第189話 企業秘密
「おい、何の用だ?」
アッザムは不機嫌さを隠そうともせず、回収屋のミルコという人物に問いかけた。
「ククククク……」
「相変わらず気持ち悪ぃ笑い方しやがって。何の用だって聞いているだろ」
「アッザムさん、今日は…いや、今日もあなたに用はございません。私が用あるのはそちらのラルフさんとルーさんです」
ミルコは平然とアッザムに意見を言う。ミルコの雰囲気からして裏社会で生きる人間というのは明らかだ。同じ裏社会に生きる人間であるならば、アッザムがスラムを統べる王である事は理解している。そんなアッザムに向かって物怖じせずに意見を言える、それだけでミルコが裏社会で力のある存在であることが伺える。
「ラルフさん、ルーさん。あなた方はこれから魔界に行かれる。そのようなお話を耳にしたんですが」
「————!」
全員が目を見開いて驚く。その表情のままラルフが口を開く。
「ミルコさんだっけ?どうしてあんたが俺たちが魔界へ行くなんてことを知っているんだ?俺とあんたは知り合いでもなんでもないはずだ」
「それは企業秘密です」
全身黒ずくめの服装で白髪の高身長のミルコは微笑みを浮かべながら答えた。恰好、その笑い方の全てが独特の雰囲気を醸し出していた。
「私は回収屋です」
「らしいな」
「なのであなた方が魔界へ行く前に回収をさせていただこうかと思い、足を運んだ次第です」
「はぁ?」
ラルフも嫌悪感を露わにする。よく分からない人間がいきなり姿を現し、回収をしに来たと口を開く。回収される筋合いは全くない。
「ミルコさんと言いましたね?あなたがなぜ私たちから回収をしに来たのです?理由を説明して頂かないと到底納得出来ません」
ルーはミルコに意見する。
「もちろんそれはこれから説明致します。あぁ、ここで立って話すのもなんです。ギルドへ行きましょう」
ラルフたちは言われるがまま、近くのギルドへ向かう。ギルドは開拓者たちが食事を取れるようにもなっている非常に便利な場所だ。
ラルフたちが店に入るとその場に居る者たちの視線を一斉に浴びる。アッザム、ナナ、ルー。この3人はレベル30を超える上級者レベルの開拓者。それだけでも注目の的になる上、ラルフを含めゴブリンキング襲来時に活躍にも貢献したいわば英雄のような存在だ。注目を浴びるのは必然と言っても良い。
それに加え、
「やっぱり嬢ちゃんの正体を知っているって感じの奴もちらほら居やがるな」
自然と下を向くルー。ヴィエッタがいくらかん口令を敷こうとも人の噂はすぐに広まってしまうのだ。
「ルー、顔を上げろ」
そのときラルフはぼそっとつぶやく。
「どうせもうすぐ離れるんだ。気にするな。大丈夫だ」
そう言ってラルフはルーの背中に軽く手を置いた。
「————!」
ラルフがここまで気遣いすると思ってもみなかったルーにとって、最初に湧いた感情は驚きだった。そして後からじんわりと嬉しさが驚きの感情から染み出すように湧いて来た。そして「ありがとうございます」と微笑み返した。
「でもこれだけ注目浴びるのはちょっとあれね」
そう言ってナナはギルド職員に話をしに行き、すぐに戻って来た。
「ギルド貢献をしているとこういう時は融通が利くわね。個室使っていいってさ」
ミルコを含め、5人はギルドの個室へと入って行った。
「それではこちらをご覧ください」
席に着くとさっそくミルコは紙を提示してきた。これはラルフたちが家を借りる際の契約書である。
「これが何なんだよ。契約書ってやつだろ。よく知らないけど」
「あなた方はルールを破りました」
ラルフとルーは顔を見合わせる。ラルフとルーは普通に暮らして来たつもりだ。セクター2の裕福な平民が住む場所もあって、騒音などには気をつけてきたつもりだ。加えて、家を空けることも多かったので、本当に寝るだけの場所になっていたに等しい。ルールを破った覚えは1つも無い。
「あんた、ラルフとルーが無知だからっていちゃもん付けようとしているわけじゃないでしょうね?」
ナナが変わって文句を言い始める。その横ではアッザムも厳しい目を向けている。だがミルコはそんな2人の態度を気にしないかのように笑い出した。
「ナナさん、あなたが原因ですよ」
「えっ?」
虚をつかれたように目を見開くナナ。
「ラルフさん、ルーさん。家を借りる際に住むのはあなた方お二人だということでした。ですがどうでしょう?ナナさんも一緒に住まわれてはいませんか?」
「ち、違うわよ!」
ナナは机を叩いて声を張る。その様子がミルコの指摘に動揺しているのを証明しているようなものだ。そんなナナを見てミルコは笑みをこぼす。
「私はたまたま泊っているだけなの。住んでいるわけじゃないの!私は他にも住んでいる場所があるんだから!」
ナナは席を立ち、声を荒げてミルコを圧迫する。
ナナは上級者レベルの開拓者のため、金はある程度持っている。そのため、今まで自身が住んでいた場所は引き払っていないのだ。それで無理やり通そうとしたのだ。
「ナナさん、あなたはそうおっしゃっているかもしれませんが、こちらのお二方はそう思っていらっしゃらないようですね。クククク…正直な方々だ」
ナナは横に目をやると、ラルフとルーがしまったという顔を前面に押し出していた。これではもうルールを破りましたと言っているようなものだ。「クソッ」という言葉を漏らし、ナナは大人しく席に着いた。
