第183話 釘を刺す

 第二階貴族のイーロン家当主のローガーは常に傍に置いているボディーガードを務めているムスタフに声を掛けた。


「ムスタフ。武神レオナルドを見てどう思った?」


 貴族たちはスポンサーとなり、開拓者を支援することがある。アドニスもその1人で早くからローガーはアドニスの才能に気付き、手厚く支援している。このムスタフもかつてそうであった。だがムスタフはローガーという男に惚れこみ、開拓者を引退してローガーに忠誠の限りを尽くすことを選んだ。

 今回のゴブリンキングの騒動の際、ローガーはムスタフにラルフたちが居るゲートへ行くように命じた。だがローガーに万が一のことがあってはいけないとムスタフはそれを拒否する。だがローガーは「私の護衛は他の者で務まる。お前は行きなさい。別に戦闘に参加しなくてもいい。こういった不測の事態は突拍子もないことが起こる。お前はそれを見届けて来なさい」と進言した。ムスタフは納得いかないと思いつつも「分かりました」と言い、ゲートへ向かった。

 ムスタフはもしも人間側が敗れることがあるようならばすぐに戻り、ローガーだけは逃がすという思いを抱いていた。だがそれは徒労に終わる。なぜならローガーの言った通り、突拍子もないことが起きたのだ。それは想像をはるかに超える事態だった。


「勝てる見込みはありません」

「お前は以前にも同じことを言ったな。今回の渦中の娘、ルー………いや、アルフォニア王女のシンシア様にも勝てないと」


 以前、ローガーがムスタフを引き連れてアッザムに会いに行ったことがある。ムスタフはその場に居合わせたラルフの態度に我慢ならず、行動に出ようとした。

 その時にルーは「あなたの実力は分かりました」と言われ、けん制された。


「当然、私はあの者……王女様にも及びませんが、武神とは戦いにならないと思います。一太刀で私はやられます」


 ローガーはそれを聞いて高らかに笑い、「それほどまで言うか」と答える。ムスタフはゆっくりと頷いた。

 勝てないことを正直に話したムスタフ。だが、ムスタフの護衛役である以上、そのまま素直に心情を話すわけには行かなかった。

 ムスタフの素直な気持ち。それは同じ土俵に上がる事も出来ないほどの絶対に戦いたくない相手であるということ。同じ人間とは思えないほどの絶望的な差だと一目見て悟った。これが正直な気持ちだ。

 またそれと同時に痛感する自身の力の無さ。

 ムスタフは間違いなく強者の部類に当たる。ナルスニア国内で言えば、ムスタフに敵う者はいないと思っていい。アッザムが一目見て勝てないと踏んだほどの実力者である。それにも関わらず、今度はルーとレオナルドを見た瞬間に勝てないと思うほどの実力者に出会った。加えて冥王、ゴブリンキングと言った強力な魔物までもが現れた。強くならなければという焦燥感に駆られ自然と拳を握りしめていた。


「ムスタフ、そう焦るな。このナルスニアではお前は一番の実力者なのだ。上ばかりを見ていてはきりがないぞ」

「ですが、それではローガー様をお守りすることは出来ません」

「大丈夫だ。私が命の危険に晒されることなど早々に無い。ほら、ムスタフ。そろそろ時間だ。行くぞ」

「はっ」


 ローガーは話を切り上げ気分よく廊下を出て歩いて行く。


(さて、女王陛下のお手並みを拝見しよう)



 玉座の間にて、第二階8名ほどの第二階貴族がヴィエッタ女王陛下に膝を付き、敬意を示す。ピシッと音が鳴りそうなほどに玉座の間は空気が張り詰めている。

 挨拶をし終えた貴族たちは皆立ち上がるが、そこには玉座の間に居合わせるウルベニスタ宰相を始めとする重役を担う第一階貴族たちの鋭い視線が突き刺さる。目を見れば、分かる。呼ばれた理由は決していい内容ではないと。

 ウルベニスタが口を開く。


「さて、なぜこの場所に呼ばれたかは分かっているか?」


 第二階貴族たちは引きつった笑顔を見せながら必死に呼ばれた理由を考えるが、それよりも自分以外の誰かが早くウルベニスタに返答することを強く願う。だがこの中で緊張も焦りもしていないローガーだけはすんなりと答えた。


「先日のゴブリンキングの件かと。まずはヴィエッタ女王陛下の迅速なご対応に我々一同、感謝を申し上げたいと存じます」


 そう言ってローガーは頭を下げる。周りの者たちも慌ててつられるように頭を下げた。

 再び顔を上げ、玉座を見る第二階貴族たち。そこにはこの国の最高権力者であり、唯一座ることが許されたヴィエッタが腰かけ、一言も発することなく。ただ冷たい視線を向けていた。それはまるで「どうでもよい」と言っているようだ。

 明らかに機嫌の悪い陛下を前にし、たじろぐ第二階貴族。大小多かれ少なかれ、自身の悪事がバレたのではないかと頭の中が駆け巡る。そんな事を考えている最中にヴィエッタが口を開いた。


