第13話「偵察」
ラントはアークグリフォンのロバートらとネヴィス山脈の南側、人族が支配する神聖ロセス王国の偵察を行っていた。
ラントは侵攻軍本隊の駐屯地から偵察範囲を広げたところで、あるものを見つける。
「あの隊列は荷馬車のようだな。補給部隊が野営地に向かっているのか」
ラントの独り言にロバートが律儀に答える。
『そのようです。正面の先の方をご覧いただくと、人族の町がございます。そこを出発したと思われます』
ロバートに言われた通りに視線を向けると、森が切れた先の丘陵地帯に四角い人工物らしきものが見えた。望遠鏡を使って確認すると、彼の言った通り、城壁に囲まれた町だった。
「長い隊列だな。千輌以上あるんじゃないか?」
『概算ですが、二千輌ほどのようです。すべて二頭立ての馬車で、荷台には荷物が満載されています』
ロバートの鷲の目にはラントが望遠鏡で見るより正確に映っている。
ラントはロバートの観察能力が高いことに気づき、彼に聞く方が早いと考えた。
「野営地まではどのくらいの距離だと思う?」
『先頭で四十八キロメートルほど、最後尾は六十四キロメートルほどのようです』
この世界では“マイル”に近い単位が使われているが、自動翻訳のスキルがキロメートルに換算しているため、微妙に数字が中途半端になっている。
「道の途中に広くなっている場所が何ヶ所かある。そこで野営するんだろうな。だとしたら、夜襲を掛けるのが一番効率的だが……ロバート、グリフォンは夜目が利くか?」
『問題ございません。古龍族も妖魔族も暗視能力を持っております』
ロバートはラントの意図を汲み、他の部族の情報も伝える。
「分かった。見たいところは見た。一度、ブレア城に戻る」
そのままブレア城に戻ると、すぐに飛行部隊の指揮官たちを招集する。
古の者の長である古龍族のアルビンと妖魔族のアギーの他に、魔獣族からはロック鳥の戦士長カヴァランが参加する。
カヴァランは鋭い目つきの大柄の男で、革鎧を身に着けていた。
ラントはその鋭い視線に僅かにたじろぐが、忠誠度を確認すると、五十五と一応信頼していることが分かり、その視線に笑みを返す。
「集まってもらったのはこれからの方針を伝えるためだ。まず、今回の戦いの戦略目的を伝える。目的は国境の確保、つまり、砦の防衛だ。目標は勇者の命」
その言葉にアルビンが目を細める。
「勇者の命? つまり奴を倒すというのだな。だが、可能なのか?」
嘲笑するような口調で確認する。
「魔帝である私に力がないから聞いているのか?」と、ラントは冷静な目で聞き返す。
「そうだ。勇者は物理攻撃と魔法攻撃の双方に高い耐性を持っている。俺でも一対一では倒すのに時間が掛かる」
「時間が掛かるということは倒せるということだ。それに一対一で戦うとは一言も言っていない」
アルビンは驚きの表情を見せる。
「我らに戦士の矜持を捨てろというのか!」
アルビンの怒りに、ラントは淡々と話を続ける。
「これは戦争なんだ。最小の損害で目的を達することが一番なはずだ」
昨夜帝国内の情報を調べる中、魔帝だけでなく他の戦士も勇者に対して、一騎討ちを挑んでいることを知った。そして、少なくない数の戦士が命を落としていた。
「歴代の魔帝陛下が命じたことだ! 帝国の戦士は正々堂々と戦い、勝利すべしとな!」
アギーは興味ないという感じで艶然と微笑んでいるが、カヴァランはアルビンの言葉に大きく頷いている。
「歴代の魔帝はそう言ったかもしれないが、私はそのような無駄なことは望まない」
ラントが一歩も引かないことにアルビンは驚きながらも、更に反論する。
「しかしだ! 敵が正々堂々と挑んでくるのだ。我らが卑怯な真似をすることはできん!」
「よく考えてみるんだ。勇者は剣や槍と言った兵器と同じだ。対魔帝用に邪神が作った暗殺道具に過ぎんのだからな。ならば、我々が馬鹿正直に一騎討ちに応じる必要はない。それに嫌ならやらなくても構わん。古龍族や魔獣族だけが戦力ではないのだからな」
そう言いながらアギーを見る。
「
「貴様!」とアルビンは叫び、怒りに打ち震えている。
「一つだけ言っておく。私は神の求めに従って、この世界に平和をもたらすつもりだ。その目的を達するためなら、喜んでどのような汚名でも負ってみせる。どれほど卑怯、悪辣と罵られようがな」
怒りで顔を赤くするアルビンに、ラントはそう言い放つ。
そこに昨日の弱々しさは一切なく、アルビンは思わず言葉を失った。
ラントはアルビンの忠誠度を秘かに確認し、僅かに低下していることに気づく。そして、大きな溜め息を吐きながら、仕方がないという表情を作った。
「私が調べた限りでは、勇者には常に四人の仲間がいる。それで間違いないか」
「その通りだ。それがどうした」
突然変わった話にアルビンが怪訝そうな表情で聞き返す。
