第2話「最弱」

 突然召喚されたラントは古森人エンシェントエルフの美女、エスクから説明を受けていた。


 “魔帝”という言葉を聞き、ラントはぼんやりと“やはり異世界召喚の夢なのだな”と考えている。

 エスクにはその様子が余裕に見え、優しい笑みで見つめた後、再び口を開いた。


「では、説明を続けさせていただきます。魔帝陛下は代々、異世界よりご降臨いただいております。強大な力を持ち、人族の魔手より世界樹をお守りいただくためでございます……」


 世界樹という言葉にラントは反応しそうになるが、今はどんな話が聞けるのかという好奇心が勝り、口を噤む。


「……世界樹は神に代わり、世界の調和を行う存在です。しかし、人族は自らの寿命を延ばすという利己的な目的のため、その世界樹を我が物にしようと考えております……」


 エスクの説明は続いた。

 彼女の話では“ヒューマン”と呼ばれる人族は百年に満たない寿命を延ばすため、不老長寿の力を持つ世界樹を手に入れようとしている。


 人族は能力こそいにしえの者たちに劣るものの、その数は圧倒的で、ごく稀に強力な力を持つ者が現れるため、五千五百年ほど前に世界樹が奪われそうになった。

 そのため、神は魔帝という存在を異世界より召喚し、世界樹を守る国を作らせた。


「魔帝陛下は優れた身体能力と魔法の才能、更には神のご加護により物理攻撃と魔法攻撃、毒などの異常状態を完全に無効化できる力をお持ちです。初代グラント陛下がご降臨され、我が帝国は人族の侵攻を防ぐだけでなく、逆に人族の国を次々と降伏させ、平和な時代を築くことに成功しました。その後、平和な時代が数百年続いたのです……」


 そこでエスクの表情が怒りに満ちたものに変わった。


「しかし、人族の信じる邪神は“勇者”なる邪悪な存在を作り出し、魔帝陛下を暗殺したのです! また、多くの仲間を失い、平和な時代は終わりを告げました……」


 勇者は魔帝を殺すために人族の神が作り出した存在だ。


 戦闘能力に優れ、圧倒的な攻撃力と防御力、そして古の者たちとは比較にならないほど早い成長により、十年ほどで最強の古龍に匹敵する力を得ることができる。

 更に魔帝の持つ神の加護を無効化する特殊能力を持っていた。


「勇者は不死身ではありませんが、命を落とせばすぐに次代の勇者が現れます。そのため、人族は勇者をまるで使い捨ての道具であるかのように使い、陛下のお命を狙い続けてきたのです。これまでの歴代の魔帝陛下はすべて勇者によってお命を奪われております」


 それまでラントには現実感がなかったが、自分の命が危ういと聞き、恐怖を感じた。


(僕が魔帝ということは勇者に命を狙われ続けるということか? 最強のテロリストの標的として生きろというのか……いくら無敵に近い力をもらったとしてもそんな生活はご免こうむりたい……)


 それでも彼は自分も魔帝の力を得られたと思っており、命を狙われると聞いてもまだ余裕があった。


 その時、一人の男が立ち上がった。先ほど紹介された純白のコートを纏ったエンシェントドラゴンのアルビンだった。


「話はもういいだろう。その者が我らを率いる資格を持たぬことは、そなたも分かっておろう!」


「控えなさい、アルビン! 陛下に対し無礼が過ぎます!」


 エスクが鋭く命じるが、アルビンはラントを見下ろすだけだった。


「私に資格がないとは……」とラントは気圧されながらも疑問を口にした。


「貴様のステータスを見たが、野良のゴブリンの子にすら劣る。スキルも“情報閲覧”と“自動翻訳”という戦闘に全く関係ないものしかない。雷帝と呼ばれた、先代のブラックラ陛下と比ぶべくもないわ!」


 アルビンの言葉はエスクを含め、誰も否定しなかった。


(僕に力がない……確かに強くなったという感じは全くないけど……最強と呼ばれた歴代の魔帝ですら殺されたのに、何の力もない僕が生き残れるはずはない……それよりも役立たずとして追放されるのか……好きでここにいるわけじゃないのに……)


 ラントはこの理不尽な状況に怒りを覚えつつも、相手の存在感に気圧される。しかし、この状況を変えるべく言葉を発した。


「僕を元の世界に戻すことはできないんですか……アルビンさんの言うことが真実なら、僕がここにいても何の役にも立たないと思うんですが……」


 その問いにエスクが悲しげな表情を浮かべて答える。


「この世界で最も時空魔法に精通した者であっても、世界の壁を越えることはできません」


「つまり、帰る方法はないと……なら、なぜ僕を呼んだんですか! もっと適した人がいるはずじゃないですか!」


 ラントの叫びにエスクは小さく首を横に振った。


「我々にご降臨いただく魔帝陛下を選ぶことはできません。神がお決めになることなのです。陛下には神が選ばれた理由が必ずあるはずです」


「それは何なんですか? 自分の身すら守ることができないのに、世界を守ることなんてできませんよ……」


 最後の方はほとんど声になっていなかった。

 落胆したラントを見ていられなくなったのか、エスクはアルビンに強い視線を向けた。


「アルビン、陛下に謝罪しなさい!」


「なぜだ? 俺は事実を告げただけだ。第一、お前も同じことを考えたのだろう? ならば謝罪の必要はないはずだ」


 悪びれもせずアルビンは言い放った。

 エスクはその言葉に反論せず、ラントを慰めに掛かる。


「ラント陛下には歴代の陛下になかった特別なお力があるはずです。そうでなければ、神がお選びになるはずがありません」


 その言葉でラントは僅かに希望を持つが、一度落ち込んだ気分は元に戻らなかった。


「陛下のお加減がすぐれません。この謁見は中止し、陛下にはお休みいただきます」


 エスクがそう言うと、五人の男女は一度頭を下げた後、降臨の間を出ていった。アルビンともう一人の偉丈夫ゴインは頭を下げることなくラントを一瞥すると、何も言わずに立ち去った。


 残ったエスクはラントの肩に手を置いた。


「陛下のお部屋で休みましょう。お立ちになれますか?」


 ラントはエスクに言われるまま、ゆっくりと立ち上がり、歩き始めた。

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