円卓懇親会 2
赤の王と別れたギルヴィスがまず向かったのは、紫の王の元だった。
紫の王は部屋の端の方にちょこりと座って、黙々と料理を食べているようだった。供回りの姿が見当たらないが、料理を取りに行ったりしているのだろうか。当代の紫の王は積極的に人と関わるタイプではないから、もしかすると挨拶回りを部下に任せているのかもしれない。
そんな紫の王に声を掛けようとしたギルヴィスだったが、彼が声を発する前に、陽気な声が耳に届いた。
「ベルマ殿~~~!」
黄の王である。
片手に持った盆の上に飲み物と菓子を用意して、にへらと笑う黄の王を見た途端、無表情に近かった紫の王の眉間にぎゅっとシワが寄った。
「うるさい。あと名前呼びやめて。ここは公式の場」
「まーまー固いこと言わないでくださいって! 隅っこでひとりのんびりなベルマ殿もお可愛らしいですけどぉ、良かったら俺と一緒にお喋りしましょうよ~」
そう言ってすとんと隣に座った黄の王に、紫の王の眉間のシワがさらに深まる。だが、当然ながら黄の王が怯む気配はない。
「ほら、ベルマ殿甘いものが好きじゃないですかぁ。ウチの特産、カルチの実のジュースと、ミルミノベリーたっぷりのゼリーですよぉ。ベルマ殿に是非食べてもらいたいなぁ~って」
「…………それは貰う。でもうるさい。あと名前、やめてって言ってる」
「そういうつれないところも最っ高です!」
「死んで」
二人のやり取りを少し離れたところで見ていたギルヴィスは、凄いな、と内心感嘆の声を上げた。勿論、明らかに邪険にされているにも関わらず、一向にめげる様子がない黄の王に、である。
ともあれ、彼らのやり取りの中で、紫の王が甘いもの好きと判ったのは良い収穫だ。ギルヴィスが用意した手土産もお菓子だから、きっと喜んで貰えるだろう。しかし、どのタイミングで話しかけて良いものやら。
ううん、とギルヴィスが悩んでいると、黄の王を見ないように視線を彷徨わせていた紫の王と、不意にばっちりと目が合った。思わずどきりとしたギルヴィスを紫の王が呼ぶ。
「ギルガルド王」
「ん? お、ほんとだ。ギルガルド王じゃん」
「どうしたの、何の用?」
すぐ傍の黄の王を無視して金の王に話かける紫の王を見て、黄の王が大げさに首を傾げる。
「あれっ、ベルマ殿、なんかギルガルド王には当たり柔らかくないっすか?」
「ギルガルド王の方がうるさくない。物分かりもいい。数倍マシ」
「そんなぁ、酷いですよぉ」
遂に黄の王に反応を返さなくなった紫の王が、来るなら早く来いと言わんばかりにじとっと見てきたので、ギルヴィスは慌てて二人に近づいた。
上からは失礼かと座って視線を合わせ、こんばんはと折り目正しく挨拶と礼をすれば、紫の王からは小さな会釈が返ってきた。
「で、何」
「はい、その、ネオネグニオ王に改めてご挨拶をと思いまして。若輩者ですが、よろしくお願い致します、ネオネグニオ王。こちらは持参した品で、西の空に浮かぶ島から輸入したマリムというお菓子です」
金の国には、魔術器以外の特産品があまりない。その代わりに、輸入大国としてリアンジュナイル外の食材や食品を取り寄せ、提供することにしているのだ。今回ギルヴィスが挨拶回り用に選んだのは、ふわふわの雲のような見た目のお菓子だった。
受け取った箱を開けた紫の王は、個包装された色とりどりのふわふわを興味深げに眺める。黄の王は、ああそれな、と機嫌良さそうに笑った。
「先に貰ったそれ、ウチの奥さんたちに出したけど気に入ってたぜ。変わった食感だけどなかなか美味いってさ。色によって味が全然違うのもウケてたな」
「ああ、それは何よりです」
どうやら黄の国には気に入って貰えたようだ。ほっと胸を撫で下ろしたギルヴィスをちらりと見た紫の王が、視線を箱の中へと落とす。
「……へぇ、リィンスタットの奥方一同が美味しいって言ったんだ」
「そうなんですよぉ、ベルマ殿! 甘いものが駄目な人以外はめっちゃ喜んで食べてましたよ~。あ、その食べてる姿も皆かわいくってですねぇ」