「安心しろ。別に処罰をするために呼んだわけではない」

「————!」


 まるで心の中を指摘されたような発言。「処罰するために呼んだわけではない」と言われたことで安堵を覚える中、ではなぜこの場に酔われたのかと今度は違う焦りを感じる第二階貴族たち。


「ではなぜ私たちをお呼びしたのでしょう?」


 ただ1人だけ動じる様子の無いローガーが再び発言する。


「お前たちに釘を刺すためだ」


 ローガー以外の第二階貴族たちはビクッと体が反応する。そしてその場に居合わせた第一階貴族たちも緊張を覚える。


「お前たち、我々が戦っているあのゲートへ何名か送り込んだであろう?」


 目を見開く第二階貴族たち。偵察のために自身の護衛をゲート周辺に送り込んだことがなぜそれを知られている?との表情だ。


「状況を把握するためにお前たちは配置したのであろう。別にそれは構わん。だが我々も当然同じことをする——なんだ?特定されていることに驚いたのか?」


 ヴィエッタは失笑する。


「お前たちを監視下に置くことはお前たちが思っている以上に容易いことなのだよ」


 その言葉と同時に第二階貴族たちはその場に居合わせた第一階貴族たちがさらに厳しい目つきを向けていることに気付いた。


「お見それ致しました」


 ローガーは笑みをこぼしながらヴィエッタに発言する。それに対し、ヴィエッタは「お前はそのくらい重々承知しておるだろう」と笑って返した。

 第二階貴族たちはそのやり取りを少し驚いた様子で見ていた。この状況で女王陛下であるヴィエッタに気軽に話しかけることが出来るローガー。やはり大きな信用を得ているのだ。


「それで、我々に釘を刺すとはどのようなことなのでしょう?」


 ローガーの言葉を聞いて、ヴィエッタは「ウルベニスタ」と指示を出した。ウルベニスタは短く返事をし、口を開く。


「まず1つ目。今回のゴブリンキングの情報を勝手に拡散させぬことだ。一報はもうすでに流してある。これから状況を整理して随時国民には明らかにするつもりだ。そちらで勝手に情報を発信されて現場が混乱することは避けたい。良いな?」


 全員がすぐさま了承した。


「そして………2つ目。こちらが本題だ。ゴブリンキングを倒した者が誰だか知っておるな?」

「武神レオナルドですね?」


 ローガーの言葉にウルベニスタは黙って頷く。


「ルーという開拓者の正体……」

「それはアルフォニア王女、シンシア様です」


 ローガーがルーの正体を口にした瞬間、第一階、第二階貴族問わず全ての者が咄嗟に玉座の方へと目を向けた。いや、向いてしまったと表現した方がよい。


「その事は絶対に口外をするな」


 ヴィエッタの恐ろしいまでの力強い眼光と共に、鋭くそして低い声は重圧と共に全員に圧し掛かった。


(この重圧……やはり王の権威は伊達じゃない)


 ローガーは異常なまでの重圧を受けながらゾクゾクとしていた。


「仰せのままに」


 全ての第二階貴族は振り絞る様に言葉を出した。

 玉座の間に入って、たかが10分も経っていない。たったそれだけの時間で第二階貴族は心に刻み込まれた。女王陛下に決してNOとは言って行けない、抵抗してはいけない存在なのだと。

 そしてヴィエッタも第二階貴族の反応を見て、しっかりと服従しているという感触を得た。


「話はそれだけだ。下がって良い」


 第二階貴族たちは退出を命ぜられる。出て行こうとする中で「そうそう」と再びヴィエッタが声を掛けた。


「お前たちの中で勇気ある開拓者たちがゴブリンたちと戦おうとしている中で、自身の命欲しさに、あの状況下でその者たちを雇った者がいるな」


 8人居た第二階貴族の内、5人ほどが固まった。

 ゴブリンがゲートから溢れ出た際、避難を優先される中で、騎士団が到着するまでの間までギルドからゴブリン討伐へ協力者を募った。危険を顧みずに何名かの実力のある開拓者が残ってくれたが、それを搔っ攫うように金をちらつかせて開拓者を自身の護衛に回る様に依頼したのだ。ヴィエッタはその事もちゃんと把握していた。


「それを知った私の心象は最悪だ」


 それを聞いた瞬間、1人の第二階貴族が両膝を突き、謝罪しようとしたが、先にウルベニスタが口を開きけん制した。


「大変だな。その者たちは。陛下が先ほどおっしゃった言葉をもう一度私が復唱しよう。お前たちを監視下に置くことはお前たちが思っている以上に容易いことなのだ」


 一呼吸置き、さらに厳しい言葉を放つ。


「そしてもう一言加えよう………私たちはお前たちをどうにでも出来ることもまた容易いことだと。そのことをよく理解しておけ」


 半数以上の生気を失った第二階貴族はおずおずと玉座の間を退出して行った。

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