第14話「挑発」

 ブレア城の会議室で古龍族のアルビン、妖魔族のアギー、ロック鳥のカヴァランに指示を与えた後、ラントは夜襲に向かう妖魔族を見送った。


 妖魔族は総勢約二百名。いずれも全属性の魔法が使え、近接戦闘も可能な一騎当千の魔法戦士だ。輜重隊を襲う戦力としては過剰と言える。


 妖魔族を見送った後、夜間に移動した死霊族のヴァンパイアたちがブレア城に到着した。

 彼らを出迎えた後、一緒に到着した死霊族の長オードに指示を出す。


「可能ならこのまま敵の野営地に向かってほしい。そして、五十名ほどの兵士を傀儡くぐつとして敵に混乱を与えてほしい。具体的には……」


 ラントはオードに指示を与えると、与えられた部屋に向かった。


 ブレア城は質実剛健の戦闘用の城だが、魔帝には豪華な部屋が用意されており、ラントは部屋に入るとソファに倒れ込むようにして横になる。


(昨日から寝ずに調べ物をして、朝から演説と移動。昼からは偵察と会議……目まぐるしい一日だったな……)


 既に深夜と言える時間となり、疲れを感じていた。


「お食事を用意いたしましたが、いかがなさいますか」


 執事服姿のフェンリル、キースが声を掛ける。


「そうだな。軽い食事を頼む。あと一杯だけ酒も付けてほしい」


 そう言うと、すぐにエンシェントエルフのメイド、エレンが現れ、料理が用意される。

 熱々のスープに、軽く焼かれたハード系のパン、更に薄い黄金色の液体が入ったグラスが用意される。


「ポトフを用意いたしました。グラスに入っておりますのは、世界樹の花の蜜で作りました蜂蜜酒ミードのソーダ割りでございます」


 ラントはポトフの香りを嗅ぎ、急激に空腹を感じた。

 よく煮込まれた牛肉らしき大振りの塊肉と野菜の入ったスープを口にすると、その豊かな出汁の香りにとろけるような気持ちになる。


「これは美味いな」


 そう言いながらパンを浸す。適度に出汁を含んだパンは香ばしい小麦の香りが加わり、一つの完成した料理と言えると、ラントは思った。

 そこでミードのソーダ割りを口にする。


「ミードってこんなに美味いものなのか! 何と爽やかで芳醇な香りなんだ……」


 彼自身、話には聞いていたが、日本にいる時にミードを飲んだことがなく、初めての味に驚いていた。


 食事を終えると、執務机に向かう。


「お休みになられないのですか? 昨夜もお休みになられませんでしたが」


 キースが心配そうにそう言うが、ラントは首を横に振る。


「明日以降の作戦を考える。といっても、あと二時間ほどで寝るつもりだ」


 その後、対勇者戦のことを考えた後、就寝する。



 翌朝、夜襲から戻ったアギーから報告を受ける。


「ご命令通り、人族の輜重隊を全滅させましたわ。死体は森の奥に運びましたから、容易には見つかることはございません。荷馬車の荷物は時空魔法で収納してまいりました」


 妖魔族は闇に紛れて野営中の輜重隊に接近し、暗黒魔法の“死の霧”という即死系の魔法を使って殲滅した。これほど容易く殲滅できたのは、輜重隊に暗黒魔法に対抗できる聖職者がいなかったためで、通常の軍隊なら魔法が効果を発揮する前に抵抗された可能性が高い。


 また、証拠を残さないようにという指示に従い、兵士や馬の死体と馬車は収納魔法を使って森の奥に捨てた。更に運んでいた食料や飼葉などが敵に利用されないよう持ち帰ってきた。


「あれだけの物を二百人で……凄いものだな……」


 四千頭の馬と七千人近い兵士の死体を運ぶだけでも大変だが、更に数千トンにも及ぶ荷物と二千輌の荷馬車を持ち帰ったことに驚きを隠せなかった。


「よくやってくれた! 明日も頼むぞ!」


「もったいない、お言葉ですわ」といつも通りの妖艶な笑みを向ける。


 更にオードからもヴァンパイアによる敵兵の傀儡化が成功したと伝えられる。


(これで仕込みは終わったな。あとは地上部隊が到着してからだ……)


 地上部隊は宣言通り、正午頃に到着した。

 鬼人族たちには疲労の色が見えるものの、巨人族と魔獣族はまだ余裕があるように見えた。


(本当に僅か一日半で二百七十キロを移動できるんだな。人族の装備を見る限り、中世から近世という感じだから、一日の行軍可能距離は通常なら三十キロ程度だろう。十倍の機動力を持っていることになるんだな……)


 巨人族のタレット、魔獣族のダラン、鬼人族のゴインが到着を報告し、そのまま作戦会議を行う。

 伝えたことは昨日、アルビンらと協議した内容だった。


 勇者との戦いにラントが参加すると聞き、ゴインは満足げに頷くが、ダランは反対する。


「勇者を甘く見てはなりませぬ。歴代の陛下はいずれも勇者を侮り、お隠れになったことをお忘れか」


「私も侮るつもりは毛頭ない。何と言っても命が懸かっているのだからな。だから勇者に対しては、アルビン、ダラン、ゴイン、アギーの四人と共に戦うつもりだ。古の者の長が四人もいれば私を守りつつ、勇者を倒すことは不可能ではないと考えている」


「しかし……」と更にダランが反対しようとしたが、そこでアルビンが口を挟む。


「陛下がよいと言っているのだ。それに我らが守ればよいだけのこと。それとも貴様は陛下を守る自信がないのか」


 その言葉にゴインとアギーも頷く。

 険悪な雰囲気になりそうになったため、ダランが反論する前にラントは口を開いた。


「私の理解では危険なのは勇者のみ。その勇者も斧のみを使い、魔法を使ったところは見たことがないと聞いている。君が守ってくれれば、私が命を落とす可能性は限りなく小さいはずだ」


