ウロくんの王様講座 2

「それとも、君たちが気になるのは個々の話かな? でも、それは本当に大差ないんだよ。全員漏れなく、根底にあるのは奉仕の念さ。根が同じなんだから、育つ枝葉も似たり寄ったりになるでしょ? ……まあ、そうだねぇ。頑張って些細な違いを抽出してみるとしたら……、」

 そう言ったウロが、脚を組むのをやめて、居住まいを正した。

「王とは」

 その言葉を発すると同時に、ウロの姿が歪み、みるみるうちに赤の王の姿になる。そしてその口から、赤の王の声が滑り落ちた。

「民の総意を具現すべき存在である。民が平穏を望むのならば平穏を。争いを望むのならば争いを。そこに私の意思は介在せず、異を唱える権利もない。それで国が滅ぶとしても、それもまた民の意思だ」

 表情らしい表情もなくそう述べた赤の王の姿がぐにゃりと歪んだかと思うと、今度は青の王の姿へと変わった。

「王に足るこの血筋を守り、より王にふさわしい者を後世に残すべきが王です。魔法のような生まれもっての能力には、どうしても血統が関わってくる。私たち王族は、可能な限りそれを混じりけのない純粋なものとして保つべきです。その行いこそが、次代の優れた王を生むのですから」

 冷たさすら感じさせる静かな声がそう言えば、青の王の流麗な姿が歪み、次は大柄な男、橙の王の姿が現れた。

「いついかなるときも先陣を切り、立ちはだかる壁を破壊するのが王だ! 乗り越えるなど生ぬるい! 困難を完膚なきまでに叩き壊し、儂の生きざまをこの背で語る! それを見て初めて、民は心から儂を信頼し、付き従ってくれると言うものだ!」

 そう言って豪快に笑った橙の王の姿が、またもや歪む。そして今度現れたのは、緑の王だった。

「あらゆる言葉に耳を傾け、一人よがりにならないことが、王に求められることですわ。民を信じ、民の意見を常に取り入れ、民と共に国を良くしていくのです。王というものは、たった一人で最良に至れるものではありませんもの。民と共に歩み、互いに高め合うからこそ、真に王に相応しい人間になれるのです。だからわたくしは、王は決して一人になってはいけないものなのだと思いますわ」

 しとやかな声がそう言えば、目を伏せた緑の王の姿が歪んだ。次いで像を結んだのは、黄の王だ。

「常に笑っておちゃらけるくらいの余裕を見せるのが王でしょ。民との距離はなるべく近く。多少馬鹿に見えるくらいが丁度良いかもな。俺が笑ってるだけで誰もが安心できるようになったら、それこそ王冥利に尽きるってもんだ」

 そう言って黄の王の姿が軽薄な笑顔を見せれば、次に現れた萌木の王は、黄の王とは打って変わった、落ち着きのある穏やかな微笑みを浮かべた。

「疑うことこそが、王の本質なのではないかな。少なくとも、僕は誰も信じない。勿論、僕自身のこともね。生き物なんて、大なり小なり過ちを犯すもので、たとえそれが神であろうとも、きっと変わらないだろう。だから、僕は常に全てを疑ってかかるよ。思考をやめないことこそ、国を導くために最も重要な手段だと考えているからね」

 耳触りの良い柔らかな声がそう言えば、今度は口元を扇子で隠した薄紅の王が現れる。

「王は、この世で最も美しくあるべきよ。美しさは矛であり、盾であるのだから。それに、この美しい姿を見て、民は妾に仕えることにこの上ない喜びを感じるの。民の命を預かるのが国王なのだから、預けてくれる民には、少しでも良い思いをさせるべきでしょう?」

 そう言って扇子を閉じた女王が、艶やかに頬笑む。その姿が溶ければ、次に現れたのは紫の王だった。

「……干渉しないのが王。私は民を守るから、民は好きにすれば良い。私は個々の自由を尊重する。だから、民のやることに口を出す気もない。……けど、守りにくいことをしようとしたら別。そういうときは、ちゃんと止める。王というのは、そういうものだと思う」

