第12話「ネヴィス砦」

 帝都フィンクランを発したラントたち飛行部隊は、ブレア峠の麓にあるブレア城に到着した。


 部隊に休息を命じた後、自らは出迎えた鬼人族の指揮官から情報を聞くことにした。


 指揮官はハイオーガロードのブルックと言い、人化していても強面で、ラントは僅かだが気圧される。しかし、情報閲覧で確認すると、忠誠度は六十二と比較的高く、少しだけ気持ちが軽くなる。


「ネヴィス砦の最新の状況を聞かせてくれ」


 ブルックは「御意」と短く言い、説明を始めた。


「状況はほとんど変わっておりません。初日に奇襲部隊による攻撃を受けましたが、その後は魔法兵による遠距離攻撃が主体で、敵の歩兵は城壁にすら辿りつけておりません。勇者も毎日前線には出てきますが、攻撃を行うことなく、様子を見ております」


「砦の守備隊の損害は?」


 情報閲覧で確認しているが、どの程度情報を把握しているのか確認するために聞いた。


「戦死者は最初の奇襲で出た五名のみ。負傷者は毎日出ておりますが、我が部族の治癒師による治療で完治しております」


 ラントの持つ情報と同じであり、ブルックが状況をきちんと把握していることに心の中で安堵する。


「既に戦いが始まってから十日近く経っているが、こちらから増援は送り込んでいるのか?」


 その問いに対し、ブルックは首を横に振る。


「小さな砦ですので現状の五百名より増やすことは難しいのです。無論、適宜交代はしており、疲労が溜まらないようにしております」


 ネヴィス砦は幅十五メートルほどの峠道を高さ二十メートルほどの壁で塞ぐようにして作られている。砦というより、古代中国の“関”のような防御施設だ。


 城壁の上は幅四十メートルほどになり、厚みも五十メートルほどあるが、一度に戦えるのは精々百名ほどで、交代要員を含めても五百名もいれば充分だと説明される。


「指揮を執っているのはハイオーガのラディだったな」


 ラントがそう言うと、ブルックは驚いたような表情を浮かべて頷く。

 歴代の魔帝は戦士長以下に興味がなく、名を尋ねるようなことがなかったためだ。

 そのことを感じたラントは笑いながら説明する。


「私は見ての通り戦えないからな。優秀な部下のことはしっかりと覚えておかなければ、何の役にも立たないんだよ。もちろん、君の名も知っていたぞ」


 その言葉にブルックの表情が緩む。


「昼食の後、グリフォン隊と共に砦に向かう。ラディと話をした後、そのまま敵国の偵察に向かうが、夜までには戻ってくるつもりだ」


「危険ではありませぬか」とブルックは控え目に反対する。


「先ほども言ったが、私自身は戦うことができない。だから指揮に専念する必要がある。そのためには情報は不可欠だし、自身の目で見ておかなければならない」


 ブルックはその考えがほとんど理解できなかったが、魔帝であるラントが言い切ったことで、それ以上反対しなかった。


 昼食の後、ラントはロバートらアークグリフォン十頭を率い、ネヴィス砦に向かった。

 エンシェントドラゴンのローズが同行したがったが、ドラゴンは目立つということでラントが断り、ローズも渋々従っている。


 ブレア城からネヴィス峠までは二十キロ弱。グリフォンたちの速度ならニ十分も掛からない。


 真冬ということで、峠の頂上はうっすらと雪が積もっており、体感的には氷点下をかなり下回っている。


 相手に悟られないよう、砦の手前に着陸し、人化したグリフォンを伝令に出す。

 状況を確認した結果、戦いはブルックの説明通り膠着状態で、指揮官のラディも城壁の上ではなく、砦の中で休んでいるということだった。


 そのまま徒歩で砦に入るが、同行者はキース、エレン、ロバートの三名のみで、他は敵に視認されずに山脈の南側に向かえるルートを探りに行っている。


 砦は灰色の石造りだが、石材を組み合わせたものではなく、コンクリート製のようにつなぎ目がない。これは土属性魔法で作られているためで、ラントはダムを下から見たような印象を受けていた。


