第16話「殲滅戦」

 俺は鬼人族の戦士長、ハイオーガのラディ。

 俺がここネヴィス砦の守備隊長になったのは十年ほど前のことだ。前任者が勇者と相討ちになり、族長のゴイン様から直々に指名された。


 俺が隊長になってから一度も砦を抜かれたことはないが、今回は危なかった。

 初日に人族の奇襲部隊に襲い掛かられ、五人の戦士が命を落とした。奴らは能力こそ大したことはないが、特殊な装備を身に着けているため、俺たちでも油断すると命を落としてしまう。


 幸い、勇者が手出しをしてこなかったから、守り切ることはできたが、もし勇者が攻撃に加わっていたとしたら、砦が陥落した可能性が高かった。


 それから四日間、人族の攻撃を退け続けたが、魔帝陛下が突然、砦を訪問された。

 いらっしゃったことにも驚いたが、それ以上に俺の名を知っており、労ってくれたことに驚いた。


 先代の陛下は俺が生まれる前に亡くなっているが、魔帝陛下が一介の戦士長に声を掛けたという話は聞いたことがない。


 部下の戦士たちにも声を掛けられ、皆驚きながらも異常なほどやる気になった。

 もちろん、俺もだ。


 そして、先ほど陛下はゴイン様ら長たちを率い、勇者と戦われた。

 俺は砦の指揮官として櫓の上にいたことから、そのすべてを見ることができた。


 ゴイン様は勇者と一騎打ちをされ、互角以上に渡り合っていた。さすがに勇者は強く、俺が手も足も出ないゴイン様が勝利の糸口を掴めずにいた。

 しかし、その仲間たちはお粗末だった。


 アギー様はいつも通り悠然と盾を持った戦士に向かい、得意の暗黒魔法を無詠唱で放たれた。


 勇者の仲間の女聖職者が慌てて神聖魔法を放ち、それを邪魔しようとしたが、連続して放たれる暗黒魔法に対応しきれず、盾持ちは呆けた顔で立ちすくむ。


 その隙をアギー様は見逃さず、更に追い打ちの魔法を放った。

 盾持ちはその場で失禁し、狂ったような笑い声を上げた後、自らの首にナイフを刺して命を絶った。


 女聖職者たちにはアルビン様が対応された。

 と言ってもブレスを二度放っただけだ。


 一度目のブレスは女魔術師が魔法の障壁で防いだものの、二度目を防ぐほどの力はなく、三人の女はあっけなく炭に変わっている。

 まあ、帝国最強の一画、アルビン様のブレスを一度でも防いだのだから、褒めてもいいだろう。


 その後、勇者をあっさりと倒し、陛下は追撃を命じられた。


「ネヴィス砦で奮闘した鬼人族戦士たちよ! 約束通り、諸君らに先陣を任せる! 思う存分、暴れてこい!」


 陛下のご命令に俺たちは雄叫びを上げて応える。


「「「オオ!!」」」


 この時、戦士たちは高揚しまくっていて、このままでは陛下が心配された戦死者が出ると直感した。


 そのため俺は雄叫びを上げた後、戦士たちに追撃を命じつつも、彼らより僅かだが冷静な俺自らが先導しようと考えた。


「ハイオーガの戦士たちよ! 陛下に勝利を献上するぞ! 俺に続け!」


 しかし、城壁を飛び降りた瞬間、テンションが上がってしまい、後退していく人族の軍勢に全力で向かってしまった。

 本来なら危険なことで、いつも通り冷静ならこんなことはしなかっただろう。


 人族の軍には“聖騎士パラディン”と呼ばれる魔法を使う騎兵がいる。

 平地では俺たちハイオーガの戦士でも梃子摺ることがあり、単独で突っ込んでいったら、俺でもヤバかった。


 しかし、聖騎士たちは勇者が討ち取られたのを見て、算を乱して逃げ出した。あろうことか、味方の歩兵を蹴散らしながら。

 これが敵軍に大きな混乱を与えた。


『どけ! 我らを通すのだ!』


『貴様らは敵を食い止めよ!』


 人族の言葉は帝国の言葉とは違う。だから何を言っているのかはほとんど分からないが、逃げ出そうとしていることだけは分かった。


 聖騎士が口汚く命じているが、俺たちに向かってくる歩兵はほとんどおらず、我先に逃げ出そうと背を向けている。


 俺たちはそんな敵兵をなで斬りにしながら、敵の中を突き進んでいく。死体と流れる血の方が俺たちの足を止めるくらいで、ほとんど無人の野を行くようなものだった。


『神敵め! 滅せよ!』


 意味不明な言葉を叫びながら、勇敢な兵士が立ちふさがった。だが、敵の雑兵など十人束になろうが俺たちに傷一つ付けることはできない。


「ラント陛下に勝利を!」と俺は叫び、その兵士を真っ二つにする。


 俺の言葉を聞いた戦士たちも口々に「陛下に勝利を!」と叫びながら、敵を葬っていった。

 敵の返り血で下半身が真っ赤になっているが、俺の周りには傷ついている者は皆無だった。


 皆気分が高ぶっているためか、血に染まった武器をいつもより激しく振り下ろしている。


『助けてくれ!』


 命乞いらしき言葉を吐きながら地面に伏せる敵兵がいるが、そいつらは容赦なく踏み潰す。助けたとしてもすぐに突然斬りかかってくるからだ。

 二時間ほど敵を殺しながら峠を駆け下りていくと、敵の野営地が見えてきた。


「陛下は圧倒的な勝利をお望みだ! あそこにいる敵も殲滅するぞ!」


「「オオ!!」」


 部下たちが血に染まった武器を振り上げ、俺の叫びに呼応する。