 起伏の少ない声で言った彼女の姿が歪む。そして次に像を結んだのは、黒の王だ。

「戦争になったとき、一番死にそうな場所に行くのが王。黒には王族が存在しないから、王が死んでも代わりが用意しやすい。だから、一番死んでも良いのが王なんじゃない?」

 面倒くさそうに言った黒の王の姿が歪み、今度は白の王が現れた。

「国民の皆さんを導き、指南するのが王だと私は考えております。一人一人と向き合い、平和のためにそれぞれに何ができるかを教えるのです。その行いは、やがて世界中に平和を運んでくれるでしょう。それこそが、白の王である私の役目だと信じております」

 白の王がそう言って祈るように目を閉じれば、歪んだ姿は次いで金の王へと変わった。

「新たな可能性を見出したとき、誰よりも先んじてそれに触れるべきが王です。それが毒となるか薬となるか、自らの身を以て試し、薬となるのならば、どんなものでも取り入れましょう。変化を恐れず味方につけてこその王なのです」

 幼い顔に自信をいっぱいに浮かべて言った金の王の姿は、最後に銀の王の姿へと変化した。

「王とは、秩序と伝統を守る存在である。過去を尊び、古くより存在する基盤を最大限に活かすことで、より良い国家へと昇華させるのだ。伝統には伝統足り得る理由があり、新しきものでそれを踏み躙るなど、もってのほかよ。歴史を守り続けることこそ、王の役目と心得よ」

 厳かに告げた銀の王の姿が、溶けるように揺れる。ゆらゆらと王の像が解け、ノイズのようにブレたかと思えば、一瞬にしてウロの姿が戻ってきた。

「うーん、こんなところかなぁ。どう? 満足して貰えた?」

 くすくすと愛らしく笑うウロが、椅子の肘掛を指先で叩く。

「ん? ああ、今のは全部本当のことだよ。一人一人の意識をきちんとトレースしたから間違いない。何せ根幹が同じだから、一番形の異なる枝葉を探すのは結構大変だったんだけどね。……え? 赤の王? ああ、彼のあの考え方は、確かにあの人が望むそれとは著しく異なっているねぇ。現状は民の意思が保全に向いているから成り立っているけど、ひとたび破壊に傾けば、史上最悪の王にもなり得る。でも、あの王様だけは簡単に処理できるものでもないから、やっぱり厄介だろうなぁ。まあ、お陰で僕も遊べてる訳なんだけど」

 そう呟いたウロが、椅子から立ち上がった。同時に、彼が座っていた椅子がさらりと崩れて消える。

「さ、話はこれくらいにしておこうか。ネタバレが好きな人はそんなにいないでしょ? ……え?」

 悪戯っぽく笑ったウロは、次いでこてりと首を傾げた。

「こうして話しているのは大丈夫なのかって? ああ、天秤の話だね」

 ふふふ、と笑んだウロが、まるで虫けらでも見るような目をしてこちらを見た。

「君たちの世界は柱の世界じゃないからね。よっぽどのことがない限り、あの人は干渉しないよ。そうだなぁ、たとえば僕がここでこの世界を壊そうとしたら、もしかすると動きはするのかもしれないけど……。……いや、どうかなぁ? 末端の世界なんて、その辺に転がっている石ころみたいなものだ。柱さえ無事なら、代わりはいくらだって作れる。だから、やっぱり干渉しないんじゃないかな?」

 でも、とウロが言葉を続ける。

「だからこそ、この世界は平穏だよ。僕もあいつらも、わざわざ石ころをどうこうしようなんて思わないからね。狙うならやっぱり、あの人が嫌がる場所に限る」

 そう言う彼の目は、間違いなくこちらへの興味を一切感じさせない。だからこそ、自分はこの場に存在することができているのだろう。彼がひとたびこちらに興味を示せば、その瞬間に頭がどうかしてしまうのではないかという恐怖が全身を襲った。

「ふふふふふ。どう? 謎は解けた? それとも、また新たな謎が生まれたかな? でも残念、今回はこれで終わりだ。僕は初めから結末が決まっていることを知っているけど、君たちはそうじゃない。なら、これ以上は無粋だもんね?」

 そう言ったウロが、ぱちんと指を鳴らす。それを合図に視界が真っ白になり、抗えないほど強烈な眠気が襲ってきたのを感じる間もなく、意識が遠のいていく。

 

 ――結末のその先で、もし君たちにまだ興味があるようなら、話をしてあげないこともないよ。

 

 霞む意識の端で、そんな声が聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る