 中に入ると、指揮官であるラディに面会する。

 戦闘中ということで人化を解いており、身長四メートル近い巨体を平伏させて出迎える。


「わざわざのお越し、痛み入ります」


 ラディも忠誠度は高く、ラントを快く出迎える。


「国境を守ってくれたこと、感謝する」


 そう言いながら、ラントはラディの肩に手を置いた。


 その行為にラディは驚きながらも「はっ! ありがたき幸せにございます!」と言いながら、感激の涙を流していた


 ラントは強面のラディが涙を流したことに驚きながらも、話を続けていく。


「既に飛行部隊はブレア城に到着している。明日の昼には地上部隊も到着するはずだ。偵察の結果を見てから決めるが、明後日にはこちらから攻勢を掛けるつもりでいる。それまで今少し頑張ってくれ。攻勢は増援部隊で行うからそれ以降はゆっくり休めるはずだ」


「御意! しかしながら申し上げたき儀がございます」


「何か?」


 ラントは素直に従うと思っていたので、思わず身構えてしまう。


「我らに先鋒の任をお与えいただけないでしょうか」


 ラントは心の中で安堵の息を吐き出しながらも、真剣な表情でラディの目を見つめる。ラディが功を焦って発言したのか見極めようとしたのだ。


「今回の防衛だけでも充分な働きだ。無理をしなくても、私は諸君らを評価するつもりだが」


「ありがたきお言葉なれど、これまで耐え忍んだうっ憤を晴らしたく思います。何卒、我らに先陣をお命じください」


 思った以上に冷静な受け答えに、ラントは数瞬考えた後、方針を伝える。


「よかろう。地上軍の先陣はネヴィス砦防衛隊に命じる方向で考えておく」


「ハハッ! ありがたき幸せ」


 ラディは涙を流さんばかりに喜び、再び平伏した。


「だが、作戦次第では攻勢を掛けない可能性もある。その時は私の命令に従うように」


「御意!」


 その後、休憩中の鬼人族戦士たちに声を掛ける。戦士たちは声を掛けられたことに感動し、ほとんどの者が涙を流して喜んでいた。


(末端の兵士の方が魔帝に対する忠誠度が高い。なぜなんだろうか?)


 その疑問は口にせず、グリフォンの姿に戻ったロバートに乗り込む。既に偵察ルートを探りにいったグリフォンたちは戻っており、敵に見つからずに山を迂回するルートを見つけていた。


「これより偵察に向かう。今回の目的は敵の大まかな規模と布陣を確認することだ。可能な限り敵に知られたくないから、高度は大きく取ってほしい」


 今まで帝国が積極的に偵察を行ったことはなく、今回の行動を見られることで、神聖ロセス王国に帝国が変わったという印象を与えたくないとラントは考えた。


 ロバートらはラントの意図は理解できなかったものの、魔帝の命令ということで即座に了承する。


『御意。ですが、高度を取りますと気温が一気に低下します。大丈夫でしょうか』


 この砦も標高千五百メートルほどの場所にあり、真冬の一月ということで、ラントは寒さに震えていた。


「大丈夫だ。この服は防御力だけじゃなく耐環境性も高い。モールが用意してくれた装備で問題ないはずだ」


 彼の着ている魔帝用の服は一種の魔道具だ。

 服には物理と魔法の両方のダメージを軽減する効果が付加されている。また耐環境性能も高く、真冬の高山でも真夏の砂漠でも行動が可能だ。

 マントは更に防御力が高く、人族が使うフルプレートアーマーを凌駕する性能を誇る。


 装備を整えると、グリフォンたちは静かに舞い上がった。そして、砦から十分に離れたところで山陰に入ると、尾根を掠めるように山を回り込んでいく。


 徐々に高度も上がり、気温は一気に低下する。ロバートの風属性魔法により外気をほぼ遮断しているが、ラントが吐く息は真っ白になっていた。


(想像以上に露出部分が寒いな……三千メートルくらいまで上がるみたいだから、富士山の八合目くらいの高さか。自分の目で見たいと言ったけど、失敗だったかな……)


 それでも泣き言は言わず、口元までマフラーを引き上げて寒さに耐える。


 山を回り込むと、眼下に広大な森が広がっていた。ネヴィス山脈の南側は神聖ロセス王国の領土だが、北部の森林地帯は野生の魔物が多く生息し、開発が遅れている。


(あれは砦に向かう道だな。あそこが主力部隊の野営地か。砦から何キロくらい離れているんだろう……)


 森の中をうねるように細い道があり、その先には森を切り開いて作ったらしい広場があった。大きさ的には二キロメートル四方ほどと結構広く、そこには無数のテントが張ってあり、兵士らしき人影がうごめいている。


「砦からどの程度の距離があるか分かるか?」とロバートに聞く。


『恐らく八キロほどかと』


「結構離れているな。あの場所から勾配が大きくなるからか……」


 更に偵察範囲を広げていくと、あるものが目に入った。

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