円卓懇親会 1

 リアンジュナイル大陸にある円卓の十二国は、決して一枚岩ではない。基本的に北方国と南方国は仲が良いとは言い難く、当代の赤と青などは不仲であると断言できるほどだ。

 だが、たとえ性質が逆だろうと王同士が相容れなかろうと、大陸に危機が迫れば、円卓の連合国同士協力することが求められる。

 そのため、少しでも円卓同士の親睦を深めようと、千年以上前より開かれているのが、年に一度の懇親会なのだ。

 懇親会の会場は毎年持ち回りで決まっており、今年は黄の国での開催である。と言っても、懇親会の名目は飽くまでも交流であるため、開催国は場所の提供だけをして、飲食物は各王が自国の名産品等の食材を持ち込み、自国の料理人に調理させ、皆に振舞うのが決まりだ。

 即位したばかりの金の王、ギルヴィスは、今回の懇親会が初めての参加だった。以前に参加した、南方国だけで行われるハーフ円卓会議とは違い、懇親会は全ての王が集う一大行事である。供回り兼護衛のヴァーリア師団長と王宮の料理長、料理人の数人を連れて黄の国にやって来た金の王は、粗相がないように緊張しつつ王宮の門を潜った。

 案内された会場は王宮にある大広間だった。黄の国らしく、絨毯の上に置かれたクッションに直に座る様式である。足の低いテーブルの上には既に食事や飲み物等が運ばれていて、リアンジュナイル各国の料理が並んでいるさまは中々に圧巻である。

 金の王はヴァーリア師団長と共に少し早めに会場入りしたのだが、その時には既に白や北方の国の王とその供回りが揃っていた。一部の国がまだ到着していない南方国とは大きな違いである。このあたりがまた、北方と南方の不仲の原因にもなるのだろう。

 そのあたりまでは金の王の予想通りだったが、先々を見越して早めに到着していた王たちの中には、なんと遅刻欠席魔で有名な黒の王の姿まであった。

 金の王はあまり黒の王と話したことがないどころか、黒の王が円卓会議をことごとくサボるせいで一度しか見たことがないのだが、そんな彼がこんなにも早く会場にいるとは前代未聞なのではないか。

 そんなことを思った金の王が黒の王をじっと見ると、どうやら彼は隣にいる供回りらしき男にしっかりと腕を掴まれていた。なんとなくペットの散歩を彷彿とさせる光景だな、と思ってしまった金の王だったが、いやいや無礼が過ぎる考えだ、と我に返って己を叱咤した。

 そうやって他の王をそれとなく観察しながら会の開始を待っていると、開始時刻に少しだけの余裕を持って橙の王が会場入りをした。入るや否や緑の王から痛烈な皮肉を食らっていたようだったが、豪快な王に堪えた様子はなかった。そして最後の薄紅の王は、美男美女を数人引き連れてほぼ時間ぴったりに姿を見せた。これでようやく、全ての王が揃ったことになる。

「さて、それじゃあ皆さんお揃いで。ようこそリィンスタットへいらっしゃいました」

 ぱんぱんと手を鳴らした黄の王が、場の全員の視線を浴びながらそう口を開いた。

「毎度恒例の円卓懇親会、勝手は皆さん判ってると思うんで、取り敢えず始めましょーか。あ、ギルガルド王は初参加だったか。まあ適当に飲み食いすりゃいいだけの会だから、難しく考えずに飲んで騒いでくれや。つーわけで、乾杯の音頭は俺が取らせて頂きますねー」

 黄の王がそう言うと、各国の供回りたちが自国の王にグラスを渡し、飲み物を注いだ。そうか乾杯か……と思った金の王が、はっと隣を見上げると、目が合ったヴァーリア師団長がグラスを差し出しており、にこりと微笑んだ。

(流石ヴァーリア、抜かりない……! 付いてきて貰って良かった……!)

 優秀な部下に感謝をしつつグラスを受け取った金の王は、続けてジュースを注いでくれた師団長に、にこりと微笑みを返した。本当はお礼を言いたいのだが、こういう公式の場で部下に軽々しく礼を言うのはあまり良くないと教わったのだ。尤も、南方国はそういうことを一切気にしない自由な王ばかりなのだが、真面目な幼王は教えをきちんと守っているのである。

「そんじゃ、各々の国のこれからの繁栄と、リアンジュナイルの平和を祈りつつ、まあ程々に仲良くやっていきましょーやってことで! かんぱーい!」

 黄の王の締まりのない音頭を合図に、円卓の懇親会が始まった。




「さて、まずは挨拶回りをしなければなりませんね」

 グラスを空けたギルヴィスは、そう口にしてむんっと気合を入れた。挨拶回り用の菓子は用意したし、準備は万端だ。重要なことだけを話し合う普段の会議とは違い、懇親会は社交の場だ。他国の王、特に北方の国々や、白と黒という特殊な立ち位置の王と交流を図れるこの機会を、みすみす逃すわけにはいかない。何よりギルヴィスは若輩にして新参者、己から動かねばなるまい。

