各国壁ドン事情 橙の国編
リアンジュナイルで武勇に名高い国と言えば、軍神とも称される赤の王が治める赤の国だが、実は橙の国も負けず劣らず戦士の多い国である。
そんな橙の国では、男女ともに己の力を磨くことに余念がなく、それ故に筋肉質でがっしりとした身体つきの民が多い。お陰で薄紅の王からは美しくないだの野蛮人だのと散々に言われているが、それは横に置いておこう。
そんな野蛮人の筆頭である橙の王は、今日も今日とて自国の兵たちと訓練に臨んでいた。と言っても、訓練しているのは兵たちで、王はもっぱら兵に対して稽古をつけてやる側である。
彼らの訓練はとにかく豪快で、ところかまわず破壊し尽くしてしまうのが特徴だ。そんなことだから、訓練場らしい訓練場を建設してもすぐに駄目にしてしまうため、もっぱら王宮近くにある荒野を訓練場代わりにしている。ちなみにこの荒野は、初代の橙の王が訓練場所にと地霊魔法で地形を変形させて作ったものらしい。どうやら、破壊癖は先祖代々から続くお家芸のようだ。
そんな訓練場にて、複数掛かりで向かってくる兵たちを蹴散らし薙ぎ倒し雄叫びを上げていた王は、一区切りついたところで、全体に向かって休憩の号令を掛けた。それに従った兵たちが、その場にどさりと腰を下ろす。王は未だに元気が有り余っているようだったが、兵の方は大分限界が来ていたようだ。
そんな束の間の休憩中、一人の若い兵が、王の傍に歩み寄った。
「そういや陛下、壁ドンって知ってますか?」
王に対して随分と気さくな話し方だが、橙の国はそのあたりも豪快というか大雑把なので、咎める者は誰もいない。
「ん? 壁ドン? なんだぁそりゃ」
「なんか今、リアンジュナイル中で流行ってるらしいんですよ」
若い兵がそう言えば、近くにいた別の兵たちからも声が上がる。
「俺も聞いたことあるぞそれ」
「私もあるな。確か、流行の本に書いてあるんだったか?」
「あー、うちの女房がその本読んでたような気がするな」
口々に話す兵たちを見てから、王が若い兵に視線を戻す。
「それで、その壁ドンとやらは一体なんなんだ?」
問われた若い兵は、いやぁそれが、と笑った。
「彼女から聞いただけで、よく知らないんですよねー。その彼女も、なんか知り合いの女の子から聞いたってだけで、あんま詳しくは知らないみたいで。ただ、めちゃくちゃ良いものらしいですよ?」
そう言った若い兵に続いて、他の兵たちもあーだこーだと言い始めた。
「私は……、なんだっけかな。ああ、気分上がるだかテンション上がるだかって聞いたな」
「よく判んねーけど、なんかとにかく凄いんだよな」
「そうそう。凄くてやばくてうひょーって感じなんだってな」
わいわいと話しているうちに、なんだなんだと他の兵まで集まってくる。そうして大所帯になったのは良いが、それでもなお壁ドンの正体を知る者は現れず、ただふわふわとした情報だけが飛び交うせいで、より一層混迷を極めるだけだった。
だが、それも仕方がないことだ。なにせここに居るのは、読書に割く時間があれば全てを鍛錬に費やすような鍛錬馬鹿ばかりである。故に、どいつもこいつも右から左に流した他人の話しか情報源がないのだ。
そんな状態なので、結局のところ壁ドンとはなんぞや、と大勢で首を傾げることになる。
朧気ながら判ったことがあるとすれば、なんだか良いものらしい、気分が上がるらしい、とにかく凄いらしい、憧れる人が多いらしい、といった、大変曖昧な情報ばかりだ。
だがそんな僅かな情報を繋ぎ合わせて、偉大なる橙の王はひとつの答えを見出した。
「よぅし! 判ったぞお前ら!」
突然そう叫んだ橙の王に、全員の視線が集中する。
「えっ!? この情報だけで!?」
「マジですか!?」
「いやいや流石の陛下でもそれは難しいっしょ!」
好き勝手に詰め寄ってくる兵たちに対し、王はすっくと立ち上がった。
「いいや、確かに儂は判ったぞ! 今ここで、お前たちに見せてやろう!」
自信満々に仁王立ちする王には、流石の威風があり、兵たちは思わず黙り込んでしまう。いや、威圧された訳ではない。もっと単純に、俺たちの王陛下カッケェ……と感動しただけである。
そんな兵たちが固唾を呑んで見守る中、橙の王はばっと片手を天に向かって振り上げ、大声で叫んだ。
「行くぞォオオオッ、地霊ィイイイイッ!!」
王の叫びを受け、凄まじい地響きと共に大地が揺れた。鍛え抜かれた兵たちが思わずよろけるほどの揺れの中、微動だにせず大地を踏みしめてる王は、流石と言うべきか。
そして次の瞬間、王の足元の地面が、ドォォォォンという地鳴りを響かせて隆起した。
それはもう目を瞠るほどの勢いで天高く大地が伸び上がっていき、その大地の上に立っている王の姿が、あっという間に豆粒のようになる。こうして生まれた土の壁は、壁と言うにはあまりにも分厚く、高く、範囲もやたらと広いので、最早ものすごく高い台地が生成されたと言っても過言ではなかった。
兵たちが呆気に取られるなか、遥けき高みより下を見下ろした王が、ぐっと拳を突き上げた。
「どうだぁお前たち! 儂の壁ドンに勝るものはおらんだろう!!」
わっはっは、と、物理的な距離をものともしない声量で、王が豪快に笑う。そんな自国の王を見て少しの間呆けていた兵たちは、はっとするや否や、ふるふると肩を震わせた。
そして、
「す、すっげぇええええ!! 流石はライオテッド王!! 超すっげぇ!!!!」
「やべぇ!! マジではんぱねぇ!!」
「かっけぇええ!!」
「うぉおおお!! 陛下ァ!! 最ッ高ですぅうう!!」
「陛下ああああああっ!!」
「ばんざい!! ばんざい!!」
「ライオテッド王!! ばんざーい!!!」
その場の兵と言う兵が全員立ち上がり、拳を突き上げ、偉大なる王へと惜しみない歓声を飛ばす。なにせ一人当たりの体積が大きい上、筋肉と筋肉とそして筋肉という状況では発生する熱量も大変多いので、なんというか、むさ苦しい光景である。
だが、そんな光景を非常に好ましいと感じる王は、浴びる歓声の嵐に一際大きな笑い声を上げ、天高らかに吠えてみせた。
「わっははははははは!! これが儂の壁ドンだああああああッ!!!」
橙の王が隆起させたこの壁もどきは壁ドンとして民に広く親しまれることになるのだが、咎める者が誰もいないどころか、こぞって真似をし始める、という国家の現状を憂いた橙の王獣が、後日こっそりと元の地形に戻したそうである。
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