円卓懇親会 6
挨拶回りが終わり、ギルヴィスはいったん部屋の端の方に移動し、ヴァーリア師団長の姿を探して周囲を見回した。それなりに人がいるものの、大半の人間が座っているため、小さなギルヴィスでも立つと目立つ。だからか、ギルヴィスがヴァーリア師団長に気づくより先に、向こうがギルヴィスに気づいたらしい。
「陛下」
「ああ、ヴァーリア」
「挨拶回りは終えられたのですか?」
「はい、無事終わりましたよ」
そう言って、ギルヴィスは少し胸を張る。
「私ひとりでこなせましたでしょう?」
「何よりでございます」
「……ふふ」
半分冗談くらいの気持ちで言った言葉に、思いのほか優しく誇らしげな笑みが返ってきて、ギルヴィスは気恥ずかしそうに笑った。
「挨拶回りが終わったのでしたら、そろそろ陛下もお食事をなさっては如何でしょうか」
「そうですね。ヴァーリアは、もう頂いておりますか?」
「いえ、私は」
首を横に振った臣下に、そこそこの時間があった筈だがと不思議に思ったギルヴィスだが、すぐに合点が行った。
「ああ……、貴方が主君より先に食事を与る訳がありませんでしたね。すみません」
「とんでもございません、陛下。どうかお気になさらず」
ヴァーリア師団長は微笑みながらそう言ったが、時間も時間だ。流石に空腹になってきていることくらい、察しがつく。どちらかと言えば堅物のこの男なら、たとえ先に食べていてくれと言ったところでそうはしなかっただろうが、ギルヴィスは自分の気の利かなさを申し訳なく思った。
「私たちも一度、腰を落ち着けましょうか」
ギルヴィス自身も既に腹が空いているので、何かを口にしたい気持ちは強い。どの国の料理もとても美味しそうだが、ギルヴィスは銀の王が食べていた魚料理が気になっていた。金の国ではあまり生魚を食べる習慣がないのだが、青だとごく一般的な食べ方であるらしい。新鮮で美味しい魚介が豊富な青のなせる業なのだろう。
食べたことの無い料理は好きだ。それが美味しいと確約されているのなら、尚更食べない訳にはいかない。
そんなわけで、青の国の料理のところまで行こうと足を踏み出したところで、わぁっと複数人の声が上がったのが聞こえた。
何事かとそちらに目を向ければ、例の飲み比べ三人衆のところからであった。夥しい酒瓶の中心に、橙の王がグラス片手に上機嫌に大笑いをしていて、赤の王は常とまったく変わらない顔色でグラスを干していた。そして残りのひとり、青の王はと言うと、
「……あ、あれは……」
顔面からテーブルの天板に突っ伏して、ぐったりと力ない。テーブルの上で、右手に握られたままになっている飲みかけのグラスが、なんだか物悲しかった。
そんな青の王にあわあわと声をかけているのは、青の国の供回りの臣下たちだ。先ほどの焦った声は多分、彼らのものである。
そんな騒ぎの中でも、青の王はぴくりとも動く気配がない。少し心配になって、ギルヴィスはいったん進路をそちらに切り替えた。
「あ、あの……」
「ん、ああ、ギルガルド王に、師団長殿。楽しんでおられるか?」
「お気遣いありがとうございます、グランデル王。それでその、ミゼルティア王は……」
心配そうに青の王の様子を窺うギルヴィスに、答えたのは橙の王だった。
「なぁに心配は要らんぞ! ミゼルティアの坊ちゃんが潰れるなんて、今に始まったことじゃあない! 頑張りはするのだが、まあ相手が悪いのだ!!」
がっはっは、と大笑いをする橙の王は、すっかり顔が赤くなって、かなり酔いが進んでいるようだった。いつもの数倍声が大きい。
そして坊ちゃん呼ばわりされた青の王は、普段ならば青筋必至で橙の王に水魔法を飛ばしていただろうが、やはり反応が無い。完全に意識が落ちているのか、起きてはいるが反応する余裕が無いのか、聞こえてすらいないのか。顔が見えないため、その判別はつかなかった。
「ではそろそろ、ミゼルティア王は部屋に運び入れよう。この姿勢では身体に悪い」
そう言った赤の王が、青の王を横抱きにして立ち上がる。赤の王よりは細身とはいえ、大の大人である青の王を簡単に抱き上げるその姿には惚れ惚れしてしまう、とギルヴィスは思った。だが、赤の王を毛嫌いする青の王に、その行為は大丈夫なのだろうか。ふと視線を巡らせれば、同じことを考えているのか、青の王の臣下たちは先ほどよりも顔色が悪くなり、赤の王を止めようとしていた。曰く、自国の王を部屋に運ぶくらいはする、ということなのだが、
「いや、酔い潰してしまったのは私だからな。これくらいの責任は持とう」
そうして赤の王は、横抱きにされている青の王を見て爆笑している黄の王に休憩できる部屋の場所を尋ねると、すたすたと運んでいってしまった。あまりにも自然な流れに置いていかれてしまった青の臣下たちが、慌てて赤の王を追って会場を出て行く。
その後姿を見送ってから、ギルヴィスは苦笑交じりにヴァーリア師団長を見上げた。
「……ミゼルティア王のご無事も確認したことですし、今度こそ、食事を取りに行きましょうか」
果たしてあれを無事と言って良いのだろうか、と思った師団長だったが、きっと同じことを金の王も考えているのだろうと思ったので、黙って笑みを返すに留めた。
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