 ギルヴィスが意気込んでいると、後方から声をかけられた。

「ギルガルド王」

「あ……」

 声の方に目を向ければ、そこにいたのは赤銅の髪の偉丈夫、赤の王ロステアールだった。

「グランデル王! こんばんは、ご健勝のご様子、何よりです」

「こんばんは。貴殿もつつがないようで何よりだ」

「ありがとうございます。今伺おうと思っていたのですが、来て頂く形になってしまい申し訳ございません……」

 そっと頭を下げたギルヴィスに、赤の王が微笑む。

「いやいや、そう気にすることではない。寧ろ、一番に私のところへ来てくれるつもりだったご様子、嬉しい限りだ」

「そ、それは当然のことです。グランデル王は、私が尊敬する素晴らしい王でいらっしゃいますから」

 頬を紅潮させて言うギルヴィスに礼を述べてから、赤の王は表情を緩めた。

「歴々と続く懇親会ではあるが、あまり気負う必要はない。折角こうも各国の名産品が揃っているのだ。ここはひとつ、盛大に食を楽しまねば」

 そう言う赤の王はどこか悪戯っぽい顔をしていて、どうやらやんわり気遣われているのだと気づいたギルヴィスは破顔した。

 そこでふと、赤の王の背後に控えている供回りの人物に目が行く。精悍さよりも優美さの際立つ顔をした赤い髪の男は、どうやら赤の国の騎士のようであるが、見たことはなかった。

 そんなギルヴィスの視線に気づいた赤の王が、ああ、とその男を前に進ませた。

「紹介が遅れてしまったな。こちらはミハルト。我が国の中央騎士団の副団長だ。今回私の供回りとして付いてきてくれた」

 ミハルト副団長は整った顔立ちに優美な笑みを浮かべ、恭しく一礼した。

「はじめまして、ギルディスティアフォンガルド王陛下。私は、グランデル王立中央騎士団の副団長を務めておりますミハルト・フレイン・ブロンナードと申します。お目にかかれて光栄でございます」

「中央騎士団の! であれば、さぞや腕の立つ方なのでしょうね」

「ありがとうございます」

「ミハルト副団長殿、こちらは我が王国軍の師団長、ヴァーリアです。ヴァーリア」

 促され、ヴァーリア師団長が一歩前に進み出る。

「はじめまして。カリオス・ティグ・ヴァーリアと申します。……ブロンナード副団長殿の武勇は、寡聞ながら存じ上げております」

「はじめまして、ヴァーリア師団長殿。私はミハルト・フレイン・ブロンナード。私も貴方のお話は耳にしています。ギルディスティアフォンガルド王には、大層優秀な武人がついておられると」

「いえ、まだ私など」

 にこやかに会話を交わしている二人を、ギルヴィスは交互に見遣った。それから赤の王に視線を向けると、彼も彼で、なんとなく微笑ましそうに二人を見ている。

 ギルヴィスはひとつ、決意したように頷いた。

「ヴァーリア」

「はい」

「決めました。私はこれから一人で挨拶回りをして参ります」

「へ、陛下!?」

 決意に満ちた目のギルヴィスに、ヴァーリア師団長は目を丸くした。だが、いえそんな、私も、と言い募ろうとする部下を、ギルヴィスは片手で制した。

「挨拶回りくらいならば、私一人でもこなせましょう。なので貴方はお話を続けていてください。グランデル王国の中央騎士団副団長と会話をする機会などそうそうありません。きっと良い知見が得られるでしょう」

 ギルヴィスはそう主張して、ヴァーリア師団長の手から挨拶回り用の菓子が入った袋を受け取った。

 この師団長が背後に控えていてくれれば確かに安心だろう。しかし、今後いつ何時でも彼が傍にいてくれる訳ではないのだ。一人で立ち向かわねばならない物事が、この先幾らでもあるだろう。それを考えれば、挨拶回りくらい一人でやらねば、と思ったのである。

 一方の師団長はまだ何か言いたげな顔をしていたが、そこに赤の王がすっと口を挟んだ。

「ヴァーリア師団長、ギルガルド王もこう言っておられることだし、ミハルトの相手をして貰えないだろうか。貴殿のような優秀な武人が相手ならば、ミハルトも楽しく過ごせることだろう」

 その言葉に、ミハルトが笑みを浮かべてヴァーリア師団長を見た。

「陛下の仰る通り、私も前々から貴公とお話したいと思っておりました。もしご迷惑でなければ、お願いできませんか?」

 赤の王の意図を汲み取ったミハルトがそう言えば、ヴァーリア師団長はやや困った表情を浮かべ、ちらりと金の王を見た。

「光栄なお話ですが……、」

「大丈夫ですよ、ヴァーリア。そんなに心配しないでください。敵地に赴くわけではないのですから」

「しかし、」

「グランデル王、ありがとうございました。こちらをどうぞお受け取り下さい」

 納得がいかない様子の師団長を敢えて無視したギルヴィスが、持参した手土産を赤の王に差し出す。

「ああ、ありがとう」

 手土産を受け取ってくれた赤の王に微笑んでから、ギルヴィスは次の目的地を目指して足を踏み出した。

「それでは行って参りますね、ヴァーリア!」

「へ、陛、……いえ。どうぞ、お気をつけて」

 意気揚々と去っていくギルヴィスを呼び止めかけ、ヴァーリア師団長は思い留まった。金の王の考えが、なんとなく判ったのだ。王が求めるならば幾らでも力を貸す気がある師団長だが、まだ幼い王がひとりで歩くと奮起しているのを妨げるほど、過保護なつもりはない。

 一人離れていく小さな背を見送る師団長は、幼き王の成長を目の当たりにし、少し胸が熱くなった。

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