「うるさい黙って。……ギルガルド王、ありがとう。後でいただく」
「はい、是非!」
色よい反応が返ってきたことに胸を撫で下ろしつつ、ギルヴィスはにっこりと笑顔になった。紫の王のお眼鏡にはかなったのだろう。なかなか幸先の良い出だしである。
「それでは、私は他の方のところに行って参りますので、これで」
「そう」
ぺこりと頭を下げて辞する旨を伝えると、紫の王はいっそ素っ気無いくらいの様子で言って食事を再開した。黄の王はじゃあなと軽い調子で手を振ると、あとはもう男など目に入らないと言う様子で、紫の王に向かって再びお喋りを始めた。
「ベルマ殿、ゼリーもどうぞ! あ、俺が食べさせてさしあげましょーか! 遠慮せずに! はい、あーん!」
「…………」
「あ、ちょっとベルマ殿、結界魔法張られるとあーんできないんですけど? ……あれ? ベルマ殿? もしかしてその中完全防音ですか? まったく聞こえてない? おーいベルマ殿、ベルマ殿~!」
これ以上ないほど完全に無視を決め込む紫の王に対し、黄の王はそれでもめげる様子がない。この図太さはある意味見習うべきなのだろうか、と思いつつ、ギルヴィスはそっとその場を後にした。
「こんばんは」
ギルヴィスが次に声を掛けたのは、緑の国の王と、その隣国である萌木の国の王だった。
「おや、ギルガルド王、こんばんは」
「こんばんは、ギルガルド王。どうなさいましたか?」
「はい、お二人に改めてご挨拶をと思いまして。若輩の身ではございますが、よろしくお願い致します。それと、よろしければこちらをお召し上がり下さい。西方の島から輸入したマリムというお菓子なのですが……」
先ほどと同じように二人の前に座り、紙袋から菓子を取り出して差し出す。緑の王は直接箱を受け取ってくれたが、萌木の王は手を出さず、代わりに傍に控えていた供回りの男が受け取った。
綺麗に飾られた菓子箱を眺めた緑の王が、こくりと頷く。
「頂きますわ。ありがとうございます」
「はい。お口に合えば良いのですが」
一方の萌木の王は、供回りが持つ菓子箱をしげしげと見てからギルヴィスに視線を投げた。
「ギルヴィス王からの差し入れか。毒など盛られてはいないかな?」
「みっ、ミレニクター王!?」
とんでもない発言に、ギルヴィスはぎょっと目を瞠った。
だが、萌木の王は柔らかな笑顔を崩すことなく、変わらぬ様子でギルヴィスを見下ろしている。
そんな萌木の王に混乱しつつも、ギルヴィスはふるふると首を横に振った。
「そのようなこと、しておりません!」
「そうかい? そうだと良いんだけどね」
そう言った萌木の王が、右の掌を上に向けて小さく呪文を唱える。すると、掌の上に土を巻き込んだ小さな水の渦が生まれた。水に踊る土の粒が集まって見る見るうちに形を成していき、最終的にそこには、一羽の小鳥のようなものが現れた。陶器のようなそれは、本物の小鳥のように首を廻らせ、大人しく萌木の王の手の上に収まっている。具現魔法だ。
思わずギルヴィスがそれを注視していると、供回りの男が菓子箱からマリムを一つ取り出し、個包装を破って小鳥の前に差し出した。
「これは毒見用の人形なんだ。ほら、毒の有無なんて、毒見をすれば判る話だから」
その言葉に、ギルヴィスが小鳥から視線を上げる。その先にあった萌木の王の柔和な笑みに嵌る瞳は、その柔らかさに反して、推し量るような冷たさを宿していた。
ギルヴィスはきっと眦を吊り上げた。発言の意図は判らないが、看過できるものではない。
声を荒げそうになる自分を努めて律し、一呼吸置く。
「私に何か疑わしい部分があったのならば、勘違いさせてしまったことは謝罪致します。しかし、誓って私は何もしておりません。第一に、」
「第一に?」
自分より高い位置にある緑色の瞳を見つめ返し、ギルヴィスは胸を張った。
「本当に貴方を害すつもりならば、自身に疑いが向くような杜撰な真似は致しません。これでも王を務める身。その程度の思考力はあると自負しておりますし、それくらいならば皆さまにもお認め頂いていると思っております。それでも疑うのであれば、貴方の魔法ではなく、今すぐにでも私が毒見を致しましょう」