アッザムとナナだけなら意見を押し通す事も出来た。だがラルフとルーは純粋過ぎる。
「それでルールを破った俺たちはどうなるんだ?家を追い出されるのか?それだったら別にそれでいいんだけど」
ラルフはミルコに問う。
「いいえ、違約金を払っていただきます」
「そっちかぁ。でも俺もルーも金なんてほとんどないぞ。なぁ、ルー?」
「えぇ。どうしましょう」
「私が払うわよ」
ナナが口を出す。「迷惑掛けたのは私なんだから。私が払うわ」と。ナナの責任感は人一倍強いのだ。
「それでいくらなの?10000J?20000J?」
「そのような額では全然足りません」
「はぁ?だったらいくら払えばいいのよ?」
「100万Jです」
「ひゃくまっ———」
それまで黙ってやりとりを聞いていたアッザム。机が浮き上がってしまうのではないかというほど強く机を叩いた。
「俺たちを前にそんなバカげたことをぬかしやがるとは言い度胸だ。そんな金、払うと思っているのか?」
裏社会には必要不可欠なもの。それは『脅し』である。アッザムはその脅しを用いてミルコに迫る。しかしミルコは動じない。
「えぇ、もちろんです。私は回収屋ですよ」
ミルコは微笑んで平然と言ってのけた。笑顔とは裏腹にアッザムと衝突する気満々である。ミルコはこのアッザムの脅しをいつも『脅し』と同じように対処をしたのだ。
「アッザムさん、あなたは先日のゴブリンの襲来で手負いの状態です。ましてやこの場で一番お強いルーさんや初心者レベルとは思えないほどの動きを見せるラルフさんは戦闘などもってのほか。それにナナさんも全快してはいないはず。今のあなたがたは私にとって脅威ではない」
「チッ」
アッザムは舌打ちをする。ミルコは計算高い男。金を回収できる算段がついたから自分たちの前に現れたのだ。それにミルコは回収屋と名乗るだけの実力を兼ね備えている。
「おいおい、勝手に喧嘩するな」
ラルフが割って入る。
「払わないとはいってないだろ。ルールを破ったのは俺たちなんだから」
「おやっ?これはこれは……話の分かる方で良かった。では——」
「——でも金がない。払いたくても払えないんだ。そんな100万Jなんて金」
その言葉にアッザムたちは全員頷く。だがミルコだけは頷いていない。
「あなた方は少し前にカルロッサムという未開拓場所にたどり着きましたよね?」
「なんでそれを!」
「未開拓場所の報酬がじきに払われるはずです。その報酬で払っていただければ問題ないかと」
「だからどうしてあんたはそんなことまで知っているんだ?」
「企業秘密です」
ミルコの言葉にラルフは思わず舌打ちする。
「……ナナ、よく分からんが、カルロッサムの報酬ってそんなにもらえるのか?」
ラルフの言葉にナナは「ええそうよ」と頷く。
「モニカから聞いたけど、カルロッサムは文明がものすごく発達していた場所よ。私たちはその文明の一端をしっかりと持ち帰ったのよ。それくらい払われて当然だと思う」
「本当かよ」
ラルフは自身がもらえる報酬額に空いた口が塞がらない。
「でもその報酬を根こそぎ取られるのか」
そしてがっくりと肩を落とす。そんなラルフを横目にアッザムが話し始めた。
「おい、ちょっと聞かせろ」
「なんでしょう、アッザムさん」
「この依頼はあの不動産の奴からの依頼だろ?お前の取り分はいくらだ?」
「6割です」
「おいおい、依頼主よりお前が多く取るのかよ。とんでもねぇ野郎だな」
「難しい回収ですので…あ、あと私は今回の違約金を回収するだけなのであの不動産の男を守ることに関しては依頼内容に含まれていませんので」
「そうか、なら俺があのクソ野郎から金をふんだくっても問題ないってわけか?」
「お好きにどうぞ」
ここでアッザムは上を組んで考え始める。
「……ってことは俺が40万Jを取り返してやって、ラルフたちには30万J返せばいいな………よし、ラルフ。金を払え」
ニタニタ笑うアッザム。
「て、てめぇ」
アッザムをラルフは睨む。
「あっ、ラルフ。それなら」
ルーは何やら思いついたようでラルフに耳打ちする。するとラルフも笑みを浮かべ、「お前も悪知恵が働くようになって来たな」とルーを褒める。褒められたルーはとても嬉しそうに反応する。
ラルフはミルコに向きを変えた。
「そういうことなら俺も切り札を遣わせてもらう」
ミルコに反撃を始める。
「この国の女王陛下は俺に借りがある………まぁ俺も貸しがいくつもあるけれど。でも俺のちょっとした頼みならいくらでもきいてくれるはずだ。ミルコ、俺はヴィエッタ女王陛下にあんたを捕まえるように頼むよ。それでお前は廃業だ」
これならどうだとラルフは粋がるが、またもやミルコは笑い出した。
「クククク、やはりあなたは面白い方だ。オーケー。女王陛下に目を向けられては私にはどうすることも出来ません。100万Jは諦めます」
ラルフは勝ったと笑みをこぼす。
「茶番はこれまでにしておきましょう」
しかしすぐにその表情は崩れ、きょとんとした顔をする。
「ラルフさん、ルーさん。あなた方に私から依頼があります」
ミルコは真剣な表情を向けて、ラルフたちに頭を下げた。
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