 野営地の入口に槍を構えた兵士たちが防御陣を作っていたが、俺は構うことなく飛び込んだ。

 脇腹や太ももに槍が掠めるが、かすり傷程度でほとんど痛みを感じることはなかった。


 防御陣をあっさり突破すると、騎士が槍を構え、馬蹄を響かせて突撃してきた。


『これ以上、好きにはさせん! 神の名において、貴様を倒す!』


 魔法で強化しているのか、なかなかに鋭い槍捌きを見せるが、しょせん非力な人族に過ぎない。槍を弾くと、そのまま馬ごと叩き切る。


 他にも敵の魔術師が散発的に魔法を放ってくるが、ハイオーガである俺に傷を付けるほどの威力の魔法は一つもなかった。


 奴らの魔法で気を付けなければならないのは、十名程度で一斉に撃ち込んでくる集団魔法だけだ。


 組織的な抵抗が止み、周りを見ると、多くの敵兵が野営地の出口に向かっていた。そこでも聖騎士たちが我先に逃げ出そうとしており、その士気の低さに呆れ果てる。


「一人も逃がすな! 陛下に勝利を捧げるのだ!」


 俺の部下である五百名の戦士は全員が野営地に突入しており、敵兵たちを駆逐していく。

 空には古龍族や魔獣族が飛んでいるが、敵に攻撃を加えていない。

 陛下は俺たちに先陣を任せるという約束を守ってくださったようだ。


 その後、魔獣族の地上部隊も到着し、攻撃を開始し、敵を蹂躙していく。

 グリフォンに乗った陛下が、俺たちが制圧した野営地に着陸された。


「充分な勝利だ! これ以上はただの虐殺に過ぎぬ! 抵抗する者以外は見逃してやれ!」


 なぜ見逃すのか疑問を持った。そのことに陛下も気づかれたのか、理由を説明してくださった。


「奴らを逃がすのはこの先の戦略のためだ。だから見逃してやれ!」


 まだ納得できないが、陛下のご命令なので何も聞かずに武器を置く。


 太陽は中天にあり、砦を出てから三時間近く戦っていたことになるが、精神が高揚しているためか、疲れは全く感じていなかった。


「敵兵や馬の死体の処理を行え!」


 陛下の命令を受け、死体の処理に掛かる。

 一方的な戦いであったため、野営地には死体が転がり、死臭が立ち込め、血の川が流れていた。


 俺たちはその死体を集めていると、突然陛下が姿を見せられた。俺たちは慌てて平伏する。


「よくやってくれた! 私の初陣を大勝利で飾ってくれたことに感謝する! 諸君らの働きに必ず報いるぞ!」


 平伏している俺たちの肩や身体を叩きながら、声を掛けてくださった。

 俺を含め、多くの者がそのお言葉に涙を流している。それほど嬉しかったのだ。


 死体の処理から二時間ほどすると、妖魔族が現れ、その死体の山を時空魔法で収納し、森の奥に運んでいった。


 夕方にはほぼ片付けも終わり、この場で野営することになった。

 返り血はエンシェントエルフの治癒師や妖魔族が水属性魔法で洗い流してくれたため、血の匂いもそれほど強くない。


 これも陛下が命じてくれたことらしい。

 今までなら、エルフも妖魔も俺たちのことなんか気にすることはなかったし、俺たちも頼んだことはなかった。


 陛下からは砦に戻ってもよいと言われたが、陛下と共にこの場にいたいと思い、その通りに伝えた。


「陛下と共にこの場に居させていただけないでしょうか」


 陛下は俺を少しだけ見つめた後、満面の笑みを浮かべて言葉をかけてくださった。


「そうか。疲れているだろうが、交替でいいから私の護衛を頼む」


 陛下は俺たちに最高の栄誉を与えてくださったのだ。


 俺たちは陛下のいらっしゃる天幕を守るように円陣を組んだ。

 その様子を見た陛下は苦笑された。


「他の部族の戦士もいるから、もう少し気楽に護衛をしてくれればいいぞ」


 しかし、俺は直立不動でそれに答えた。


「陛下の護衛という名誉ある任務を与えていただいたのですから、全力でお守りすることは当然です」


「そ、そうか。ならば、存分に励め。諸君らが守ってくれるなら、これ以上安全な場所はない」


 ほとんどの戦士はそのお言葉を直接聞くことはなかったが、俺たちが伝えたため、涙を流して喜んだ。

 ゴイン様にその話をすると、驚きながらも喜んでくださった。


「お前たちは鬼人族の誉れだ! 故郷に戻ったら、皆にこの話をしてやるのだぞ!」


 俺の故郷はエフドナリィという町だ。

 陛下と言葉を交わしたと言っても信じてもらえないかもしれないが、帰ったら必ずこの話をするつもりだ。


 しかし、今は悠長に故郷のことを考えている暇はない。

 何と言っても、陛下をお守りするという大切な任務があるからだ。


 翌朝、目覚められた陛下が天幕から出てこられた。


「護衛、ご苦労。この後、私は一足先にブレア城に戻るが、諸君らが戻り次第、祝宴を執り行うつもりだ。と言っても祝宴は夜に行うつもりだから、ゆっくり戻ってきてくれたらいいぞ」


 それだけおっしゃると、天幕の中に戻っていかれた。

 俺たちを労うためだけに出てこられたのだと気づいたのは、しばらく経ってからだった。

 なぜか視界が霞んでいた。

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