かなしい蝶と煌炎の獅子 ~おまけ3~

倉橋玲

ウロくんの王様講座 1

「やあやあこんにちは。え? なんで僕がここにいるのかって? いやぁだって、なんか王様の話を聞きたいって人がいるんでしょ? だから、こうしてわざわざお話をしに来てあげたんだよー。ほら、王様一人一人に、貴方が考える王とは、ってインタビューして回るわけにもいかないしさぁ。誰がそのインタビューするんだよって問題もあるし? だから、今回は特別」

 そう言ったウロがぱちんと指を鳴らすと、真っ白とも真っ黒ともつかないこの不思議な空間に、ぽんと可愛い音を立てて椅子が現れた。革張りの、見るからに上質そうな椅子だ。よいしょっと言って椅子に深く腰掛けたウロは、長い脚を組んでこちらに顔を向け、おもむろにその顔を覆っている仮面を外した。

 晒されたその顔は、こちらが正気を失うのではないかと思うほどに美しく整っている。あまりにも整いすぎていて、一種の恐怖すら感じるほどだ。

「本当はねぇ、僕はもっとミステリアスなままを貫く予定だったから、NG出そうと思ったんだよ。ほら、ここでこうやってお話をしちゃうと、僕がどんな存在か、あの世界がどんな世界なのか、なんとなく判っちゃう人もいそうだから。でもほら、僕優しいからさぁ。頼まれたら断れないんだよねぇ。と言っても、今回は僕がとつとつと王さまについて語るだけの特殊な構成だから、興味がない人は帰って良いよ。特に得るものもないだろうし」

 そう言って笑ってから、彼は優雅に脚を組み替えた。

「王という生き物について、ね。うん。確かにリアンジュナイルの王様は少し特殊だもんねぇ。まあでもそれは当然なんだよ。あの次元は重要な柱の世界だからね。万が一があったら困ってしまう。で、まあ、あの大陸の王様っていうのは、柱の世界を常に健やかに保つための大事な部品に相当するんだ。大事な部品なんだから、しっかり役目をこなして貰わないと困る。という訳で、円卓の王様は皆優秀なの」

 判るかな、と言ってウロは首を傾げた。

「王になったから優秀なのか。優秀だから王になったのか。勿論これは後者さ。王の名を冠したからといって、途端に優秀になれる訳じゃあない。けど、そんな毎回毎回優秀な人材がいるものなのかなぁ?」

 言いながら、ウロがこちらの反応を見るように再び首を傾げた。

「ふふふ。それがね、いるものなんだよ。何故って? それは君、あそこは柱の世界だから、としか言いようがないなぁ」

 楽しそうに笑ったウロが右の掌を上に向けると、その掌の上に神の塔の幻影が現れた。

「これね。あの世界の人間たちが神の塔って呼んでいる建造物。僕たちはこれを柱って呼んでるから、実際には塔じゃないんだけど、それはまあいいや。とにかく、この柱を保持するために、あの大陸はかなり優遇されているんだ。だから、優秀な駒は多い。となると、あと残るのは意識の問題だね。でもこれも簡単だ。王として相応しくない王は、即座に処理すればいい。今はもう滅多にないことだけど、この世界が出来始めた頃は、それはそれは多くの王が王獣に殺されたものさ。でも、そうやって不良品の処理を繰り返しているうちに、人間は王の条件を見出し、その条件を満たすようになってきた。こうして生まれたのが、王という生き物だよ。各国の色や、些細な違いはあれど、リアンジュナイル大陸の王の根幹はみんな同じだ。ただ、自分の国の民のためだけに邁進する、機械のような生命体」

 憐れなことだけど、仕方がないね、とウロは言う。

「たった一人、王さえその役目を完遂すれば、あとは高効率な自浄作用が働いてくれるんだ。王が完璧なら、それに庇護された民もまた完璧に近いものになるから。……ん? 完璧すぎる君主の下にいたら、寧ろ駄目になるんじゃないかって? あははは、お馬鹿だねぇ。そんなものは完璧な君主とは言わないよ。あの人が定義づけた完璧な王は、たとえ王自身がいなくなっても、残った民の力だけで生き残れるように導ける王のことだ。自分がいなければ回らない国しか作れないような王なんて不良品だから、それが判った時点で王獣に殺されてる。だからね、この完璧な王を仕立てあげることが、一番コストを抑えられる方法なんだ。十二人の完璧な王がいれば、基本的にあの大陸はどんな脅威にだって立ち向かえる」

 あとはねぇ、と、ウロが楽しそうに微笑んだ。

「多分、あの人の優しさなんだよねぇ。あの人、他人の感情とか理解できないし、あの人自身もほとんど感情の機微なんてないけど、でも、一応優しくしようと思ったんだと思うんだよ。かわいいよねぇ」

 ほんのりと頬を朱に染めたウロが、ほぅと熱の籠った息を吐いた。

「完璧な王がいる国は、多くの民にとってとても良い場所になるでしょ? だからなんだよ。あの大陸は、とても目をつけられやすい。事が起これば、円卓の国々の総力を以て対処して貰わなくちゃならないし、場合によっては辛勝になる。そうなれば、きっと多くが死ぬだろう。そういう、とても大変な役目を担わせているから、その分良い思いをするべきだと考えたんじゃないかな?」

 そう言ったウロの指先が、幻の塔をなぞり、底の知れない昏い瞳がこちらを見た。

「王一人の犠牲でその他の多くに幸いがもたらされるのならば、これほど素晴らしいことはないだろう」

 深淵を宿す目が、ゆるりと弧を描く。

「まさに、神の所業さ。あの人に悪気は一切ない。それどころか、一種の慈愛すら抱いていると思うよ。そして事実として、これ以上に人々が幸せになれる選択肢もない。あの人は絶対に間違わないからね。そして、王は正しく贄となった。……うん。だから、王という生き物は、あの世界の贄だと言うのが正解かな」

 そう言ったウロの手が、神の塔を握り潰した。ぐにゃりと歪んだ幻が、砂が崩れるようにしてさらさらと消えていく。

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