。完全な勝ち戦で彼を失うことは無駄すぎる損失だ……ちょっと姑息だが、この手でいくか……)
そう考えたところで、戦っているゴインとオルトに聞こえるように、アルビンらに命令を出した。
「勇者が逃げ出すまで手を出すな! 敵が堂々と戦っている間はゴインの獲物だ! だが、勇者は絶対に逃がすな」
二人は同時に「「御意」」と答える。
更にオルトに聞かせるためにゴインにも指示を出した。
「ゴインよ! 勇者の仲間はすべて倒した。ここにはアルビンもアギーも戻っている。私のことは気にせず、心置きなく戦え!」
「オオ!」とゴインは答え、更に筋肉に力を籠める。
一方のオルトはラントの言葉に焦りを覚えた。後ろを振り返って確認するわけにはいかないが、未だに誰も現れないことから事実だと直感したためだ。
「何をやっているんだ! 俺の支援がお前たちの仕事だろう! 勝手に死ぬ奴があるか!」
自分が怒りに任せて猪突したことを忘れ、死んだ仲間を罵倒する。
ラントの言葉により、ゴインの士気が上がり、オルトの士気が下がった。オルトは明らかに猛者と分かる三人を見て、自分に勝ち目がないことを悟る。
「やってられるか!」とオルトは叫び、ゴインから距離を取ろうとした。
しかし、ゴインにもそれが分かっており、すぐに追撃する。
オルトは逃げることすらできないと更に焦る。
「
その言葉で砦の外から炎や氷の魔法が飛び込んでくる。その魔法によりゴインに一瞬隙ができ、オルトは距離を取ることに成功した。
そこでラントは勝利を確信した。
「勇者よ! 正々堂々と戦うのではなかったのか! ならば遠慮はいらん! アルビン、ダラン、アギー! 勇者を詐称する卑怯者を殺せ!」
その言葉でアルビンが無詠唱でレーザーのような白光の魔法を放ち、アギーもいつの間にか発動させていた無数の暗黒の弾を撃ち出す。
ダランは咆哮と共に冷気の塊を撃ち出していた。
ゴインは膨大な魔力を後ろに感じ、すぐさま横に飛ぶ。打ち合わせも何もしていないが、彼らの能力からすれば、この程度のことは無言で連携できる。
ゴインの巨体で魔法が見えていなかったオルトは、そのすべてを身体に受けてしまう。
勇者の魔法耐性は非常に高いが、これだけの高位魔法を一度に受けきるだけの能力はなく、上半身はズタズタに引き裂かれ、その場で片膝を突く。
それでも即死はしておらず、「くそっ! 覚えていやがれ!」と悪役のような捨て台詞と共に砦の城壁から飛び降りようとした。
「興覚めだ」というアルビンの声が響く。
彼はラントが瞬きする間にオルトに近づいており、巨大な剣を一閃した。
「な、何……」
驚愕に目を見開いたまま、オルトの首が飛んでいく。更に胴体側の切断面から真っ赤な血が噴き出しながら、城壁の下に落ちていった。
ラントはその衝撃的な光景に吐き気を催すが、それを無理やり抑え込む。
「見事だ! 帝国の勇士たちよ! 勝鬨を上げろ! オオォ!」
「「「オオ!」」」という鬼人族戦士たちの声がそれに呼応する。
一方の王国軍は勇者のパーティが全滅したことに衝撃を受け、引くことも攻撃することもできずに立ち尽くしている。
指揮官が我に返ったのか、「引け!」という命令が響くが、その動きは緩慢だった。
ラントはそれを見て、追撃を命じた。
「ネヴィス砦で奮闘した鬼人族戦士たちよ! 約束通り、諸君らに先陣を任せる! 思う存分、暴れてこい!」
その言葉で鬼人族戦士が次々と城壁から飛び降りていく。
追撃を命じたものの、まさか飛び降りるとは思っておらず、ラントは唖然とする。
(身長は倍くらいあるけど、下まで二十メートルくらいあるんだぞ。無謀すぎるだろう……)
そう思って下を覗き込むが、苦悶の声が聞こえてくることはなく、すぐに立ち上がって王国軍に向かって走り出した。
その異常なほど高い身体能力に言葉を失うが、すぐに意識を城壁の上に戻す。
「済まなかったな、ゴイン。だが、あのまま逃がすわけにはいかなかった」
「分かってますよ、陛下」とゴインは鋭い牙を見せながら笑う。
「見事な指揮だ」というアルビンの声が後ろから聞こえてきた。
振り返ると、微妙な表情を浮かべたアルビンが立っていた。
「完全に認めたわけではないが、確かに以前の魔帝とは違う、新たな魔帝の誕生は見届けた」
「それでいい。まだ何も始まっていないからな」
ラントはそれだけ言うと、後方に控えていたキースとロバートを呼んだ。
「ラディたちが深入りしすぎないか心配だ。少し休んだら前に出る。準備を頼む」
二人は深々と頭を下げ、「御意」と答えた。
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