 魔帝であるラントにそう言われたことで、ダランも反論できず、引き下がった。


「今日はゆっくりと休み、英気を養ってくれ。明日の朝、砦に向かう」


 その後、エンシェントエルフ部隊も無事到着した。



 翌日の一月十八日の早朝。

 ラントは城門の上から集まった兵士たちに演説を行った。その中でラントが勇者と戦うと聞き、驚くと共に“さすがは魔帝陛下だ”という声が上がった。


 ラントの思惑通り兵士たちの忠誠度は上昇したが、彼としては複雑な思いがあった。


(毎回、僕が前線に立つわけにはいかないんだけどな。相手も馬鹿じゃない。そのうち、対策を立ててくるだろう……この戦いが終わったら意識改革もやらないといけないな……)


 砦に向かうのは魔獣族と鬼人族の地上部隊で、ラントはその部隊が到着する頃を見計らってアークグリフォンのロバートに乗って移動する。


 ラントと共に向かうのはアルビンが率いるエンシェントドラゴン約百体、アギーが率いる妖魔族部隊約二百人だ。


 魔獣族のロック鳥、カヴァランと魔獣族の飛行部隊は別ルートから南に向かうことになっていた。


 砦には午前十時頃に到着した。

 砦の入口にはハイオーガの戦士長ラディが片膝を突いた状態で待っていた。


「出迎え、ご苦労」とラントはラディを労い、更に状況を確認する。


「敵の様子はどうだ?」


「昨日より動きがございません」


「勇者はどうだ? 前線にいるか?」


 その問いにラディは大きく頷く。


「おります。昨日も一度、姿を見ましたが、何もせずに戻っております。本日も朝から最前線でこちらの様子を窺っております」


 ラントは作戦通りに進んでいることに満足する。


「敵兵の様子に変わったところはないか?」


「申し訳ございません。雑兵はほとんど無視しておりました。ただ昨日より落ち着きがないように思われますが……」


 ラディは申し訳なさそうにそう言うが、ラントは自分の策が成功したと確信し、満面の笑みを浮かべる。


「いや、それだけ聞けば十分だ。よくやった」とラディに言った後、後ろに控えるアルビンたちの方に向き直る。


「これより勇者を引きずり出して倒す! アルビン、ダラン、ゴイン、アギー、付いてこい!」


 そう言って砦の城壁を上がっていく。

 四人の他にフェンリルのキースとエンシェントエルフのエレン、アークグリフォンのロバートが続くが、その後ろを不機嫌そうな顔をしたエンシェントドラゴンのローズが付いていく。


「私を指名してくれればよかったじゃない……」とローズが呟くと、ラントは苦笑気味にそれに応える。


「今回は長をあえて指名した。次があれば、君に頼むかもしれないから、それまで我慢してくれ」


「分かったわ。その約束を果たしてもらうために、あなたの護衛をしてあげるわ。感謝しなさい」


 その言葉にキースが眉をピクリと動かし、エレンが咎めるような視線を送る。


 それに気づいたラントは二人にフォローするように答える。


「頼むよ。だが、護衛は他にもいるから、そのことは忘れるなよ」


 登り切ると、神聖ロセス王国の軍隊が盾を構えて様子を見ている姿が目に入った。一見すると特に変わったところはないように見えるが、何となく落ち着きがないようにも見えた。


 アルビンたちに指示を出すと、背後に控えるエレンに風属性の拡声の魔法の発動を命じた。


 魔法の発動を確認すると、余裕があるように笑顔を作りながら城壁の先に向かう。


「勇者を詐称する暗殺者よ! 私が第九代魔帝、ラントである! 我が精鋭と戦い、勝利すれば、貴様のような下賤な者であっても私自らが直々に戦ってやろう! 勇者を名乗る矜持があるなら、我が前に出てこい!」


 魔法で拡声された言葉が峠に響く。


 ラントのオーバーな挑発によって、兵士の列が割れた。


 その間から巨大な斧を肩に担いだ壮年の男が現れた。ヘルメットは被らず、真冬の山間部であるのに上半身は毛皮のようなベストだけで、勇者というより蛮族の戦士という出で立ちだった。


 その後ろには大きな盾を持った人族の男の戦士が続き、更に弓を手にしたエルフの女狩人、黒いローブと三角形の帽子を被った人族の女魔術師、真っ白な神官服を身に纏った聖女らしき人物が現れた。


「ガハハハッ! 望み通り、勇者オルト様が出てきてやったぞ! ノコノコと出てきてくれて感謝するぜ! どうやって引きずり出そうか悩んでいたんだ、こっちとしてはな!」


 野卑な笑みを浮かべてそれだけ言うと、斧を構える。

 ラントはその野蛮な暴力の塊のような男を見て恐怖を覚えるが、それを無理やり抑え込み、更に嘲笑する。


「貴様が勇者だと? 野蛮人の間違いではないのか? 王国軍の兵士たちよ! こいつは本当に勇者なのか?」


 帝国軍から嘲りの笑いが上がり、そのあからさまな嘲笑にオルトが切れる。


「減らず口を叩いたことを後悔させてやる!」


 オルトは怒りをぶちまけた後、いきなり走り出した。


「オルト! 一人で突っ走るんじゃねぇ!」という盾戦士が叫びながら、それに続く。


 更に女狩人と女魔術師、聖女も慎重な足取りながらも砦に向かってくる。

 但し、騎士を始め、兵士たちは一歩も動くことなく、その場で見守っていた。


 ラントはこの高い城壁をどうやって登ってくるつもりなのだろうと思いながらも、作戦通りに進んでいることに満足していた。

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