「ならば、こちらも五人で当たる。その中には私も入る。戦闘力のない私が入れば大きなハンデだ。これならば、正々堂々とした戦いと言えるのではないか?」
アルビンだけでなく、同席するカヴァランも不愉快そうな表情を浮かべ、忠誠度が下がっていた。
そのため、他の戦士にも同じような影響を与える可能性を考え、一騎討ちではないが、同数で戦うという案をラントは提示したのだ。
「確かにそれならば納得できるが、それではそなたの命を危険に晒すことになる。それでもよいのか?」
アルビンは意外そうな顔で確認する。
「今更だろう。それに勇者との戦いには君にも入ってもらう。第九代魔帝を僅か三日で失いたくなければ、君が全力で私を守ればよいだけだ」
アルビンはラントが自分の意見を採用したことに、満足そうな笑みを浮かべる。
「よかろう。我が名誉にかけて貴様を守ってやる」
「だが、この戦いの大将は私だ。私の命令に絶対に服従することが参加の条件だ。どうだ?」
「無論だ。
アルビンは大きく頷いた。
ラントはアルビンの忠誠度を確認する。
今まで五十を割っていたが、勇者と正々堂々と戦えるためか、五十一になっていた。
これにより不安定な“従属”という状態を脱し、比較的安定な“信頼”状態となった。その結果、アルビンはラントに対し“陛下”という尊称を使っている。
ラントはこのやり取りが正解だったと心の中で安堵する。
「では、話を戻すぞ。短期的な目的は砦の防衛だが、長期的には邪神と人族の関係の破壊が目的だ。そのために勇者を倒し、敵に完勝する」
「やること自体に否はないが、それで邪神と人族の関係が壊せるのか?」とアルビンが聞く。
「まだ情報が足りないからはっきりとしたことは言えないが、神聖ロセス王国の支配者、聖王の権威を失墜させる。そのためには今回の戦いで圧倒的な勝利が必要だ」
「圧倒的な勝利? 勇者だけでなく、敵軍も殲滅するということか?」
「その通りだ。だが、その前に敵の輜重隊を潰し、敵に混乱を与える」
「輜重隊を潰す……戦闘力のない者を殺して何になる」
アルビンは戦闘部隊以外を攻撃するという意味が分からず、聞き返す。
「敵軍の主力が待機している場所から最寄りの町までは百キロ以上ある。あれだけの大軍だ。輜重隊を全滅させれば遠からず食料が尽きる。そうなる前に撤退しなければならないが、本来の目的である私を倒していないのに撤退はできない。恐らく勇者辺りが攻撃を主張するだろう」
「そうだろうな」とアルビンは頷く。
「強引な攻撃を仕掛けてくれば隙ができやすい。それに兵士たちは不安を感じながら戦わなくてはならない。勇者が勝てば士気も上がるだろうが、逆に勇者が倒れれば、敵軍の士気は一気に落ち、雪崩を打ったように撤退するはずだ。そこで追撃戦に移行する」
ラントが考えたのは敵軍に動揺を与え、無謀な攻撃を誘引することだ。
魔帝討伐という大義を掲げた大軍を派遣したのに、戦うことなく撤退することを指揮官が選択することは難しい。
常識的に考えれば無傷で撤退すべきだが、指揮官としては一度でもいいから帝国にある程度の損害を与えてから、止む無く撤退というシナリオに持っていかなければ、自身が責任を問われる可能性が高い。
その心理を利用しようと考えたのだ。
しかし、彼が本来考えたのは兵糧攻めだった。
輜重隊には僅かな護衛しかおらず、飛行部隊だけでも簡単に殲滅できる。更に険しい峠道は両側が険しい崖になったところも多く、崩して封鎖することはそれほど難しくない。
この状態で十日ほど嫌がらせの攻撃を加えておけば、食料不足で勝手に全滅する。
だが、この方法は味方の戦士の士気を下げ、自分に対する忠誠度が下がる可能性があると思い、言葉にする前に却下した。
「まずは夜襲で敵輜重隊を殲滅する。古龍族では過剰戦力だ。それに妖魔族の力も見ておきたい。だから、この夜襲はアギーに指揮を執ってもらう。どうだ?」
そう言ってアギーを見る。
戦闘力のない輜重隊に古龍族を当てれば、アルビンたちが反発することを考え、比較的従順な妖魔族に任務を振ることにしたのだ。
「承りましたわ」と言って妖艶な笑みを浮かべる。
その表情にラントはドキッとするが、すぐに意識を戻し命令を伝えた。
「誰がやったのか分からないように秘かに殲滅してくれ。できるか?」
「秘かに、でございますか? できますが、なぜでしょうか?」
ラントはアギーに理由を説明し、彼女は驚きの表情を浮かべるが、すぐに笑みに変えた。
「陛下のご期待に沿うよう、全力を尽くしますわ」
更にカヴァランにもある指示を与える。
「承知。必ずや陛下が満足いく成果を上げてみせよう」
このやり取りで、アギーとカヴァランの忠誠度も上がり、ラントは心の中で安堵の息を吐き出していた。
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