きっぱりとそこまで言い切って萌木の王の返答を待っていると、ふぅと小さな溜め息が聞こえた。
そちらに目を向ければ、緑の王が僅かに眉をひそめて萌木の王を見ている。
「いつもより、少々趣味の悪い冗談ですわ、ミレニクター王」
静かな口調ながらも、少し呆れたような咎めるような色を含んだ声だった。それを受けた萌木の王は、あはは、と軽い調子で笑って彼女を見た。
「そうかな?」
「ええ。毒見をされるのは一向に構いませんが、わたくしも同じものを受け取っているのですよ? これから口にしようと思っているものの毒を疑われるのは、あまり気分の良いものではありませんわ」
「ああ、それもそうだね。失礼した」
笑ってそう言った萌木の王と、もう一度小さく溜め息を吐いた緑の王を見て、ギルヴィスはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
呆然とするギルヴィスに、萌木の王の視線が再び向けられる。
「というわけで、冗談だから、そう深く気にしないでくれるかい?」
「…………驚きました」
思わず緑の王のように零しそうになった溜め息を、ギルヴィスは寸前で呑みこんだ。なんと性質の悪い冗談だろうか。
僅かに肩を落としているギルヴィスを哀れに思ったのかどうか、緑の王が少しだけ優しい声で言う。
「ミレニクター王はそもそも、どんなときも、どんなものにも毒見を行う方ですわ。それこそこの会場においても、すべてのものが、ミレニクター王の口に入る前に毒見を通ることになります。あなたの贈呈品だから、という訳ではないので、あまり気になさらない方が良いでしょう」
「……そうなのですか?」
「そうだとも。僕は昔からずっとそうだよ」
それはつまり、冗談と言いつつ信用している訳でもない、ということではないだろうか。
ギルヴィスはそう思ったが、深く突っ込んで良いのか判別がつかなかったため、大人しく口をつぐんだ。萌木の王は思っていた以上にとてもお茶目な方であるらしい、と少しオブラートに包んだ認識に改めつつ、ギルヴィスは二人にぺこりと頭を下げる。なんだか少し疲れたような気がした。
「それでは私はこのあたりで。失礼致します」
「うん、それじゃあね」
「……ミゼルティア王の元へはもう行きましたか?」
にこりと挨拶を返してきた萌木の王とは違い、緑の王は唐突に問いを投げかけてきた。不思議に思いつつ、素直に首を横に振る。
「いえ、これからです」
「そうですか。でしたら、次は彼の元へ向かうのが良いと思いますわ。……早くしないと、目的を果たせなくなってしまうかもしれませんもの」
「えっと……? は、はい、判りました」
理由はいまいち判らないが、青の王の元へは早く向かった方が良いらしい。
謎の忠告に内心首を傾げつつも、それならばとギルヴィスは次の行き先を決めた。
「それでは、ご機嫌よう」
「はい、失礼致します、カスィーミレウ王、ミレニクター王」
もう一度頭を下げ、ギルヴィスは立ち上がると、二人の元を離れていった。
そんな小さな後姿を眺めつつ、萌木の王がぽつりと零す。
「いやしかし、良かったよ。彼があそこで、『私がそのようなことをするように思えますか』とか言い出さなくて。ろくに知りもしない彼にそんなことを言われても、どう反応を返せばいいか判らなくなってしまうから」
頼りないしまだまだ不出来だけど、彼も一応王様のようだ。
感情の読めない目でそう言った萌木の王をちらりと見て、ふぅ、と緑の王が目を伏せる。
「ミレニクター王、あなたの意見にはわたくしも同感ですが……腹底の黒が漏れ出ていらっしゃいますわよ」
「おやおや、これは失敬」
にこりと笑いながら、作り出した小鳥にマリムを一口ずつ啄ばませている腹黒に、緑の王は僅かに呆れたような目を向け、同じようにマリムを口にした。
当然、毒など入っていなかった。
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